29.名誉魔導士決死の挑戦
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突然だが、依織は今緊張の極みの中にいた。
緊張の極み、あるいは勝負所。崖っぷちの崖の上。元の世界でいえば清水の舞台からレッツバンジーと言ったところだろうか。
現在依織がいるのはトナンの町の魔法部隊が駐屯している場所。その、とある一室の前だ。
今すぐシロを抱きしめて癒しをチャージしたいところだが、それをすると二度と奮い立てなくなってしまう気がする。シロ本人も依織の様子がおかしいことをわかっているのかオロオロと足元を行き来している。
過呼吸になりそうなほどに深呼吸をして、拳を上げた。
そして――。
「妙な気配がすると思ったら君か」
「っっーーー!?」
今、まさに、ノックをしようとしたところ、ドアを開けられた。上げた拳をそのままに、依織は声を出すこともできずに固まった。
「どうした?」
硬質だが落ち着きのある声が聞こえる。依織が訪ねようと思った部屋から出てきたのは、エーヴァだ。
とりあえず、目当ての人物に会えたので第一関門はクリアだ。
続く第二関門。震える手で手紙を差し出す。
「あ、あ、あの、ああああの、こ、こここれ、よんでくだしゃい!」
自室に帰ったあと、依織なりに色々と考えを整理したのだ。
その結果、やはり自分が頑張ってジンの魔力をどうにかするのが良いという結論に達した。だが、そのためには師が必要だ。それも、ナーシル以外の。
何故ならナーシルの説明は依織にとってハードルが高すぎるから。相性の問題と言ってもよい。もうずいぶん前から感じていたことだ。
そこに突如現れたエーヴァ。魔法の腕は折り紙付きな上、訳アリのようだが現在公職に就いていないのは確からしい。つまり、魔法部隊の面々と違って公務に縛られていない、つまり、暇……訂正、時間の融通がききやすそうな気がする。
更に言うなら『あの』ナーシルを黙らせて説教までできる人物だ。指導力も十分期待できる。
ここまで条件がそろうと、最早天啓ではないだろうか。
(……あの神様からの天啓だったらなんか、ヤダけど)
まず魔法の師を引き受けてもらうには最低限の説明が必要。つまり、会話というものが必要になる。が、そこはコミュ障の依織。長々と説明できる気がしない。
なので、手紙をしたためてきた。あとはこの手紙を読んでもらうための声かけさえすればよい。そのセリフはこの部屋にくる直前まで練習してきた。
ここまでの一連の流れは依織にとっては大いなる進歩である。
何せ人見知りであるにも関わらずほぼ初対面の人間の部屋まで来て、手紙を渡すことができたのである。なんという偉業、これには全砂漠の民が泣いたに違いない。
例え、思い切りカミカミかつ手紙の説明が抜けていたとしても。
「……手紙、か?」
呟くような問いに依織はブンブンと首を縦に振る。正直このまま踵を返して逃げ出したいところなのだが、それでは第三関門を突破できない。
手紙を読んでもらい、返事をもらうまでが本日依織が自分に課したミッションなのだ。
「今読めと?」
依織の必死の願いが通じたのか、それともエーヴァの勘が鋭いのか。そんな問いが飛んできた。
再び壊れた首振り人形の如く、首を縦に振る。
今にも泣き出しそうな依織に訝し気な表情をしつつも、エーヴァは手紙を開けた。
(よ、よかった! 当たって砕ける覚悟で来た甲斐があった)
手紙の中身は、簡単に言うと自分に魔法の使い方を教えてほしい、というものだ。
依織が上手く魔力を使いこなすことができれば、ジンの集めた魔力問題は全てスッキリ解決するのである。
(シロに負担かけたくないもの!)
「書面での指導、か」
コクコクコクと、またもや首振り人形と化す依織。
多少人となりが理解できてきたナーシルではなく、ほぼ初対面のエーヴァに頼みに来た理由がそれだ。
魔法を教わるという点においてナーシルと依織は非常に相性が悪い。魔法オタクの彼はテンションがあがるとどうしても早口かつ情報量過多になる。そうなると、コミュ障の依織はたちまち理解不能に陥ってしまうのだ。それなら書面での指導を、と考えたのだがナーシル本人から「今のところ難しい」と言われているので今回の件での実行は無理だろう。
あと顔面の圧もある。キラキラのイケメン、コワイ。
顔面の圧で言えばエーヴァもまぁまぁの圧がある。けれど、年齢を重ねているせいかキラキラが暴力的でなく、どちらかといえばいぶし銀気味。頑張れば耐えられないこともない、かもしれない。
その上、ナーシルのような早口詠唱タイプではなさそうなので、例え書面での指導がなくても成果は得られそうに思えた。
(伝説の魔物って言われてるジン相手でも冷静っぽかったし、何より魔法上手いみたいだし……)
「君は音声認識が苦手なタイプ、か。それではナーシルの相手は大変だっただろう」
「音声認識……?」
「一度に喋られると、理解が追いつかなくなるのでは?」
「あ、ご、ごめんなさい……」
いきなり図星をつかれて、反射的に謝ってしまう。それに対してエーヴァは顔色を変えない。淡々と指摘してくる。
「責めているわけではない。君のそれは特性だ」
特性、と言われてもピンとこない。首を傾げる依織を、エーヴァは観察するような目で見る。当然、その間は沈黙が流れるためちょっと居心地が悪い。
だからといって何を言っていいのかわからずソワソワしてしまう。なんなら今すぐ逃げ帰りたい。
「音で意味を理解するのが苦手、ということが悪いことではない。ただの特徴の一つだ。理解しやすいやり方を見つければ良いだけのこと。……いつだかナーシルにもそのような話をしたのだがな。ヤツはとんと理解しなかったようだ。困ったものだ」
「え、えと……」
「今のは不甲斐ない元弟子への愚痴だな。もっとも、その弟子に負けているのだから言えたことではないが」
「…………」
(な、なんて言うべきなの? ナーシルって困ったヤツですよねーって同調するのもおかしいよね。確かにナーシルの爆裂魔法トークは困るけど、ナーシル本人はいい人だし。かといって無責任に「頑張ればナーシルを抜かせますよ」とか言うのは絶対ヘン。親しければいいのかもしれないけれど……えっと、えっと……)
依織はコミュ障を炸裂し、無言になってしまう。脳内では忙しなく色々と考えているのだが、どうしても言葉にならない。
そうやって悩んでいるうちに、エーヴァは次の話題へと移っていく。
「魔力の扱いを教えてほしい、とのことだが、目的はジンの溜めた魔力をどうにかするため、で合っているか?」
「は、はい」
「なるほどな」
そう言うと、エーヴァは黙り込んだ。
相手が黙ってしまった場合が本当に困る。自分が何かしてしまい機嫌を損ねてしまったのか、それとも相手が何かをじっくり考えているかの判断がつかないからだ。
今回の場合は、恐らく、考えているだけだと思いたい。
「君はジンに能力を保証されているため、可能性がないとは言わない。だが、一方でナーシルが熱弁するほどに魔力操作が下手なようだ。私が教えたところですぐにどうにかできる問題ではないと思う」
「う……はい」
しばしの間の後、エーヴァは再びゆっくりと口を開いてきた。どうやら後者だったらしい。
ホッとした依織だったが、言われたことが図星すぎて反論の余地がない。
どれだけナーシルに説明されようとも全くわからなかった。指導者を変えたとしても、一朝一夕でどうにかなるほどムシのイイ話があるとは思えない。
それでも、可能性があるのであれば頑張りたかった。
「それを理解した上で学びたいというのであれば、私に異論はない」
「…………えっ!? あ、ありがとう、ございます」
依織から頼み込んだことではあるが、即座に返事をもらえるとは思っていなくて一瞬理解が遅れた。脳みそに言葉が届くまでに数秒の時間を要したけれど、なんとかお礼をひねり出す。
「とはいえどう指導したものか……。まずは現状を知りたい。どこか広いところで魔法を見せてもらおうか」
「あ、は、はい!」
勢いよく返事をしたはいいものの、依織は魔法を使うのに適した広い場所を知らない。結局はエーヴァの後ろを付いて歩くことになった。更に、その後ろで跳ねるシロ。
「二人で魔法研究なんてズルいです! 絶対に僕も混ぜてください!!」
珍しい組み合わせの二人プラス一匹が歩く姿が余程目立っていたのか、それともナーシルの魔法に対する嗅覚が異常なのか。一行の行動はあっという間に見つかってしまった。彼にとっては魔法研究は何よりのご褒美らしい。
だが、そんな風に騒がれると。
「どうした?」
「なんの騒ぎだ」
「何かあったのか?」
と、人が集まってきてしまう。
そして事情を知ると、それぞれ仕事はあれどやはり気になってしまうようだ。特に、魔法部隊の隊員達はナーシル同様キラキラと瞳を輝かせている。
そんな風に大勢の目がある場所で、コミュ障の依織が緊張しないわけがなかった。
(む、むり……どうしてナーシル大騒ぎしちゃうのぉ……色んな人が見てるこわいこわいこわい……。で、でも今実力見てもらわないと指導してもらえなくなるかもだし……で、でもむりだよー誰か助けてー!)
そんな依織の心からの叫びが通じたのかもしれない。
人だかりの上に大きな影が現れたのだった。
「ギョエ~~!!!」
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