10.キラキラ軍団とコミュ障な魔女
「やっぱり魔女の二つ名は伊達じゃなかったんだな」
「凄かったですよねアレ。
作って貰っておいて言うのもアレなんですけれど、未だに現実感ないですもん」
半透明なドームの中で、隊員たちは声を潜めて会話をしている。
一番岩壁に近い一角は天幕で覆われていた。言わずもがな、今会話に上がっていた「死のオアシスの魔女」が眠っている場所だ。
「魔力切れ起こしても作ってくれるの見てちょっと感動しちゃったよ」
「ぶっ倒れたときはヒヤヒヤしたけどな」
「いやでもこの大きさかつ、分厚さ見たら倒れるのも納得だよ」
実際、この塩のドームの厚さは鍛えている男性陣の手よりも幅があった。
それだけの塩を出し入れできるスライムも凄いが、それをこの形に一瞬で整えてしまった彼女の魔法に感服するよりない。
「いやぁ…どんな魔法なんでしょうねこれ。
塩を操る魔法なんて僕初めて見ましたよ。魔法は普通四元素のどれかに属するモノ、あるいは組み合わせたモノだと思っていたので驚きです!
分類するなら土魔法なんですかね? 土を構成する一部分だけを取り出して…ってことなんでしょうか。これ土魔法でやるってなったら僕だったら三人がかりでなんとかなるシロモノですよ。それでもこの強度に対抗できるかどうか…僕結構土魔法適性ある方なんですけどこの方法は出来ません!
元気になったらお話できませんかね?」
普段はどちらかと言えば無口な方の青年、ナーシルが興奮気味に話し出す。
彼はこの一行の魔法担当だ。そのため周囲の男達よりも一回りヒョロい印象がある。実際剣を振るっても彼はあまり強くはない。
彼は水が切れてにっちもさっちも行かなくなった場合、あるいは滅多に現れない物理攻撃が全く効かないサンドゴーレムが現れた場合を想定して帯同してきた。
砂漠で水魔法を使うのはあまり褒められたことではない、とされている。そもそも水が少なくて苦労している土地で水を無駄遣いするとは何事か、ということだ。実際、水魔法は大気中の水分を無理矢理集めて使っているのではないか、という説は立証されていないものの昔から根強い。また、ここのような乾いた環境で使うのと、湿地帯で水魔法を使うのとでは勝手が違う、という話もある。
軍に所属してはいるものの、どちらかといえば研究者気質の彼は依織の使った魔法に興味津々といった様子だ。
「…確かに気になるよな、あの魔法。
でもナーシル、彼女魔力切れ起こしてるんだから無茶はさせるなよ?」
イザークとしても、こんなドームを即座に作れる魔法はとても気になる。
上手くすれば様々なことに活用できる。
とはいえそれは彼女が回復してからだ。一応釘を刺しておかねばと注意しておく。
「させませんよ! 僕をなんだと思ってるんですか!?」
「魔法オタク」
「研究に見境がないやつ」
「熱くなると周りが見えない」
「ひどい! でも当たっていて反論できない!」
「ていうか、その前に…彼女とお前で会話になるんだろうか」
「…あーーー」
片方は何を喋っても泣きそうな顔をして震える女性。
もう片方は新しい魔法に興奮して早口になるオタク。
「あ、無理だ」
「無理だな」
全員がリアルに想像してしまい、満場一致で無理という判断が出る。どう考えても二人は相性が悪い。
「わ、わからないじゃないですか。彼女が僕と同じ志をもつ人だったら…」
「いやぁ…ないと思うぜ?」
「だよなぁ。ガルーダとかスライム従えてるのにテイムって単語自体分かってなかったし」
何もわからないながら使っているとなると、それまた問題がありそうだが。
少なくとも自分たちの持つ常識が彼女に通用しなさそうなことはわかった。
彼女は生きるために魔法を活用しているだけ、そんな雰囲気だ。
「…やっぱりそうですかね。
いや、薄々分かってはいたんですけど」
しょぼん、と項垂れるナーシル。
「まぁ…仲良くなれば教えて貰えるかもしれないし…?」
「そ、そうですよね。
…でも魔法以外の話題で女性と親しくするってどうやるんでしょう」
依織とはまた別方向のコミュ障なナーシルに一同が苦笑する。
それでも、全員が無理矢理止めないのは軍、ひいては国に利益があるからだ。もし、依織の魔法が彼女固有のものではなく、魔力さえあれば使える類いであれば、様々な恩恵が得られる。
ただ、積極的に支援もしない。今回の目的は依織に都のオアシスの浸食を止めて貰うことだ。そういう約束をした。軍の力を用いてそれ以上を望むのは契約違反だろう。
しかし、親しくなって教えてもらうのであればセーフなはずだ。そういう、打算である。
そんな周りの考えを知ってか知らずか、ナーシルはどうすれば会話が成立するかを考えていた。
ドームの外では、次第に風が強くなっている。依織が空けてくれた空気穴からは砂が入ってくるようになっていた。
「空気穴!」
外の様子に気付いたのか。大人しく寝ていると思っていた魔女様が起きてきたようだ。
これはタイミング的には大変ありがたい。
けれど、今までの休憩で魔力が回復したかは怪しいところだ。
「あ、具合は大丈夫ですか?
って、そんな急に動いたら危ないですって!」
心配したナーシルが声をかける。
余りにもフラフラヨロヨロしているため、魔力がよくわからない他のメンツもハラハラと見守っていた。
「で、でも、あの、穴が、嵐が、密閉しないと…」
尊敬を集めていた彼女だが、喋るとどうしてもああなってしまうらしい。どうやら会話がド下手らしい、というのはここにいる全員が周知の事実だ。
ただ、彼女がこうだからこそ、魔女という言葉の持つ近寄りがたいイメージが払拭された、とも言える。
「魔力量は少しは回復しましたか?」
「だ、だいじょぶです、多分。
それより、あの、塞がないと…」
「そうですね、その方が安全性が高いのは否定出来ません。
ですのでお任せしますが…その後はきちんと休んで下さいね?」
本来であれば魔力切れを起こした直後にまた魔力を使わせるなど言語道断だ。
しかしながら、彼女の魔法以外にあの穴を埋める術がない。魔法を使える者がナーシル以外にもいないわけではないが、この不可思議な塩の砦がどうできているのかは皆目見当がつかないと言っていた。下手に補強をして壊してしまっては本末転倒だろう。
今は彼女に任せるしか方法がないのだ。
「がんばり、ます」
隊長の心配するような言葉に、戸惑いつつもはにかんで見せる依織。
それからすぐに、真剣な表情になって空気穴を塞ぎ始めた。
「ギャップがなぁ…」
「しかしそこがいい」
「お前ら真面目にやってる彼女見て何考えてんの…」
イザークは呆れたようにツッコミをいれるが、内心は似たようなものだ。何よりイザークは彼女が自分の織った作品を褒められたときの、照れたような嬉しそうな顔を目撃している。この場にいる誰よりも彼女のギャップについては分かっている人物だ。
だからこそ冷静にツッコミを入れたい。この浮かれた空気に乗ってはいけない気がする。
「あ、イザークさ…ん」
「いいじゃないですかー。あなたと違ってこっちは男所帯に所属するモテない軍団なんですよ。打算も何もない可愛い女の子と接する機会なんて稀なんですってば」
「いや、俺も打算のない女性と会う機会はかなり稀なんだけど…」
「…それもそうか」
そんな和やかな男達の会話をよそに、依織はきちんと空気穴を塞ぎ、そしてまたぶっ倒れた。
【お願い】
このお話が少しでもお気に召しましたら、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
作者のモチベに繋がります。
ブックマークも是非よろしくお願いします!