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幸に忠を。  作者: 夏雪あい
一章 誕生
4/17

[三 椿姫]

 忠義が顕現してから、二日が経過していた。

 相変わらず、夜の悪霊防衛では、役に立っていないようだ。

 家の中で戦力を分けようとすると、九郎と忠義を一緒にするしかなかった。単独で立ち回れる九郎が、忠義を守るしかない。椿姫には、他に気を配るほどの余裕がない。

 なんとか佐伯家が保っているのは、幸のなさが逆に幸いしていると考えられた。強い悪霊は、より多くの幸が蓄えられている場所を襲う。

 今の佐伯家は、幸がほとんどなく、強い悪霊にとって魅力が乏しい。襲撃してくる悪霊は、残り幸を狙う弱小悪霊がほとんどだった。そういった低位の悪霊であっても、椿姫にとっては、楽な悪霊ではない。

 リュックの傍で端座していると、忠義が部屋に入ってきた。

「九郎は?」

「ゆり様が学校でございます」

「一緒ってことね」

「拠り所と遠く離れることは、ありません」

 忠義が近くに座った。何か用があるのだろう。

「そうだよな。力も発揮できなくなるもんな」

「ご用件が、おありでしょうか?」

 この男は、土地守護霊のようだが、期待通りの活躍はしていない。九郎の足を引っ張っていた。自分の拠り所のことを考えても、好ましいことではない。

「土地守護霊のことを聞きたかったんだけど」

「わたくしで、答えられることでしたら」

「なんで俺、守られているのかなって」

 言おうとしているところの意味がわからず、椿姫は首を傾げた。

「足手まといになっている自覚はある。役に立たないなら放っておけばいいだろう? もちろん、滅びたいわけじゃないけどさ」

「そのようなことですか」

「姫はわかる?」

「理由は二つ、あるかと存じます」

「教えて欲しい」

 教えるといっても、他の守護霊から聞いた受け売りだ。九郎の説明はいつも不足するので、自分から学ぶしかない。佐伯家に今までいた守護霊や、外で出会う守護霊との話は、貴重な情報交換の場だった。

「ひとつは、土地守護霊が顕在することで、幸の活性化を期待できます」

「どういうことだろう?」

「幸の循環がよくなり、効率的な幸の蓄積が可能、と聞き及んでおります」

「そうなの?」

「少なくとも、他の土地守護は、そのようです」

「もうひとつの理由は?」

「この世界に馴染むまで、様子を見ようとお考えなのではないか、と存じます」

「そっか。まだ期待されてるんだな、俺」

「土地守護であればこそです。でなければ、九郎様は、忠義様をお守りはしないでしょう。かの兎のように」

 兎を助けることが出来たのは、九郎だけだった。兎を見捨てざるをえなかったのは、護衛の優先順位があったのだろう。九郎の一番は、当然、拠り所となるゆりのはずだ。次に、土地守護の忠義だったのだろう。

 九郎は、本来であれば、ゆりだけを守りたいはずだった。拠り所を守るのが使命だからだ。しかし、佐伯家そのものを、なんとか守ろうとしている。

「こう話していると、コーヒーでも飲みたくなるね。お腹が減らないせいか、飲みたい気持ちもないんだけど、口寂しいというか」

「味噌汁でしたら、出せますが」

「え、ほんと?」

 椿姫は、床へ手を向け、意識を集中した。手で椀を象っていく。

「お、なんか浮かび上がってきた」

 徐々に味噌汁の形が整う。温度、香り。記憶から創り出す。

「おお、すげえ」

 味噌汁を具現化すると、僅かに疲れを感じた。表情には出さない。

「お召し上がり下さいませ」

 忠義が、息を吹きかけ、冷ましながら口をつける。

「美味い。美味いよこれ」

「それは、良うございました。身体の中に入ると、消えてしまいますが」

 薙刀もそうだが、椿姫の意識から離れると、消失する。

「俺も出来るのかな?」

「どうでしょう。わたくしは、薙刀とお味噌汁だけ、創り出すことができます」

「武器一つも召喚できない俺は、無理そうかなあ」

「長年顕在すれば、出来るようになるかもしれませんよ」

 忠義は、ほんの少し、表情に陰りを見せた。

「なあ、姫」

「はい、なんでしょうか?」

「俺に修行をつけてくれないかなあ」

「わたくしが未熟ながらも取り扱えるのは、薙刀だけにございます」

「駄目かあ」

 誰かに稽古をつけるなど、器ではない。分不相応だ。

「それに、わたくしは物質守護霊。大した強さは持ち合わせておりませぬ。お頼みするのでしたら、九郎様が良いかと存じます」

 こういうことは、九郎に任せるのがいい。押し付けるわけではない。適切な人物に任せるだけのこと。

「その、同じ守護霊なのに、なぜ強さが違うの? 九郎と姫で」

「生命守護霊と物質守護霊では、拠り所に明確な差がございます」

「どういうことだろう?」

「守護霊は、拠り所から得る幸で形を保ち、幸を糧に悪霊と戦います。生命守護霊の拠り所は、生命であり生きております。それだけで幸が多量に湧き続けます。対して、物質守護霊の拠り所は生きてはおりません。生物から大事にされることで、なんとか幸を獲得できます。結果、幸の量には、大きな差が生まれます」

 これでも、他の物質守護霊よりは、多くの幸を得ている。それで今日まで顕在できているとも言えた。それだけ、椿姫の拠り所が、大事にされているということだ。

「なるほどなあ。守護霊って、白血球みたいだなあ」

「白血球?」

「身体の細胞だよ。病原菌とかを退治するらしいよ」

「左様でございますか」

「ピンとこないかな。ごめんね」

「いえ」

 忠義が、味噌汁を美味しそうに飲んでいる。生前、味噌汁を作るのは、椿姫の仕事のひとつだった。味噌汁を創り出せるようになった時、なんとなく思い出した事実だ。

「姫は、リュックが拠り所って言ってたけど、いつ生まれたの?」

「顕現してから、ニ年程度でございます」

 椿姫の拠り所はリュックだった。ゆりのリュックは、なんとしてでも守らなくてはならない。どんな類の悪霊であろうと、その身を賭して。

 リュックは、ゆりが父親から贈られた物品で、その父親は、既に亡くなっているらしい。守護霊の先輩が教えてくれた。

 ゆりが大事に遣ったリュックは、やがて幸が溜まった。その結果、椿姫は、守護霊として顕現している。リュックに幸を溜めるのは、主にゆりだ。その意味で、ゆりも間接的な拠り所と言える。リュックを大切に思う気持ちを、ゆりが持ち続ける限り、椿姫は守護霊であり続ける。

 一年ほど前の佐伯家は、それなりに守護霊の数がいた。椿姫に色々と教えてくれた先輩もいた。その数々の守護霊も、度重なる防衛によって数を減らしていき、今は亡い。残っている守護霊は、生命守護の九郎と、んがちゃんだけだ。

「九郎と、んがちゃんは?」

「生命守護霊は、その生物が生を持った時から誕生します」

「へえ、え、じゃあ、何、んがちゃんが一番古いの?」

「そうですね。さくら様と同じだけですから、もう三十年以上でしょうか」

「そんだけいて、まだ赤ちゃんなの?」

「わたくしが知っている限りは、見目は変わってはおりませぬ」

「歳を取らねーのかなあ、守護霊って」

「普通の生物ではございませんから」

「とんでもなく強いのも、三十年以上顕在してるからってことか?」

「おそらくは」

「生まれて数日の俺とは、年季が違うんだな」

 当然のことだった。んがちゃんは、今では、一番顕在年数が長い。それでも振る舞いが赤子のままなのは、生前が赤子までの成長だったのか、先の世で産まれる定めの子なのだろう、と先輩が言っていた。確かめる術はない。

「ん、なんかきた」

「えっ?」

「敷地内に誰か入ってきたんじゃないかな。身体の外で動いている感じがする」

 階下で音がした。玄関の鍵が開く音だ。開け方がゆりだ。

 まさか、と思い、忠義の顔を見た。外の様子など、知りようがないはずだ。

「あれ、誰か入ってきたかな?」

「ゆり様です。大丈夫です」

 階段を一人、上がってくる音が聞こえる。程なくして、制服姿のゆりが入ってきた。後を九郎が付いてきている。守護霊は現層に関与できないので、九郎の足音はしないのだった。

「おう、ここにいたのか」

「九郎さん、聞いて下さい」

「おう、帰って早々、なんだ?」

「忠義さんが、九郎様のご帰宅を予知したのです」

「予知?」

「いや、予知っていうか、身体の外まで神経が伸びている感じでさ。何か動くのを感じたってだけなんだけど」

「ああ、そりゃあれだ。土地守護霊の能力だよ」

「そのようなものが、あるのですか?」

「ほら、俺たちゃさ、拠り所に危機が迫ると、虫の知らせみたいなんを感じるだろ?」

「はい」

「それと同じだ。土地守護霊は、敷地内で幸が動くと、それを感じるんだよ」

 初耳の能力だ。他の先輩からも聞いたことが無い。

「ほほう。便利だな。侵入検知って感じだね」

「小難しい言葉を遣いおってからに」

「これで、少しは役に立てそうだ」

 九郎が頷く。

 近くでゆりが着替え始めた。

 九郎も忠義も慣れているようで、なんの反応も示さない。守護霊が人の恥じらいに配慮する必要などないとは思うが、忠義まで無反応なのは、なんとなく違和感があった。

「そうだ。知らせておくことがある。今夜、さくらは仕事で帰ってこないそうだ。ゆりは友達の家に泊まる」

「えっ」

「さくらもゆりも、他の守護霊がいる場所の方が、むしろ安全ではあるのだが」

「ここはどうするの?」

「まあ、落ち着け、忠義。さくらもゆりも不在になるということはだ、この家に大した餌がない、ということでもある」

 九郎の説明は、椿姫にはよく理解できた。幸が少なければ、強い悪霊はやってこない。

「はあ」

「だが、全く何もないとも言い切れない。襲われるかもしれない」

「ど、どうすんだよ」

「二霊で頑張ってくれ」

「なんだと」

「姫、なんとか忠義を守ってくれ」

「ですが、リュックをゆり様が使われるようですと、わたくしも不在になります」

「その場合でも、残れねーかな?」

「無理でございましょう」

 椿姫の拠り所は、ゆりが愛用するリュックだ。離れすぎるわけにはいかない。

「そうだよなあ。じゃあ、その時は、忠義が単独で戦うしかないな」

「そんな無茶な」

「祈るしかございませんね」

 守れない守護霊に、顕在価値はあるのだろうか。存在そのものが廃っている。口には出せないが、内心では思っていた。

 着替え終わったゆりが、リュックに着替えらしきものを詰めている。

「なんか、この娘、リュックを使う気まんまんだよ。くそっ、ゆり、やめてくれー」

 忠義が手を合わせて、何かに祈り始めた。

 椿姫としては、リュックを使って欲しかった。拠り所のリュックが使われる。それが、何よりも嬉しいのだ。椿姫の糧にもなる。

 しかし、忠義の願いが勝ったようだ。ゆりが、蓋を締めていないペットボトルを、リュックに入れようとしたのだ。リュック内で水が漏れる。

「ああっ、お父さんのリュックが」

 ゆりが嘆いた。

 同時に忠義の目が輝く。この野郎、と思った。

 ゆりは懸命に水気を拭き取ろうとした。しかし、時計を気にし、結局別の鞄を用意した。リュックは干された。

「よし、いいぞ、ゆり」

「少しは謹んで下さい」

「お、おう。悪い、姫」

 椿姫は、知らず床を叩いていた。

「まあいいじゃねーか。こういうことの繰り返しで、幸が増えていくこともある」

 嬉しくはない。

 ゆりが出かけると、当然九郎も一緒に付いていった。忠義も部屋を出ていった。

 干されたリュックの下に移動し、端座して過ごす。拠り所の傍が一番安らぐ。

 時間がどれほど経過したか。外が真っ暗なことはわかる。カーテンが閉じられ、明かりが差し込まない室内は、かなり暗い。しかし、守護霊には見える。

「姫」

「はい」

 突然、忠義から呼ばれた。守護霊は足音がない。接近を察知できないことも多い。

「外に来ている。なんだか、飛んでいるようだ」

「浮遊霊やもしれません」

「それはなんなの?」

「浮いている霊です。脆弱な悪霊ですので、あまり数が多くなければ、わたくしでも充分に戦えます」

「一体だけみたい」

「浮遊霊が一体でございますか? 珍しいです」

「大丈夫かなあ?」

「忠義様、今夜はここにいて下さい。いつものように離れていては、お助けすることも叶いませぬ。他の場所の幸は諦めましょう」

「分かった。助かるよ」

 階下で物音がした。何かがぶつかる音もする。

 おかしい。物体を動かす程の力を持つ浮遊霊など、いるとは思えない。

「お気をつけ下さい。相当に強力な悪霊のようです」

「って言ったってなあ。強くても弱くても、俺は何もできない」

 本当に役立たずだ。

 椿姫は立ち上がり、薙刀を創り出した。生前に所持していた薙刀だ。初めて戦うとなった時、自然とこの薙刀が出てきた。

 大丈夫。やれるはず。椿姫は、気持ちを落ち着かせようとした。

 もし強力な悪霊が相手だとしたら、耐えるのが精一杯だろう。リュックだけは守る。椿姫にとっては、忠義よりもリュックが優先だった。

 地が揺れた気がした。床から何かが顔を出した。

「幸を感じるぞ」

 何かが出てきた。身体を覆う衣からは、足が見えない。足のない人型。

 その声を聞いて、椿姫は震えた。ただの浮遊霊なら、知性のある意思は示さない。嫌な予感しかしなかった。

「おそらく、心霊」

「どういうことだっ?」

「現層では、怪奇現象を起こす悪霊でございます。わたくしでは、刀打ちできませぬ」

 手が震えた。それでも薙刀を、強気に上段で構えた。

「じゃあ、どうするんだよ?」

「覚悟するしかございませぬ」

「覚悟って、消滅を?」

「左様でございます」

 奇怪な笑い声を反響させながら、室内を飛び回る心霊。やがて、リュックに向いた。

「それだな。貰うぞ」

 心霊が、リュックに向かってくる。

 させてなるものか。

 上下振り。避けられた。斜め振り。送り足。横、斜め返し。全て避けられた。薙刀の刃を掴まれた。そのまま、掴んできた手を斬ろうとした。しかし、微動だにしない。

「小娘よ、邪魔をするか」

 力の差がありすぎる。傷一つ付けられない。

 次の瞬間、忠義が雄叫びを上げて心霊に飛びかかった。しかし、跳ね返される。

「忠義様、お下がり下さいませ」

「だけど」

「お前たちも幸を持っておるな。貰おうか。お前からだ」

 薙刀を掴まれたまま、椿姫の身体が触れられる。急激に力が抜けていった。

「良いぞ、良いぞ。うまし、うまし。ああ、昇りそうじゃ」

 衝撃と共に放り出された。忠義にぶつかられたようだ。

「やい。俺で満足しろ」

「忠義様、何を」

「ここで何もしなかったら、男が廃る」

「忠義様は、既に廃っております」

「格好良く決めたのに、なんてことを言うんだ」

 つい口をついて出てしまった言葉に、忠義が傷ついている。

「であらば、お前から食ってやるぞ」

 心霊が忠義に迫る。

 悲鳴をあげながら飛び跳ね、避ける忠義。

「忠義様、お逃げ下さい」

「逃げたって敷地外へ出られないんだぞ」

「では、せめてお祈り下さいませ」

「何をだよ」

 忠義が、バタバタと室内を逃げ回る。意外とすばしっこい。

「わたくしが、勝てるように」

 額を袖で拭い、再び薙刀を中段で構える。幸を吸われたせいか、力が入らない。

「情けないな、俺」

 忠義を追う心霊に、直突をお見舞いする。やはり、弾かれる。生命守護霊でもなければ、傷を負わせられないだろう。

「邪魔をするでない」

 心霊の腕が迫ってきた。薙刀が掴まれる。身体も掴まれようとした。しかし、その腕を逆に掴んだのは椿姫だった。

 周囲が、青白く明るくなっている。

 おかしい。力が漲っている。押し返せそうだ。心霊を押し飛ばした。

 椿姫の身体から、青光する電気のような線が、バチバチと音を立てながら伸びていた。忠義につながっている。忠義は、よくわからない姿勢で、唸っていた。祈っているつもりなのかもしれない。

「これは」

「小癪な」

 幸を吸われた脱力はとうに回復している。それどころか、かつて無い強大な力を、椿姫は、自分の中に感じていた。

 上段の構え。跳躍し心霊に向かった。斬り下ろす。手応えが浅い。

 心霊の腕が振り下ろされる。開き足。回り込んだ。八方振り。

 自分の身体ではないみたいだ。身体が力強く俊敏に動く。心霊を斬りつけ続けた。

「くっ、こやつか」

 心霊の注意が忠義に向かう。忠義は、無防備に祈り続けている。

 椿姫は、心霊の前へ飛び出た。自分でも驚く程に素早く移動できた。

 横振り。振り返し。心霊が怯んだ。

 心気を刃先に統一する。

「成敗っ」

 渾身の突きと共に駆け抜けた。充分な手応え。残心。

「おのれ、口惜しや」

 やがて、心霊は消えた。構えも解いた。

 同時に、青光する線も、バチバチとした音と光を発しながら消えた。すると、室内は元の暗さに戻った。

 忠義が息を荒くし、床に寝転がった。

「忠義様」

「いないぞ。もう、敷地内には、いないはずだ」

「はい」

「俺、祈ったよ。力になれたかな」

「はい、予想外に」

「そりゃ、よかった。疲れた」

 忠義の傍に腰を下ろした。忠義は、疲労は見て取れるが、それだけに見える。

「お休み頂いて、問題ございません」

「じゃあ、このまま寝ちゃおうかな」

 不思議な力を得た、と思ったが、今は力を失っている。忠義と光で繋がった時だけなのだろうか。これが土地守護霊の力なのか。聞いたことが無い。

 横たわる忠義をそのままに、リュックの傍へ移動し端座した。

 戦いの疲れはある。回復を早めるには、拠り所の傍にいることだ。

 カーテンの隙間から、朝日が漏れ出してきた。結局、他の悪霊襲来はなかった。

 しばらくすると、忠義が身体を起こした。

「何か、きた」

 階下で鍵の開く音が聞こえる。聴き慣れた鍵の開け音だ。

「さくら様です」

「じゃあ、んがちゃんも帰宅か。安心だな」

「ええ、そうですね」

「あ、もう一霊、入ってきた。これは九郎か」

 階下で鍵が開く音がする。ゆりの開け方だ。

「誰かも、わかるのですか?」

「九郎はわかった、ような気がする」

 椿姫には忠義の感覚が理解できない。そういう力があるということならば、少しずつ霊層に馴染んできた、ということか。

 程なくして、部屋に九郎が入ってきた。

「おう、滅びていなかったか」

「心霊に襲われました」

「うお。よく耐えれたな」

「いいえ、勝ちました」

「えっ、心霊ってそんな弱かったか?」

 ひどい言われようだが、確かにそう思われても仕方はない。それだけの力の差があるはずだった。

「忠義様、もう一度、光で繋がれますか?」

「できるかな」

 忠義が手を向けてきた。直後、光が弾けながら、青光する線が見えてきた。途端に力が漲ってくる。これが先程の力だ。

「おお、これ、見たことがあるぞ」

「なんなのでしょうか?」

「この前、姫が言っていたじゃないか。全ての家屋と物品は、土地に従属するってな」

「はい」

「うん」

 それ以上、九郎の言葉は続かなかった。それで伝わると思っているのだろうか。

「えっ、それだけでございますか?」

「だって、土地守護じゃねーし、知らねーよ」

「えぇ……」

「だから、主従関係にあるわけだから、上位の拠り所の傍なら、力を発揮できるってことじゃねーの」

「もういいかな? かなり疲れる」

「あ、はい。感謝申し上げます、忠義様」

 言うと、忠義は座り込んだ。光の線がなくなると、やはり元に戻ってしまう。

「そういや、知ってる土地守護霊がその光の線を出していた時、物質守護霊がやたらと強かった気がするなあ。おいらほどじゃねーけど」

「九郎様、なぜ、教えて下さらなかったのですか。あるかないかで、大きく違う力でございますよ」

 どうしても、咎めるような口調にならざるをえなかった。

「だから、知らなかったんだって。だっておいら、生命守護霊だよ?」

 未経験だから知らない、とでも九郎は言うつもりのようだ。

「他に隠していることは、ございませんか?」

「そんな霊聞きの悪い言い方、よせよ。好きで伝えてないわけじゃないんだから」

「消滅するところでございました」

「わはは、すまんすまん。そうだ、雷線らいせんと呼んでたぞ。最初は電線とか言ってたが。電線じゃ、格好が付かないよな」

 訊けば訊くほどに、後から情報が出て来る。まとめ、整理をし、うまく伝えてくれはしないのだろうか。

「俺、役立たず、卒業かな?」

 ぐったりしている忠義が、九郎を見上げて問うた。

「そんな疲れてるようじゃ、まだまだだ」

「そっかあ」

「ですが、朽ちていく一方だった佐伯家に、光明が見えた気がします」

「もうちっと頑張って貰いたいけどな」

「くそ、今に見てろ」

 ゆりが部屋に入ってきた。閉まっていたカーテンを開く。隙間光だけだった室内に、温かな陽光が差し込んできた。

 ゆりが、リュックの乾き具合を確かめている。

 ゆりの反応を見なくても、リュックが乾いていることを、椿姫は分かっていた。

 これからも使って欲しい。胸の前で手を合わせ、椿姫は願った。椿姫にとっての祈る神は、ゆりだ。



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