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幸に忠を。  作者: 夏雪あい
ニ章 守護する者
6/17

[ニ 忠義]

 浮遊霊がそこら中を飛び回っていた。人型の悪霊で、下半身は透けて足が見えない。悪霊の特徴は、徐々に覚えてきている。

 浮遊霊は、単体では弱い。それでも忠義は勝てない。力不足を嘆いた。

 浮遊霊に飛びかかってみたが、逆に幸を吸われる。素手で殴り掛かること自体が、愚かだとも思えた。

「忠義様、お諦め下さい」

「おのれ」

 身体の所々が半透明になっており、感覚が鈍くなってきていた。

「雷線を頂戴できますか?」

「おう」

 悪霊は、連日襲撃してくる。忠義たちは、毎夜防衛に勤しんだ。

 慣れてきたのか、雷線の放出は難しくなくなってきた。祈らずとも、意識すれば出せる。手以外からも発することができる。一度雷線を結びつければ、あとは紐のようなものだった。意識さえしておけば、勝手に繋がっている。

 悪霊の防衛には、当初は九郎と組んでいた。しかし、最近では雷線を活かすため、椿姫と組む。九郎にとっては、忠義と組んでいても、足手まといなだけだ。雷線は、物質守護霊にしか紐付かない。

 雷線で椿姫と結びつくと、椿姫は活力に溢れ、動きには躍動感が出て来た。

 椿姫が気合を発しながら薙刀を振り回し、五匹の浮遊霊を斬り滅する。それは忠義の格闘がお遊戯に見えるほどに、とても見事なものだった。

「お見事」

「あと、いかほど、悪霊は残っておりますか?」

「外にいるのも含めたら、数える気にならないくらい感じるよ。百以上いるかな」

「気が遠くなりますね」

 下はどうなっているだろうか。九郎が一階の全域を。んがちゃんが寝室で防衛をしているはずだ。ここが耐えられているのだから、二霊にとっては問題ないだろう。

 感知する限り、一階は悪霊だらけだった。九郎らしき感覚は、その中を活発に動いている。また、んがちゃんの周囲は、ぽっかりと空間が出来ている。近づく悪霊は即座に滅ぶ。

 忠義は、身体の外まで神経が伸びたような感覚で、敷地内の悪霊を感じることができる。明暗や大きさ、熱、時には刺激で、識別することができた。

 今、一階は、夜空を見上げた際の星空のように、悪霊だらけだ。そんな中、異質で嫌悪感のない力強い輝きが二つある。それが九郎と、んがちゃんだ。

 椿姫も似たような輝きだが、平時のその光は小さい。雷線で強化されると、九郎の輝きに近づく。

 雷線強化状態の椿姫は強い。それでもまだ、生命守護霊の九郎の方が圧倒的で、一階の防衛は、九郎が引き受けていた。一霊で一階の全域を守っている。

 一階には、佐伯家最強の生命守護霊、んがちゃんもいるが、さくらの護衛以外の働きは、全く期待できなかった。んがちゃんは、自分で動くことは、ほとんどない。

 ずっと戦い続け、結局、日の出まで防衛は続いた。戦ったといっても、忠義は室内を逃げ回りながら、椿姫に雷線を飛ばしていただけである。

 朝方、九郎が戻ってきた。憔悴している。椿姫も、薙刀を杖代わりにへたり込んでいる。逃げていただけの忠義も疲れていた。

「どうだった?」

「なんとか、耐えました。ですが、多すぎます」

「こりゃ、陽が昇らなかったら、まだ続いてたぞ」

「九郎、悪霊って、夜しか来ないのか?」

「昼間でもいるさ。だが、夜の方が力を発揮できるようだな」

「じゃあ、昼間も襲撃のある可能性はあるってことか」

「昼間の外は、拠り所が出歩く関係で、守護霊もそこら中を徘徊しているようなもんだし、家屋まで到着できる悪霊は稀だろう」

「でも、強大な悪霊だったら可能性は、あるわけだろう?」

「その強大な悪霊に狙われるほど、佐伯家の幸の格は、まだ高くないってことだな」

「格ってなんだよ」

「んー。幸の量、価値ってところかな」

「要は、食べたい料理があまりないから、美食家の悪霊はこないよ、ってことか」

「おう、良い例えだ」

 九郎がニヤっとして言った。自分なりに解釈をしたが、悪くなかったようだ。

「んがちゃんは? 大丈夫なのか?」

 いくら最強とはいえ、見た目が赤ちゃんなので、なんとなく心配はしていた。

「ああ、大変だったよ。途中で飽きたみたいでな。泣きながら光線吐いてたさ。当たったらおいらも死んじまう」

 光線を吐くとか、絵面が想像できない。

「家が壊れそうだ」

「守護霊がどんだけ暴れたところで、器物の破損はありえない。だから、おまえも暴れていいぞ。できるならな」

 好き勝手に言われている。だが、挑発されても何も言い返せない。事実だ。

「今夜もこの調子でございますと、耐えきれないやもしれませぬ。疲れもそうですが、修復が追いつきませぬ。忠義様は、常時雷線を出せるほど、体力がございませんし」

 椿姫の薙刀は、刃こぼれをしていた。身体も所々薄くなっている。

「とにかく、夜に備えよう。せっかく幸が溜まってきている。もっと貯めて、さくらとゆりを、より幸せにしてやりたい。幸が溜まってきた分だけ、悪霊も強大になるだろうが」

 であらば、あえて最小限の幸に留めておけば、防衛も楽なのではないだろうか。疑問は、吐き出すことにした。

「幸は、増えなきゃ駄目なのかね」

「人は、自らの力で幸せを勝ち取るべきだ。おいらは、そう思ってる。だけど、幸が人に活力を与えるのも、また事実だ。その生きる力を守ってやれるのは、おいら達しかいない。その為に顕在している。拠り所自身が自衛できないから、守護霊が生み出される理なんだろうしな」

 やはり、白血球のようだ。白血球は、命を守る免疫細胞だ。守護霊が白血球なら、幸はさしずめ、血液だろう。あるいは酸素だろうか。

「幸は、急に溜まるようになってきましたね」

「おう。やっぱり、土地守護の力だろう」

「俺、バチバチやってるだけなんだけども」

 雷線の扱いに慣れてくると、幸の流れも知覚できてきた。雷線を出す時、土地からの幸の流入を感じていた。その幸が、忠義の身体を媒体に、椿姫へ幸を渡している。つまり、雷線の正体は、土地から湧き出す幸が、実線化したものなのだ。

「土地守護は、顕在し続けることに意味があるんだよ。きっとな」

「最初は、土地守護なんて、とどこかで思っておりました。でも、今はその力を心強く感じております」

 九郎と椿姫の評価も、最初よりは良くなってきている。

「これで、俺自身が強ければなあ」

「他の土地守護は強かったぞ。忠義は、何か特殊に弱い」

「嬉しくない特殊だなあ」

「とにかく忠義は顕在し続けろ。自ら戦うだけが防衛ではない。いずれ、別の物品守護が顕現する。幸が増えてきているからな。おまえが消滅すると、またジリ貧の防衛の日々になっちまう。今の辛さは、それまでの辛抱だ」

 忠義は頷いた。

 そうだ。椿姫のような物質守護霊が、もっと増えればいいのだ。そうなれば、忠義の力が活かされる形で、佐伯家に貢献ができる。ひいては、土地の守護にもなるだろう。

 二霊とも、拠り所の傍で休みだした。とは言え、ゆりはそろそろ起床するだろう。だから九郎にとっては、束の間の休息だ。ゆりが登校すれば、ついて行かざるを得ない。

 忠義も横になり、身体を休めた。横になると、幸の流れを感じた。そういうものが、感じられるようになっている。

 生命や土地から湧き出た微量な幸が、そこらに浮遊し流れている。その幸を吸い込むと、疲労の回復を感じる。九郎と椿姫は、拠り所からも幸が流れ込んでいる。

 守護霊に取り込まれた幸は、その形を保つために消費される。消費された幸は、別の色を成し、土地へ戻っていく。吸った酸素が、二酸化炭素として吐かれる。そういう呼吸と同じような循環を、幸もしているようだ。

 循環から外れるケースもある。悪霊に吸われた時だ。悪霊に吸われると、吸われた分は戻ってこない。戻ってくるのを見たことがない。

 ある程度回復すると、家の中を歩き始めた。一霊なので、襲われたら勝てない。その時は、華麗に逃げようと思った。華麗であることが重要だ。忠義は戦えないので、華麗な逃げ様に、挟持を見出そうとしていた。直接の戦闘に向かないので、悪霊と対しても逃げるしか能がない。理想は、襲われる前に感知することだ。

 一階の居間へ行くと、さくらが出勤の身支度をしていた。んがちゃんが、さくらの足に抱き付き、引きづられながらも、眠り続けている。

 外に出た。陽は昇っている。雲ひとつ無い澄み渡った空だ。翼竜が飛んでいる。その様子も、最近では見慣れてきた。

 敷地外の手前まで移動した。

 九郎と姫は、世界に馴染めば、少しは離れられるようになる、と言っていた。世界とは、霊層のことだろう。そろそろ、少しは馴染んでいるかもしれない。

 敷地外へ一歩、踏み出した。急に虚脱を感じる。しかし、動けない程ではない。ちょっとは霊層に馴染み、成長しているということだろうか。

 さくらが家から出てきた。んがちゃんは、さくらの頭にしがみついていた。

「んがちゃん、行ってらっしゃい」

 んがちゃんが、忠義の声に反応し、ガラガラを振ってくれた。可愛い。

 敷地からさらに離れてみた。離れる程に虚脱の度合いは大きくなる。

 もっと離れてみる。すると目眩がした。

 最初の頃よりはいくらかマシだが、元気に外出、というわけにはいかなさそうだ。これでは、さくらやゆりに付いていくことができない。

 なんとか敷地内まで戻ると、制服姿のゆりが出てきた。九郎もいる。

「そんなフラフラで、学校でやられるなよ、九郎」

「何を言う。学校は生命守護霊だらけの場所だぞ。しかも昼だ。例えおいらが寝てたとしても、問題があろうはずもない」

 言われてみれば、そうだろう、と思えた。

「それとな、忠義、一霊でうろつくな。危ない」

「へえへえ」

 九郎を見送ると、敷地内で幸の溜まった物品を探し、暇を潰した。そこらの草木にも、大なり小なり幸は宿っている。

 途中で椿姫に見つかり、部屋へ連れ戻され拘束された。拘束されたといっても、端座する椿姫に腕を掴まれただけだ。それは受け入れた。

 夜、ゆりの部屋で三霊、待機していた。

「回復したか?」

「俺は、問題なし」

 幸を吸えば、すぐに回復する。察するに、容量の上限が少ないに違いない。

「見かけは回復しております。ですが、まだですね。刀身も疲労しております」

「おいらも同じだ。最悪、素手で戦うしかない」

「もう集まり始めているぞ。昨日の続きのようだ」

「忠義、数はわかるか?」

 神経を延ばすようにして、悪霊を感じ取ろうとした。黒い星空が広がる。数が多すぎて、まともに数えよう、という気にはなれなかった。

「五十以上はいるかなあ。まだ増え続けているが」

「四霊ではなあ。実質三霊みたいなもんだが」

「んがちゃんは、あんなに頼りになるじゃないか。ちゃんと数えてやれよ」

「数えてないのは、忠義、おまえのことだぞ」

「……わかってた」

 だよね。だよね。だよね。

「配置はどうされますか?」

「どうって、今まで通りにするしかないだろう」

「わたくし達と、九郎様を逆にしては、いかがでしょうか?」

「おいらがゆりの部屋でってこと?」

「左様でございます」

「一階は最悪放棄して助けに行けるが、逆にしたら、ゆりの護衛なしにできないから、二霊に何かあっても助けにいけないぞ」

「わたくしが浅はかでございました」

 九郎は、頭が良いのか悪いのか、よくわからない。こういう時は冴えている。忠義も椿姫も、九郎の助けを当てに出来たほうが安心できた。

「隣の家に応援を頼んだりは?」

「来るわけないだろう。自分たちの守るべきものがあるんだ」

「そっか」

 現実と違い、ご近所付き合いは冷え切っている。

 ふと、嫌な何かが、身体に触れたような感じがあった。

「ん、入ってくるぞ」

「じゃ、ここは頼むぞ」

「かしこまりました。九郎様もお気をつけて」

「おう」

 刀を帯に差し、九郎が出て行く。

 カーテンで遮られて視認はできないが、窓の外にも悪霊が浮いている感覚はあった。今、窓から顔を出せば、悪霊と『こんにちは』ができるだろう。

「浮遊霊って、直で窓から入って来られるから羨ましいよなあ」

「緊張感のないことを仰りますね」

「だって、飛べるんだぜ。階段の必要なしだよ。俺も飛びたい」

 椿姫がカラカラと笑う。

「足がなくなっても、よろしゅうございますか?」

「そりゃ、嫌だね」

 まだ冗談を言う余裕はある。

 一階は既に侵入されている。忠義は、窓の外に気を配った。

 静かに待った。椿姫は、忠義の知らせを待っている。

「来た」

 窓を指差すと、椿姫が薙刀を構える。次の瞬間、列を作って次々と侵入してきた。

 個々に浮遊霊を滅していく。一匹ずつなら、雷線は不要だった。雷線は強力だが、消耗がある。求められるまでは、出さないことにしていた。

 階下でも戦闘が激化していた。霊の数が多すぎる。

「下がまずいことになってる」

「九郎様が?」

「いや、九郎は動いているが、浮遊霊がなだれ込むように入ってきていて、一階に充満しているというか」

 椿姫が薙刀を振り回しながら、嫌そうな声を発した。想像したようだ。

 宙に手を伸ばし、より詳細に状況を知ろうとした。これだけ立体的に広がって数が多いと、区分けして感知しなくてはわからなくなる。

「あ、二階に沢山上がってくる」

「雷線を頂戴いたしたく」

「おっけ-」

 幸の実線化を意識する。電気機器で言えば、雷線を使う忠義の存在は、電源タップのようなものだ。土地の幸を、雷線という形で、従属する物質守護霊へ送り込む。その恩恵があれば、持っている以上の幸の力を、物質守護霊は行使できる。

 光が弾け、雷線が発現した。椿姫の輝きが強まる。

 扉からも浮遊霊が入って来た。窓と扉、前後を挟まれる。

 忠義は壁際に避難した。

 椿姫が飛ぶように舞い始め、次々と浮遊霊を斬り滅する。その様は美しくもあった。

 忠義は、ゆりの傍に移動した。ゆりは健やかに寝ている。この寝顔を守らなくては。それは、土地を守るより、強い気持ちに思えた。

 次々と浮遊霊が入室してくる。異常な数だった。

「多すぎ、で、ござい、ますっ」

 室内が、瞬く間に浮遊霊だらけになる。気付くとリュックが吸われていた。忠義は、その浮遊霊に飛びかかり、引き離した。引き離した浮遊霊を、椿姫が両断する。

「忠義様、感謝申し上げます」

「これしか、できねえっ」

 避けるスペースもほとんどないが、動き続けた。的を絞らせないことで、避けることができる。しかし、幸ある物品やゆりは、逃げはしない。忠義は、椿姫の邪魔にならないよう避け、時に浮遊霊に飛びかかり、幸が奪われるのを邪魔した。

 椿姫は、ゆりとリュック周りで舞っていた。一振り毎に浮遊霊を滅してはいるが、浮遊霊は増え続ける。

 椿姫の悲鳴と共に、薙刀の刀身が折れ飛んだ。本棚の付近へ飛んでいく。

 折れた刀身が飛んだ先で、何か、見えた。葉っぱの束のような幸だ。大根か。そんなことを考えている場合ではない。

 忠義は大きく息を吸った。扉に顔を向ける。

「九郎っ、もう厳しいっ」

「向かうっ」

 九郎の大声が返ってきた。

 しかし、九郎の位置を感するに、たどり着くには、時間がかかりそうに思えた。

 ゆりの幸を吸う浮遊霊を、なんとか引き離した。リュックに吸い付く浮遊霊は、刀身のない薙刀で、椿姫が叩き飛ばした。その椿姫の手足や胴に、浮遊霊が纏わり付いている。数の力は、圧倒的だった。

「姫っ」

「ごめんなさい、ごめんなさい。あとを、お頼み申します」

 椿姫は、今にも倒れそうだった。

「くっそ、どうせ無くなるのならっ」

 幸があれば、椿姫を回復させられるかもしれない。

 本棚まで走った。幸の葉を掴む。抜けない。身体に吸い付く悪霊を振り払った。

 改めて、渾身の力で大根のようなものを引き抜いた。何か、出てきた。それは小さな守護霊だった。いや、腰くらいの身長の小さな椿姫だ。

「なんだっ?」

「っ?」

 目が合った。驚愕の表情で見合った。小さな守護霊の頭部、葉の部分が揺れている。

 新たな物品守護霊か? 輝きから察するに同類のように思えた。

「あ、生まれて早々悪いんだけど、助けて?」

 身動きの取れなくなっている椿姫を指差した。すると、ミニ椿姫は頷き、喊声を発して突撃していった。小さな薙刀を突き出している。

 試しに雷線を飛ばしてみた。ミニ椿姫が加速する。忠義の口からは、感嘆の声が漏れた。

 椿姫が浮遊霊から解放される。即座に、リュックとゆりに纏わりつく浮遊霊を、刀身のない薙刀で叩き飛ばした。

 ミニ椿姫が指示を待つように、忠義を見上げていた。

「椿姫を援護してくれ」

 指を指すと、ミニ椿姫が大きく頷いた。

 忠義は、自分に纏わりつく浮遊霊を突き飛ばした。他にも幸大根がないか、探した。あれは幸の大根だ。埋まった身の代わりに、小さな椿姫が付いている。

 目を凝らす。ある、ある。よく見れば見える。

 次々と順番に引き抜いた。どれもミニ椿姫だ。しかし大きさは幸の量に比例するようだ。手の平サイズの小さな椿姫もいる。小さな椿姫は、引き抜くことも容易だ。

「よし、おまえは、ゆりの護衛だ。そっちはリュックの護衛だ。いいな?」

 ミニ椿姫達が揃って大きく頷く。

「行け」

 何か声を張り上げながら散っていった。

「忠義様、これは、どういう、ことですか?」

 椿姫が薙刀を振るいながら訊いてきた。

「大根引き抜いたら、生まれてきた」

「はあ?」

 大きく息を吸った。

「九郎っ、こっちは持ち直した。上がってこなくて良い」

「わかった」

 九郎の叫ぶような返答が聞こえた。同時に、一直線に階段に向かう九郎の動きが、不規則な動きに戻ったように感じた。

 さらに幸大根を探し、引き抜いていった。

「忠義様、何をされていらっしゃるのですか?」

 椿姫には余裕が出始めていた。小さな守護霊が活発に動き始めると、相手する浮遊霊が減ってきたのだ。

「何ってほら、大根引き抜いてる。ほら、ここにも葉っぱみたいなのが見えるっしょ?」

「いえ、見えませぬ。小さなわたくしは、仰山おりますが」

「あれ、そうなの?」

 椿姫には、葉の部分が見えないようだ。

 大小様々だが、良く目を凝らすと、色々な物質に葉が見えた。本。ゴミ箱。机の椅子。手当たり次第に引き抜いた。引き抜いたら雷線を飛ばし、部屋を守るよう指示した。

 三十匹も引き抜き、室内がミニ椿姫だらけになってくると、その状況を見た浮遊霊が、逃げ出すようになった。

 雷線を多数繋げていると、さすがに疲労が強い。意識を失わないよう努めた。

「大丈夫ですか?」

「おう。十くらい連れて、一階に行ってくる。ここは頼めるか?」

「え、ですが……。いえ、かしこまりました」

「よし、お前たちは付いてこい。残りは、この姉ちゃんの指示に従うんだぞ」

 ミニ椿姫が、揃って声をあげた。

 扉を抜けると、雷線が消えた。繋げ直すことはできたが、扉の向こうのミニ椿姫には、雷線を飛ばせなかった。直線で結びつかないと駄目なのかもしれない。

 まあ、いいか。

 ミニ椿姫に浮遊霊の討伐を命じながら、階下へ進んだ。道すがら、幸大根を抜いて、ミニ椿姫を増やしていく。

「君らはトイレ。こっちは浴室。そっちは物置。お前とお前は巡回。よし、行け」

 声を上げたミニ椿姫が、勢い良く走っていく。

 居間に入ると、九郎が囲まれながらも奮闘していた。大量にいる浮遊霊が、好き勝手に動いている。一体だけ大きく、色の濃い浮遊霊もいた。

 寝室からは、んがちゃんの笑い声が聞こえる。時々、光も放たれていた。恐ろしいものを見ることになりそうで、あまり見たくない。

「九郎」

 浮遊霊に素手で対している九郎に、声をかけた。目が合う。

「おう、忠義。上は大丈夫なのか?」

「もう、いない」

「随分とちっこい姫を連れてるな」

「引っこ抜いたら生まれたよ」

「使えるのか?」

「見てろ。お前たち、浮遊霊を滅するのだ。あ、待った、君は俺の護衛に。よし、行け」

 護衛を残し、室内に散らした。各々が浮遊霊に挑みかかっている。

「なるほどな」

「だから、手伝いにきた」

「数は多いし、でかいのが、ちょっと厄介でな。おまけに刀も駄目になった」

 九郎は、巨大な浮遊霊に対していた。頭が天井を擦るほどにでかい。余裕を見せているが、それ以上の対処を出来ずにいた。

「待ってろ」

 葉っぱを探そうと目を凝らすと、やはり数多くの幸大根が見えた。一つずつ抜いていく。抜いたミニ椿姫には、九郎の援護を指示した。

 浮遊霊を次々と滅していくと、最後には巨大な浮遊霊だけが残った。

「殴っても効きゃしねぇ。注意を引くのが精一杯だ」

「よし、おまえたち、かかれーーーぃ」

 喊声をあげて突撃するミニ椿姫達。しかし、弾かれる。

「忠義、散発では駄目だ。個の力を集の力にするんだ」

 なるほど。それは良さそうだ。

「よし、整列」

 その場にいるミニ椿姫が集まり、忠義の前で横列を作る。

「目標、巨大浮遊霊。一斉に行くぞ」

 忠義は手を上げた。ミニ椿姫達の視線が集まる。振り下ろした。

「いけーーーぃ」

 喊声をあげて突撃するミニ椿姫。手応えは多少あったように思えたが、弾かれ、転がり戻ってきた。

 その間も、九郎は悪霊の攻撃を避け続けている。余裕を持って回避運動をし、こちらを眺めていた。

「ど、どうしよう?」

「増やせ」

 食器棚に一際大きな葉が横向きに生えている。引き抜こうと飛びついた。

「ぬおーーー、抜けろーーーっ」

 渾身の力を込めるが、ビクともしない。

「おい、椿ーズ、手伝ってくれ」

 ミニ椿姫達が忠義の足や身体に飛びつき、引っ張り始める。引っ張る力が強まった。強まりすぎて、腕の関節が外れそうだった。あと少し。抜けそうな感触はある。

 ミニ椿姫達を叱咤した。あと少し。

「わっしょーーーい」

 掛け声と共に、声を合わせて引くと、少し動いた。もうひと引きだ。

「勢いをつけて引こう。一度、寄って寄ってー」

 言うと、忠義の元に全員が一度、団子のようになって集まった。

「わっしょい、で引くぞ」

 頷くミニ椿姫達。雷線が切れてしまっているミニ椿姫には、再び雷線を配した。やはり、間に何かを挟むと、雷線は消失してしまうようだ。

「よし、いくぞ。ワンツーさんハイ、わっしょーーーい」

 合わさった力は凄まじく、力強く後ろに引っ張られる。抵抗は一瞬だった。抵抗がなくなり、後方へ飛ぶように転がっていった。

 すると、掴んだ葉の先に、数多のミニ椿姫が引っ付いている。驚愕の表情で見合った。なんだろう。強引に引っ張り出されると、やはり驚くのだろうか。

「よし、整列」

 ミニ椿姫達が密集して陣形を組む。部屋幅に収まらないミニ椿姫は、上に乗ったり、後ろに並んだりだ。十人三段を二列。五十霊を超える数だ。

 新たなミニ椿姫へ、忠義は雷線を発した。一瞬、視界が暗転し、意識が飛んだ。雷線の数が多すぎるのだ。割れた器から水が漏れ出るように、とめどなく幸が流出していく。貧血のような感覚があった。なんとか気力で耐えると、視界は戻った。

「構え」

 ミニ椿姫が、一斉に薙刀を構える。

 残るは巨大な浮遊霊だけだ。九郎が注意を引き続けている。

 息を大きく吸い込み、振り上げた手を振り下ろした。

「突撃ーーーっ」

 喊声をあげてミニ椿姫が突撃する。地響きすら感じた気がした。壁が突撃して行く。そんな勢いだ。

 ミニ椿姫達が巨大浮遊霊とぶつかる。押す。九郎が横っ飛びをして抜け出した。さらに押す。壁まで押した。

「行け。行け。そのまま押し滅ぼせ」

 残った気力を手先に込めた。

 もっと、もっと力を送り込むのだ。拠り所よ。今、守護の力が必要なのだ。今、幸が必要なのだ。だから。

 稲光のようだった雷線が太くなり、稲妻になった。凄まじい光を発している。

 次の瞬間、浮遊霊が破裂した。圧滅だ。

 それを確認した直後、世界がまわった。それは束の間で、すぐ視界が暗転した。暗い世界だ。心地良い浮遊感がある。身体が動かない。何も出来ない。何もしない。何も感じない。ただ、浮遊している。どこまでも。

 暗い。光が欲しい。触れたい。触れられたい。与えたい。与えられたい。

 次第に落ちていった。どこまでも落ちていった。

 誰かの声が聞こえてきた。

「お父さん、誕生日プレゼント、ありがとう」

「あら、あたしには、ないの?」

「お母さんは、誕生日じゃないよ」

「じゃ、次の誕生日によろしくね」

「お父さん、とっても嬉しいよ。大事に使うね」

 どこか愛おしさを感じる声だった。懐かしくもある。

 別の方向からも声が聞こえた。

「ねえ、もっと素直になりましょうよ。報われはしないわ」

「したいことをすればいいよ。お父さん、頑張ったもの」

「幸があれば、また会えるわ」

「だから、また一緒に、幸せに」

「家族で」

「親子で」

 黒い塊が二つ、伸びてくる。次第に腕の形に。手の形に。色に。

 ああ、この手を知っている。思い出せないが知っている。不思議な感覚だ。今すぐにでも行きたい。でも、使命があるんだ。守らなくてはいけないんだ。

「その使命は必要ないわ」

「守らなくても、あたし達はここにいるよ」

 そうか。じゃあ、いいのかな?

「だから、もっと堕ちて」

「待ってるよ、お父さん」

 ああ、心地良い。もうすぐ。もうすぐだ。

「忠義様、忠義様?」

 ふいに視界が明るくなった。椿姫の顔が目の前にある。

「ああ、良かった。九郎様、忠義様が目を覚まされました」

「あれ、なんだ?」

 どこかに向かっていた気がしたが、少し前の出来事すら思い描けない。

「守り切れました。奮迅のご活躍、お見事でございました」

 そうだ。戦っていたのだ。守りきった。なら、良かった。忠義は思った。

 自分が横たわっていることに気がついた。腹部が重い。目を向けると、んがちゃんが座っていた。

「んが、んが」

 ガラガラを向けられた。それ、怖い。

「おう、起きたか。よくやったな」

 九郎の声だ。

 段々と意識がはっきりしてきた。居間にいるようだ。窓から差し込む陽の光を見るに、もう昼のようだ。時計を見てもそうだった。いつから意識を失っていたのか。

「昼間に、んがちゃんがいるなんて、珍しいな」

「さくらが休みの日だ」

 こんな生活……霊活をしていると曜日感覚がない。平日か祝日かなど、気にしない。

「ちょっと、んがちゃん、どいてもらえるかな」

 言ったが、んがちゃんは無邪気さを見せるだけだった。忠義の言葉を理解している様子はない。代わりに椿姫が、んがちゃんを抱き上げる。

 忠義は上体を起こし、大きく息を吸った。浮遊している幸が体内に入ってくる。僅かに活力が戻ってきた。

「ミニ椿姫達は?」

「お前が気絶したあと、散っていったぞ」

 椿姫の腕の中から逃れてきた、んがちゃんが、忠義の身体によじ登ってくる。

「今日の、んがちゃん様は、忠義様がお気にいりのようです」

 地味に重い。しかし、重さを懐かしくも感じた。守護霊となって以来、物を持つことなどあまりない。現層の物質に関与ができないからだ。

「はいはい、よしよし」

「それにしても、沢山の小さいわたくしは、一体何だったのでしょうか?」

「放っておきゃ守護霊になる成長中の幸を、強引に守護霊としたのさ。いやあ、すごかったな。姫だらけだったしな。久々に見たもんだから、興奮で手が震えたさ」

 九郎が自らの膝を叩いて笑った。一方、その横で押し殺すような気配を、椿姫が発し始めていた。

「九郎様」

「あん?」

「ご存知だったのですか?」

 いくらか間があった。世界が静止したかと思ったが、んがちゃんの首は動いている。

「いや、知らないなあ」

 明らかにそれとわかる、しらばっくれをする九郎。

「ご存知だったのですね?」

「知らないって」

「久々、と仰りました」

「そりゃ、ちょっと、言葉を間違えた。初めて、だ。うん」

「そんな間違え方はございません」

「いや、あのな、覚えてなかったんだよ」

「消滅するところでございました」

「おう、まあ、顕在してりゃ、そんなこともあるだろ」

 椿姫の手が震えていた。頭上に薙刀が出現し、椿姫が掴み取った。

 忠義は、即座に、んがちゃんを抱えて立ち上がった。

「さ、避難しような、んがちゃん」

「んが」

 んがちゃんを抱きかかえ、居間を出た。

 玄関から外へ出ると、中天の陽に照らされた。雲ひとつなく、かなり眩しい。

 今、目に見える世界だけを見れば、この世界に悪霊がいるなど、信じられはしなかった。悪質な冗談なのではないのか。全て夢なのではないか。今も思う。

「んがちゃんはいいなあ。外に出られるんだろう?」

「んが?」

「俺も、外を自由に歩きたいなあ」

「んが」

「何を言っているか、わからんなあ」

 今は、全く外を歩けないというわけではない。姫に隠れて時々出歩いてみると、少しずつ離れられる距離も遠くなっている。だが、さくらとゆりに付いていく程には、今のところ難しそうだった。

 家の中からは、騒ぎ声が聞こえてきていた。

「待て、姫。お前、そんな、手が出るような女じゃなかったろう」

「斬れば隠し事が、もっと落ちてくるやも知れませぬ」

「んなわけあるかっ」

「お覚悟」

「目的が変わってんだろ、おい」

「今宵の我が得物は、血を求めておりまする」

「もう陽は昇ってらぁ。血もでねーからっ」

 刀身は、もう直ったのかな。

 やはり、信じられない世界だなあ。忠義は思った。



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