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幸に忠を。  作者: 夏雪あい
一章 誕生
3/17

[ニ 九郎]

 屋根から周囲の様子を見ていた。

 そこかしこに悪霊が見える。空飛ぶ悪霊もいれば、地を這う悪霊もいる。それぞれの悪霊が幸を求めて彷徨い、各地の守護霊と戦う。

 人通りが少なくなる夜間は、守護霊の姿はあまり見かけなくなる。九郎と同じように、屋根で偵察をする守護霊もいるが、あまり多くはない。

 周囲を観察していると、敷地内に犬の侵入が見えた。目を凝らすと、輪郭がボヤケて見える。どこか禍々しくもある。ただの犬ではなく、悪霊だ。

 屋根の端を掴みながら飛び降り、ゆりの部屋へ窓から飛び込んだ。

「おーし、来てるぞ。今夜は犬だ」

 部屋に入ると、二霊の視線が向いた。

「犬は苦手でございます」

「じゃあ姫は、ここ。この部屋でゆりを頼む。犬だし、階段はそんな上がらんだろ」

「九郎様、感謝申し上げます」

「さくらは、いつも通り、放っておこう。んがちゃんがいる」

「本当に大丈夫なのか? 赤ちゃんだぞ。犬に襲われて大丈夫なのか?」

「忠義様、ご心配には及びません」

「ほんとかよ」

 言われても信じられない。忠義は、そんな顔をしている。確かに、現層の尺度でものを考えれば、赤子が犬に襲われたら、怪我では済まないだろう。

 説明したとて、どうせ理解はしない。見れば分かる。そういうものだ。

「それで、他の配置だが」

「って言ったって、俺と九郎しか残っていないじゃないか。ああ、兎もか」

 あの兎は、もうダメだろうと思えた。昨夜の襲撃で幸をかなり吸われており、衰弱してしまっている。今夜を生き残れるかは、運次第だろう。助ける余裕もない。

「おいらと忠義で、階段下を中心に遊撃だ。二階へ上げないようにして、一階の全域を守ろう。具体的には、さくらの寝室以外」

 階下で犬の唸り声が聞こえてきた。

「おっと、急ぐぞ。忠義」

「お、おう」

「御武運を」

「おう。もし二階に上がってきたら、くれぐれも頼むぞ、姫」

「承知いたしました」

 自分の拠り所である、ゆりの傍を離れるなど、守護霊としては通常考えられない振る舞いだが、家の全域を守ろうとすると、守護霊不足すぎて他に方法がない。

 駆け出した。後ろを忠義が付いてきている。足音はしないが、衣擦れの音は、かすかに聞こえる。九郎が着物姿なのに対して、忠義はサラリーマンといった格好だ。

 忠義は、間違いなく土地守護霊だ。生まれたばかりとはいえ、土地の守護霊が付いているなれば、この上ない頼もしさだった。九郎が知る土地守護霊は、とても強かった。

 最後に土地守護霊を見たのは、五年程前だ。その時は、まだこの家に住んでいなかった。その土地守護霊とは、引っ越しの際に別れている。土地に根付く土地守護霊は、一家の引っ越しについては来られないのだ。

 階下に降りると、三匹、四匹と犬霊が駆け込んできていた。さくらが一階の寝室で寝ているので、さくらの幸を求め、そちらにはもっと犬霊が殺到しているだろう。物品より、生命に宿る幸の方が強い。

 九郎は、抜刀した。

 暗がりではあるが、わずかな光を刀身が照り返す。

 何匹かの犬が、九郎に注意を向けてきた。すれ違いざまに斬り伏せた。斬られた犬霊が霧散する。

「九郎、容赦ないね」

「悪霊に慈悲は必要ない」

「もうちょっと、可愛い犬を想像していたよ」

 振り返ると、腰の引けた忠義がいる。

「いいから、早く武器を出せ、忠義」

「ど、どうやって?」

「思い描け。なんか出るだろ」

 この状況でトロい。若干イラついた。

 階段の前で犬霊を斬りながら、九郎は忠義を待った。なにやら目を閉じて首を捻っている。それから、何やら変な格好をしだした。そういう一部始終を、犬霊を斬りながら見続けた。

「ピストルっ。ビームソードっ。マシンガンっ。……なんも出ねーよ」

「もう素手でいいだろ。土地守護なら余裕だろ」

 九郎が知る土地守護霊は、竹槍を武器にしていた。生前が日本人の守護霊では、近代兵器を持っていることは、まずない。

 また、一匹、犬霊を滅した。刀身は白い光を放っている。

 九恩。誰にも言っていないが、刀には、名前をつけていた。愛刀である。

「くっそーっ、やったらあっ」

 忠義が犬霊に飛びかかる。九郎は、お手並みを見てやろう、と眺めた。

 忠義が犬霊の横っ面を殴る。噛みつき返される。他の犬霊にも噛みつかれる。

「ぎゃあっ、いってえ。痛えよ。離せっ」

 忠義は次々と犬霊に噛みつかれていた。そして幸を吸われる。

「おい、そろそろ本気を出せよ、忠義」

「ずっと全力だっつーの。痛えっ、千切れる、千切れるって」

 仕方なく、噛み付いている犬霊達を斬った。

「あっぶねえ。助かったよ、九郎」

「忠義、冗談ならやめてくれよ。今日はくっそ弱い悪霊だぞ」

「本気も本気。ガチだったよ」

「おまえ、まさか弱いのか。土地守護なのに」

 がっかりだった。

 土地守護霊の顕現に喜んだのが、馬鹿みたいだ。てんでお話にならない。先程の喜びを、返してはくれないだろうか。

 もしかしたら、戦力が増えたのではなく、足手まといが増えた、と考えた方が適切かもしれない。

「待て。多分、眠れる力があるんだ。そんな悲しい目をしないでよ」

「今は、眠らせてられる場合じゃないぞ。噛まれた箇所を見てみろ」

 忠義の噛まれた腕と腰、ふくらはぎは、衣服ごと半透明になり、輪郭が見えるだけとなっていた。僅かに噛まれただけで、致命傷になりかけている。これは、土地守護霊としては、脆弱すぎる。

「うお、透けてる」

「おまえの幸が吸われたんだ。吸われきると消滅するぞ」

「なんだと」

「おいらの傍を離れるなよ」

 忠義は目をつけられたようだ。九郎を避けて、忠義を狙い始める犬霊。弱い者が狙われるのは、当然といえば当然だった。

「うわ、来るな、来るなよ」

「こら、離れるな」

「そんなことを言ったって」

 忠義がすばしっこく犬を避け続ける。しかし、避けることに傾注しすぎており、九郎からは離れて行った。

 忠義は、居間へ逃げていった。二階のことを思うと、階段下と離れたくはなかったが、忠義を放っておくわけにもいかない。なにせ土地守護霊だ。戦力にならなくても価値がある。失うわけにいかない。

 居間に飛び込んだが、忠義はいない。犬霊は数多くいる。犬霊を斬り滅しながら、居間を奥へ進むと、開け放たれた扉の先、さくらの寝室に忠義はいた。兎を抱えている。

「んがちゃん、すげえええ」

「んが、んが」

 忠義が叫ぶと、んがちゃんが、玩具のガラガラを振り回し、犬霊を叩き飛ばす。ガラガラに当たった犬霊は、壁に叩きつけられ滅するのだ。破壊力は抜群だ。

 犬霊が近寄ってこなくなると、今度はガラガラを投げつける。次々と投げられるガラガラは、どこかへぶつかると消える。手元には、次のガラガラが次々と出現した。

 生命守護霊は、物質守護霊と比べ、驚異的な戦闘力を持つ。人から得る幸の多寡が、物質守護霊とは段違いに多いからだ。

 九郎は、近くの犬霊を一匹ずつ斬った。忠義が、九郎の近寄りに気がついた。

「悪いね」

「全くその通りだ」

 倒しても倒しても、窓から次の犬霊が飛び込んでくる。あっという間に、んがちゃんと忠義が、十匹近い犬霊に囲まれた。狙いは忠義かさくらだろう。

「こんな状況でよく寝ていられるな、さくらさん?」

 当然、忠義の呼びかけに、さくらは応えない。聞こえるわけがないのだ。

「聞こえないし、見えないんだよ。だが、悪霊から幸を狙われる。それを防ぐために守護霊が生み出される。おまえにとっても間接的な拠り所だ。身を挺してでも守れよ」

「無理、こんなん無理」

 九郎は寝室に近づこうとしたが、犬霊が多すぎた。テレビや鏡などの物品から、幸が奪われていっている。

 これはまずい。んがちゃんがいる限り、さくら自身は問題ないだろうが、家が死にかねない。忠義はお荷物過ぎて役に立たない。

「忠義、こっちに来い。そこにいたって何も守れない。守られているだけだぞ」

「そんなことを言ったってなあ?」

 話している間も斬り続けた。

 んがちゃんは楽しそうにしていた。ガラガラを次々に出現させ、犬霊に投げまくっている。一撃必殺の全方位弾だ。寝室だけは問題がない。

「んが、んが」

 ようやく、窓から入ってくる犬霊が途絶えた。であれば、ここは、んがちゃんに任せよう。九郎は、そう思った。

 犬霊を斬りながら進み、階段前に戻った。階上を見上げる。

「姫、大丈夫か?」

「駄目です、もちませぬ」

「今行く」

 階段を駆け上がった。通路にも犬霊がいる。斬りながら進んだ。

 ゆりの部屋へ飛び込む。

 椿姫は、五匹の犬霊と対していた。椿姫にとっては数が多い。

 椿姫は、物質守護霊だ。物質守護霊は、あまり強くない。悪霊一体が相手であれば勝てる。しかし、今は犬霊が五匹だ。

 椿姫は、自分からは攻めず、何かの幸が吸われようとすれば、その隙に攻撃する。そういう構えで耐えていた。薙刀を構えるその姿には、いくらか疲労が見えた。

「待たせたな」

 一匹、二匹。次々と斬り、一掃した。

「助かりました」

 椿姫が息荒く、腰を落とした。幸をいくらか吸われた様子だ。

「すまんかったな。忠義が使えなさすぎた」

 言った直後、階段を上がってくる忠義の声が聞こえた。

 椿姫が立ち上がり、薙刀を構える。

 忠義が飛び込んできた。兎を抱えている。

「助けてくれ」

 犬霊が一匹二匹と、後から飛び込んできた。それらは斬り滅した。

「その兎は、ダメそうだ」

「何を言う。危ないから、なんとか助けてきたんだ。もう大丈夫だ」

「大丈夫ではない」

「こんなに消えそうになっている。でも、今は襲われる心配がない」

 違う。もう輪郭がなんとか見える程度だ。滅する前の僅かな時間だろう。何年も消滅する守護霊を見てきた。だから、わかる。

「黙祷」

 九郎は目を閉じた。

「おい、九郎、何を言っているんだ。……あれ?」

 目を開く。兎は消えていた。

「なんでだよ。俺、助けたのに」

「忠義」

「なんだよ?」

 忠義はイラつきを見せていた。良かれと思って助けたのだろう。そのおこないは報われなかった。

「おいら達、守護霊は、拠り所を守るために顕在している。兎はな、拠り所を守るために、懸命だったはずだ。おまえは、その使命を放棄させ、ここに運んできてしまった」

「えっ」

「兎が無事でも、拠り所が幸を失えば、守護霊も生きてはいれない。つまり、兎は、おまえが滅したようなものだ」

「そんな」

 滅するにしても、拠り所の傍で。もう言っても、仕方のないことだった。

「階下の掃討をしてくる。それで終わりのはずだ」

 窓の外を見ながら、九郎は言った。

「では、わたくしも」

「行こう」

 忠義を置いて、姫と降りて行った。

 トイレ、浴室、物置。掃討した。どこの物品も、幸が減っている。目を凝らすと見える輝きが、明らかに弱くなっている。

 襲撃前と変わりない部屋は、さくらが眠る寝室だけだった。

 最後に、姫と手分けし、外をまわって最終確認をした。陽は昇り始めている。

 玄関から中へ戻ると、忠義が下駄箱前で座り込んでいた。目の前に、下駄箱の仕切り板が落ちている。割れていた。幸を欠片も感じない。

「なあ、九郎」

「なんだ?」

「マシンガンとか、爆弾とか。包丁でもいい。包丁だったら台所にもあるだろ。俺も使えないのかなあ」

「忠義様。現層に関与することは出来ませぬ。それは現実の世界に、悪さを働くということです。つまり、悪霊になるということです」

「じゃあ悪霊になりゃいいのか?」

「守護霊は守護霊でございます。汚れなき精神と使命を持った守護霊が、悪霊になど、なりようはずもございません」

「そっかあ。じゃあ、俺、役立たずだなあ。ごめんなあ」

 涙を流す忠義を、九郎は黙って見つめた。



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