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幸に忠を。  作者: 夏雪あい
ニ章 守護する者
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[四 九郎]

 忠義が役立つようになり、足手まといでなくなると、圧倒的で強固な防衛が可能となった。これまでの劣勢が嘘のようだ。

 九郎は、ゆりの部屋にいた。他には、忠義が創り出した小さな九郎が、部屋の中を行進しているだけだ。

 九郎の姿形をしているとはいっても、それは姿形だけで、強さは物質守護霊のそれだ。忠義と雷線で紐付いた時、初めて力を発揮する。雷線による強化がなければ、単体の物質守護霊よりも劣る。それでも数的優位になれば、馬鹿に出来ない守護力だ。

 守護霊を創る時、頭に明確に思い浮かぶ霊物でないと、うまく創れないようだ。椿姫がその対象だったが、いつの日からか嫌がった。んがちゃんを、という選択肢もあったが、絵面としてどうなのか、という忠義の意見もあり、消去法で九郎しか残らなかった。

 時々窓から悪霊が入ってくるが、散発的な襲来は、小さな九郎達が取り囲んで滅してしまう。忠義の命令に忠実なのだ。今夜の九郎は、眠るゆりの傍で腰を下ろし、小さな九郎達の活躍を眺めるだけだった。

 忠義と椿姫は、一階にいるはずだ。時々気配が伝わってくる。

 椿姫は、忠義が顕現した当初と比べると、積極的に忠義を守ろうとするようになった。忠義を守ればどうにかなる、と分かってきたのだろう。拠り所が土地と従属関係にあるのだから、その影響は精神にもあるかもしれない。

 それにしても、忠義のあの強さよ。いや、忠義自身は驚くほど弱い。九郎が知っている土地守護霊は、一霊でもそれなりに戦えたが、忠義はお話にならないくらいに弱い。しかし、雷線と小さな守護霊創造は、予想以上だった。

 知っている土地守護霊の守護霊創造は、多くても十匹程度だった。忠義は、大小を気にしなければ数百匹を創り出す。とんでもない数だった。巨大浮遊霊を滅する際に、才能が開花したようだ。

 忠義の成長のおかげで、防衛は安定している。今の幸の溜まり具合ならばおそらく、一般家庭と同じくらいの格ではないか、と思えた。もしかしたら、もっと高い。そう思うと、知らず口元がニヤけてくる。これで、さくらとゆりが、幸せを享受できるはずだ。

 しかし、楽観はできない。幸が増えれば、それだけ強大な悪霊から狙われる。

 小さな九郎達が、散っていった。解散の意思が、忠義から出たのだろう。

 九郎は、ゴミ箱に戻っていく守護霊だけ、ぼんやりと眺めていた。頭から突っ込み、その姿が埋まっていく。全身が埋まると、それで終わりだった。

 忠義は、大根の葉が見える、などと言うが、それが見えたことはない。幸の灯りがなんとなく見える程度だ。

 程なくして、忠義と椿姫が戻ってきた。

「んがちゃんが、今日も楽しそうにしていたなあ」

「短い時間なら、いつも楽しそうさ。飽きると、泣き喚いて手がつけられなくなるが」

 所構わず光線を吐き出されると、近くにいるだけで危ない。守護霊は、現層に関与出来ずとも、悪霊や守護霊には関与できるのだ。

「んがちゃんに出会った悪霊は不運だな。為す術もないだろうし」

「ざまあみろ、だ」

 可能であれば、悪霊を一列に並べたい。そして、んがちゃんが光線を吐けば、あっという間に終わる。

「なあ、九郎」

「ん?」

「悪霊って、本当に滅していいのかなあ?」

「はあ?」

 顕現した守護霊は、記憶がなく、知らないことも多いので、よく質問攻めをしてくる。疲れるので、必要に迫られない限り、あまり説明はしない。全てを伝えたところで覚えられないであろうし、伝えるべきことが頭の中で並んで待っているわけでもない。

「悪霊にだって生活があったりしないか、って思うんだよ。平和的にうまくやっていく方法はないのかな?」

「あのなあ、悪霊なんて、幸を求めて襲ってきているだけだ。人間でいえば、理性はなく、欲に溺れているような状態だ。そんなのに襲われたら、自衛する。当然のことだろう。その存在に救いなんてないから、滅してやったほうが、奴らの為になる。どんな霊活をしているかなんて、知ったこっちゃない」

「本当に、他に襲う理由はないのな?」

「悪霊は、膨大な幸を得ると、転生できるって話もあるが、真実はわからん。本当だとしても、ろくなもんにならんだろう」

「他に、何かやりようはないのかな」

「おいら達は、自衛をしているだけだ」

 悪霊に対して、変な仏心を出されても困る。殺るか殺られるかなのだ。

 戦う気持ちが逸しないよう、忠義の気持ちを、うまく誘導してやる必要があるのかもしれない。どこか芯が弱く感じる。

 守護霊は、拠り所を守ることに顕在意義があるのだ。守らない守護霊であれば、それは守護霊と言えない。

 今、必要な力は、悪霊を追い払う力だ。共存の方法を探ることではない。

「幸が溜まってきたせいでしょうか、さくら様のご再婚も決まったそうで」

「生命守護霊が一人増えるなら、ありがたいな」

 幸が貯まれば、生きとし生ける物へ、幸せを呼び込む。幸を多く蓄える人は、他者からは、どこか一際優れた印象を、他者へ与えるはずだ。その上で、人自身の努力が積み重ねられる。幸だけでは、幸せにはなれない。しかし、幸せの基盤であったり、呼び水だったりにはなる。だから、再婚が幸せというのであれば、さくらの努力も、少なからずあったはずだ。

 幸を守る以外にも、何か出来ることがあれば。考えても虚しいことだった。やれることをやり続けるしかない。この刀で。

 腰の刀に手をやった。椿姫と違い、九郎の刀は常に具現化させている。

「良い人そうだった」

 忠義が言った。現層の者の人相を見たところで、九郎にはどうしようもない。だから、幸の多寡を見ただけである。少ない。九郎の目からは、そう見えた。

「忠義様に似ている御仁と存じます」

「そうかなあ?」

「はい。どこか、お優しそうな方であられます」

「俺には、よくわからんね」

 確かに、どことなく忠義に似ているのかもしれない。亡き夫の代わり、という意識が、さくらにあるのだろう。それは、罪作りな気もする。

「俺は、複雑な心境だよ。なんだか、胸がザワザワするような」

 忠義が複雑に思うのは、生前の影響だろうと思えた。生前の記憶を取り戻すには、通常、年月を必要とするが、きっかけがあれば、早く思い出すこともある。忠義にとって、佐伯家の環境は、きっかけだらけだろう。そのきっかけに触れるつもりまでは、九郎にはなかった。その時がくれば、嫌でも思い出す。

 再婚相手の話で、ふと思い出した。

「そいや、あの男、おかしいぞ」

「何がでございますか?」

「守護霊、ついてたか?」

 再婚するのであれば、今後は共闘することもある。挨拶の一つでも、と思ったが、生命守護霊も物質守護霊も見かけなかった。

「見える範囲には、おりませんでした」

「敷地内にいれば、俺が気がついてる」

 忠義は、敷地内の幸の動きを感知する。その忠義が感知していないのであれば、間違いなくいない。拠り所から離れているか、滅したかのどちらかと思えた。

「恥ずかしがり屋の方で、入って来られなかったのやも知れませぬ」

「さくらと結婚するってことは、一緒に暮らすかもしれんのだろう? 恥ずかしがっても仕方ないぞ」

 どこで暮らすのかまではわからない。引っ越す場合は、忠義とはお別れとなる。

「それは、仰られる通りでございますが」

「挨拶くらいしろってんだ」

 忠義が笑いだした。

「なんだよ?」

「九郎、まるで父親だな。娘さんを下さい、って言わせるのか?」

「うるせぃやい」

 二霊に、大笑いをされた。



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