表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸に忠を。  作者: 夏雪あい
四章 忠義
15/17

[四 ゆり]

 このまま、好きでもない義父に汚されるのか。こんな人は、ただの他人ではないか。何も言えず、何も出来ず。いいようにされるのか。こんなにも自分は無力なのか。涙が止まらなかった。内心で嘆き続けた。

 助けて、お父さん。

 助けて、お母さん。

 祈った。

 助けを願った。

「ゆり、あとは自分でやれよ」

 ふいに、父の声が聞こえた。お父さんが助けに来た。歓喜の想いが一瞬で心に満ちた。でも、いない。確かに聞こえたのに。

 自分で。そう言われた。やる。やるよ。だから。

 しかし、自分に何ができるのか。何もできない。いや、動きそうだ。手足が動く。

 縛られていた手足の拘束がゆるい。引くと切れていた。

 由紀夫は、ゆりの身体に夢中になっていた。逃れなければ。今なら。

 しかし、非力な自分の力で、男を押し退けられるだろうか。

 ふと、視界に影を感じた。視線を向ける。リュックだ。なぜ近くに。

 思い立ってリュックを手に取った。渾身の力を込めて、由紀夫の側頭部へ振るった。由紀夫が痛がり、身体が離れた。

 リュックを手にしたまま飛び起きた。視界がグラつく。頭痛がひどい。それでもなんとか扉を開け、通路に出た。手すりを伝い、階段を滑り落ちるようにして降りた。気配が追ってきている。

「お母さん、お母さんっ」

 居間へ。寝室へ。飛び込んだ。丁度目を覚ました母に抱きつく。

「どうしたの、ゆり?」

「お母さん、あの人が」

「ちょっと落ち着きなさい。ん、何なの、この縄は?」

 手足に縄は結ばれていた。その先は、刃物で斬られたかのように途切れている。

「あの人に、やられた」

 由紀夫の駆け込んでくる気配が、遅れてやってきた。

「どういうこと?」

「どけっ」

 立ち塞がった母が殴られた。その背中を支えた。

 駄目だ、外に助けを呼ぶべきだ。

 手近にあった目覚まし時計を手に取った。力を込めて窓へ投げる。ガラスの割れる音が響いた。それから数秒経つと、全ての窓ガラスが、大きな音をたてながら順次割れた。次には、庭に転がる目覚まし時計が、ベル音を発し始めた。テレビには電源が入り、電話も鳴り始めた。

「誰か、助けて。誰かっ」

 不思議さを考えている暇はない。懸命に叫び、助けを呼んだ。時間がわからないが、外は暗い。隣人の目覚めに期待した。

「あなた、何をやっているか、わかっているのでしょうね」

「俺は夫で父親だ」

「あなたはお父さんじゃないっ」

 反射的に叫んでいた。

「夫でもなくなるわ」

 なぜか玄関の開く音が聞こえた。外まで行けば。

 さらにガラスの割れる音が、外から聞こえた。人の声が聞こえ始める。

 玄関へ向かう道は、由紀夫に塞がれていた。さくらと二人、由紀夫から距離をとるしかなかった。

 詰め寄られる。しかし、由紀夫に不幸が訪れた。地が揺れたかと思うと、タンスの上の荷物が、由紀夫の足に落ちてきたのだ。

 由紀夫の悲鳴。

 由紀夫が苦しんでいる隙に、横をさくらと駆け抜けた。玄関を飛び出る。人は何人か出てきていた。

「お願いします。助けてっ」

 初老の男性に、さくらが助けを乞う。すぐうしろを由紀夫が追ってきた。

「あんた、旦那さんだろう? 何をやっているんだ」

「うるさい、邪魔をするな」

 続けて二名の警官がやってきた。仲裁に入ろうとし、由紀夫に殴られた。すると、警官が本気になったのか、由紀夫はその場で即座に取り押さえられた。

 ゆりは、さくらと腰を落とした。終わったのか。助かったのか。

「ゆり。大丈夫?」

「うん。怖かったよ」

 気丈に振る舞っていたつもりだが、気が緩むと涙がとめどなく溢れた。さくらに頭を預ける。さくらの温もりが、安心を与えてくれる。

「ごめんね。お母さんが悪かったね」

 どうしてこうなったのか。どうして奇跡が起きたのか。諦めていた。もうダメだ。どうにもならない。声も出せない。泣くしかできない。そういう状況だった。

 だけど、父の声が聞こえた。それが、確かな心の拠り所となり、自分自身に奮起を促すことができた。

 ゆりは、リュックを静かに抱きしめた。

 お父さん、ありがとう。感謝の心を込めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ