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幸に忠を。  作者: 夏雪あい
四章 忠義
13/17

[ニ 十郎]

 学校の教室にいた。ため息が出る。

 教室では、生徒が授業を受けている。それだけなら日常的だった。

 非日常的なのは、守護霊の存在だった。様々な守護霊がいる。人、動物、植物、虫。極稀にウイルスのような微細な大きさの守護霊もいるらしい。つまり、視認ができない。知らない間に踏み潰しているかもしれない。

 人の数だけ、生命守護霊はいる。生命守護霊がいないケースなど、稀な事例だからだ。物質守護霊も合わせれば、守護霊の数は人よりも多い。

 最近では、それなりに守護霊の知識がついてきた。

 前を見ても守護霊。右を見ても、左を見ても守護霊。後ろにも守護霊。上も下もいるのだろう。世界はこんなにも守護霊だらけだった。

 校庭などの外にも守護霊はいる。体育の授業をする生徒と共に、巨人のような守護霊が並走していたり、フラミンゴがウロウロしてもいる。空を見上げればプテラノドンとカラスが仲良く滑空しているし、プールにはクジラが浮かんでいる。

 奇天烈な世界だが、何日も過ごしていると見慣れてきた。そして、悪霊を撃退する守護霊達を見て、自分の無力さも実感するのだった。

 どの守護霊が生命守護霊なのか、物質守護霊なのかは、確かめる気にもなれなかった。確かめたところで意味もない。

「なあ、アドさん」

 十郎は隣の猫に話しかけた。藤枝美香の机で丸まっている。

「だから、何度訊かれたってわからないわよ」

 猫のアドリーナに武器の出し方を訊いていた。最初は雑音だらけで、何を言っているか分からなかったが、次第に慣れてきた。

 アドリーナの拠り所である藤枝美香とは、ゆりは仲が良い。その為、守護霊同士で会話する機会も多くあった。非常に愛らしい猫姿の生命守護霊なのだが、話すとツンケンしている。

「なんか、秘密のコツみたいなのがあるでしょ」

「いい加減認めなさいよ。あんたに武器なんてないのよ」

「嫌だよ。あんなのに素手とか、ありえないでしょ」

「靴を履いてるんでしょ。あんたは人型なんだから蹴ればいいじゃない。その長い足は飾り?」

「それも嫌だよ」

 学校で会話できる多少なりとも気心の知れた守護霊は、アドリーナだけだった。もっとも、それは十郎が思っているだけで、アドリーナからすれば、打算的な付き合いかもしれない。そう考えると、十郎がゆりの守護霊だからこその関係だった。

 打算的な関係であっても、十郎にとっては貴重な生命守護霊の先輩だった。自宅にも、んがちゃんと呼ばれる生命守護霊はいるが、意思疎通ができない。

 他の人型守護霊とも少し話した。前霊の九郎について、よく興味を示された。九郎というゆりの先代守護霊は、ある程度名が通っていたようだ。

 ゆりを守護しなくてはならない、という使命は、十郎の心中で、はっきりしている。十郎が顕在し続けるためにも、守護力を培うことは至上命題だった。

 守護については、学校や家にいる時は安心だ。学校に行けば、鬱陶しいくらいに守護霊が集まっている。家に帰っても守護霊の動物園で、人型の椿姫も滅法強い。もっとも、椿姫の強さは、忠義がいてこそらしい。

 ゆりの外出による移動時が問題だった。何かあったとしたら、十郎が身を挺してでも守るしかない。できれば撃退したい。となると、どうしても頼りになる武器が欲しかった。しかし、十郎には何もない。

 下校時、一度だけ浮遊霊の襲撃があったが、アドリーナが対応し討滅した。そのアドリーナが必ずしも一緒にいるとは限らない。やはり守護霊として自立しなくては。

「今日は嵐になりそうね」

「こんなに晴れてるのに?」

「うん。気をつけなさい。嵐の夜は、何かが起きる」

「怖いことを言わないでよ。ただでさえ、毎夜がサイバイバルだってのに」

 授業が終わり、買い物を済ますと、ゆりは帰宅した。体調を悪くしていたようだが、十郎が知る限りのゆりは、元気である。重そうな荷物も難なく持ち運ぶ。

 帰ってきて庭に目を向ければ、んがちゃんを抱えた椿姫が、空中を飛んだり落ちたりしていた。首長竜が下にいる。首の動きで上空に飛ばされ、頭の上に着地する。安全性の保証されていないアトラクションだ。恐ろしい。

 下で見上げていた忠義に近づいた。

「忠義さんは、やらないんですか?」

 忠義と並び、飛ぶ二人を見ながら言った。この人は話しやすい。生前の生きた時代も、そう離れてはいないだろう。

「俺があんなことやったら、着地で大怪我しそう」

「守護霊って怪我をするんですか?」

「幸が減るよ。それに、怖いし」

 もう試したのかもしれない。

 忠義は、十郎と同じで武器を出せないようで、親近感を感じる。サラリーマンの服装で、生前もきっとそうだったのだろう。人……霊の良さに好感を抱けた。悪霊に対しては、とんでもなく貧弱で、忠義自身は戦わない。逃げ回っているだけだ。

「アドさん曰く、今夜は嵐らしいですよ」

「えー、そうなの?」

「気をつけろって言われました」

「気をつけるもなにも、いつも通りやるだけなんだけどね」

「そうですよね」

 家の周囲を見回り後、屋根に飛び上がり、そこで時間を潰した。

 理由はわからないが、身体能力は妙に高く、体操選手のような動きも難なくこなせる。生前は、運動神経が良かったのかもしれない。屋根に飛び乗るなど、階段を一段ずつ上がるよりも楽なくらいだ。

 まだ空は明るい。悪霊はどこにも見えず、守護霊は散見された。

 悪霊の来襲は、忠義が感知するようだが、自分の目で確かめたかった。部屋の中に突然入ってこられると、心の準備が出来ていないために、ひどくびっくりする。距離があるうちに視認したい。その為に屋根に出ている。

 一度、落ち着いて待て、と忠義から言われたが、そんな気分にはなれない。

 暗くなると、大きな雲が流れてきた。雨も降ってきた。遠くで稲光が見える。遅れて雷鳴も聞こえてきた。本当に嵐になりそうだ。

 雨が体に当たっても、濡れはしなかった。すり抜けていく。冷たい、という感触はあった。全てにおいて、現層の物質の存在が最優先となる。触れることはできるが、生きとし生ける現層に存在するものから触れられることはない。そういう理にも、なんとなく慣れてきた。

 時間が経過すると、徐々に家並の明かりも消えてきた。

 ふと空を見上げると、上空に浮遊霊が視認できた。地を走る動物霊にも気がついた。どこから湧いてくるのか。嵐のせいか、今日は悪霊の数が少ないようだった。

 一匹、二匹。

 屋根の出っ張りを掴み、ゆりの部屋へ窓から飛び込んだ。

「二匹だけです」

「いや、反対側も合わせて三匹だね」

 見逃していたか。

 忠義の侵入を検知する能力は、素直に羨ましかった。わかるのと、わからないのとでは、心に持てる余裕に雲泥の差ががある。

 しかし、その能力を備えたがゆえに、戦闘力を失くしたのであれば、生命守護霊としては、必要とするか悩ましいところだった。

「随分と少のうございますね」

「こんなに少ないのは、初めてだね」

「忠義様がいらっしゃる前なら、こんなものでしたが」

「俺が疫病神みたいじゃないか」

「幸が増えた、ということでございますよ」

 幸を多く保有していれば、それだけ手強い悪霊がくる。理屈は十郎も理解している。

「おや。一匹は、外で消滅したね。あ、二匹目も」

「残り一匹」

 今日もなんとか、ゆりを守りきれそうだ。自分自身は何もしていないが。

「窓から来そうだ。十郎、やってみたら?」

「えっ」

「それは、ようございます」

 そうか。一匹だけならば、他に気を取られずとも済む。

「やります」

「薙刀、十郎に貸せないかな?」

「持てますでしょうか?」

 椿姫が手をかざすと、薙刀が落ちてきた。椿姫が掴み取る。

「十郎様、どうぞ」

 武器があるならば助かる。何も持たないより、とても心強い。

 手に取り、椿姫が手を離すと、薙刀は消えてしまった。

「駄目でございますね」

「そんなあ」

 ショックを受けていると、窓から浮遊霊が入室してきた。

「ファイッ」

 忠義が開戦だとばかりに腕を交差する。

 こうなったら、やってやる。たかが浮遊霊一匹だ。

 浮遊霊は最初、ゆりのリュックに向かおうとした。だが、椿姫が薙刀を構えている。

 眠るゆりに視線が向けられたようだ。忠義が傍に座っているだけだった。

 浮遊霊がゆりに襲いかかる。後ろから蹴りつけた。浮遊霊の注意が十郎に向いた。

 この浮遊霊は、理解しているのだろうか。仮に十郎を退けたとしても、既に絶望的な状況であることを。

 懸命に殴った。手応えはある。しかし、致命的な攻撃にはなっていない。

 時々、浮遊霊に触られる。触られた体の部位は、幸が吸い取られ、半透明になった。腰が引けそうになるたび、内心で叱咤した。

 ステップを踏んだ。右、左。素早い動きで翻弄してやる、と決めた。

 浮遊霊が触ろうとしてくる。宙返りで背後へ回り込む。触りが空振ったところで、横殴りを続けざまに打った。

 浮遊霊から動揺が見て取れた。窓の外へ逃げようとしたので、その後ろ首を掴み引き戻した。床に叩きつける。

 見下ろした。悪いな。目で伝えた。

 足を振り上げる。踵から振り下ろした。手応え。浮遊霊は霧散し消失した。

 やった。ついに、やった。

「お見事でございます」

「初めて倒せた」

 何も出来ないわけではない。やれば守れる。

「俺より強いなあ」

「十郎様は、生命守護霊ですから。もっともっと強くなられます」

「頼もしいね」

 徒手空拳でもやれる。武器がないのは仕方がない。格闘技を極めれば良いのだ。前向きに考えよう。

「今日はもう終わりかな?」

「夜が明けるまでは、用心が必要でございます」

「ま、そうだよね」

「十郎様は、お休み下さいますよう」

 頷き、ゆりの傍に座った。やはり、落ち着く。失った幸の回復も感じられた。

 何もないまま数時間が経過した。明るくなってくるであろう時間だが、風雨は強くなっており、外は暗いままだ。雷光と雷鳴の間隔も近くなっている。時々、けたたましい落雷の音もあった。

 ゆりが目覚めた。リュックを抱えている。怯えを見せていた。

 階段を上がる足音が聞こえた。扉が開く。さくらだった。

「ゆり、大丈夫?」

「お母さん」

「かなり近いからね。怖がってるんじゃないかと思って」

「もう、子供じゃないよ」

「はいはい」

 さくらが、ゆりの傍に座り、ゆりの頭を撫でた。二人の世界だが、守護霊が三霊、近くにいる。そんなことは、夢にも思っていないだろう。

「外が騒がしゅうございますね」

 確かに、誰かの声が聞こえていた。さくらとゆりが無反応なので、守護霊の声だろうと思えた。

「襲撃を受けてるのかなあ」

 忠義が窓の外へ首を出した。

「うお。すげえ」

「わたくしも失礼いたします」

 遅れて椿姫も、忠義と並んで窓の外へ顔を出した。

「あれ、なんだ?」

「龍……でございましょうか」

「龍って現層で実在してなくない?」

「実在するかどうかで考えますと、悪霊もそうですが」

 ニ霊が落ち着いて会話しているのを見ると、大したことがないかのように感じてしまう。だが、聞こえる単語は、龍、である。好奇心をそそられた。

「ちょっと、俺も見ていいですか」

 二霊にどいてもらって、外へ顔を出してみた。

 他の家の屋根に、守護霊達が見えた。皆、空を見上げている。その見上げた先に、果たして龍と呼ばれるそれはいた。この世に常識なんてものはない。驚嘆するほどに巨大な龍が、空に浮いている。その存在感は圧倒的だった。

 龍が息を吸い込んだように見えた。一呼吸の後、龍の咆哮が耳をつんざいた。腹をえぐるような咆哮に、十郎の身体は震えた。

 続けて遠くに雷が落ちた。住宅は破壊されなかったが、守護霊が霧散したかのような跡が、かすかに見えた。

「落雷があったあたり、守護霊が消し飛んだっぽいですよ」

「おかしいな。外に出よう」

 一階の居間では、んがちゃんが泣いていた。雷に怯えているようだ。赤子なら無理もない。十郎でさえ、一物が縮こまりそうなくらいなのだ。

 三霊で外に出た。嵐は、その激しさを増している。

 動物たちも戦々恐々としていた。現層の動物であれば逃げるのだろうが、守護霊としては逃げるわけにもいかない。肉食から草食まで、一箇所に固まって肩を寄せ合っているその様は、かなりレアな絵面だ。

「やり過ごせるかな?」

「その保証はございません」

「過去はどうしたの?」

「存じませぬ」

 忠義が隣家に向かって歩いていき、屋根にいる守護霊へ大声で呼びかけた。

「なんだー?」

「これ、どうするの?」

「どうしようもないだろー」

「過去はどうしたの?」

「祈るだけさ」

 祈るといっても、守護霊が何に祈るのか。

 いくらなんでも大きすぎる。何をやろうにも、雲のような高さにいる相手だ。こちらからは、何もできやしない。

「あれって、悪霊かなあ?」

 忠義が、遠く空に浮かぶ龍を指差した。

「おう、そうだぞー。当たらないよう、よく祈っておけ」

「わかった、ありがとう」

 忠義が戻ってきた。

「だそうで」

「どう祈れば、よろしいのでしょう?」

 椿姫の疑問は、十郎も感じた疑問だ。それに、祈っても、運頼みでしかない。

「さあね」

「戻って祈りますか」

 祈るフリだけでもしておけば、誰かが叶えてくれるかもしれない。

 踵を返そうとした。しかし、忠義は動かない。

「悪霊だよな。ってことは、倒せるんだよな。きっと」

「忠義様。倒すと申されましても、限度がございます。届きませんし、投げ物が届いたとしても、歯も立たないのではと存じます」

「んがちゃんを、口の中に放り込むとか」

「いやいやいやいや」

 そんなアホな手段、ありえない。

「誰かミサイルとか出せないの?」

「存じませぬ」

 十郎は言わずもがな、知らない。学校にでもいれば、探すこともできたが、家にいては連絡のとりようがない。

「放っておくと、この上を通りそうな進路だよなあ」

「もう少しで、でございますね。お世話になりました」

「姫、覚悟が早すぎ」

 周囲の守護霊も、一様に龍を見上げている。他にどうしようもないのだろう。

「守護霊なら、守護をしないとね」

 忠義が、緊張感を感じさせない口調で言った。

「ですが」

 改めて龍を見上げてみても、規格外すぎる。

「一つ、作戦が閃いているんだけど」

 忠義が椿姫を見て言ったが、何か気配を察したのか、椿姫は顔を背けた。

「ねえ、姫」

「なぜそこで、わたくしにフラれますか」

「いや、ほら、姫の了解が必要かなって」

「椿は嫌でございます。いつも巻き込まれてございます」

 忠義が、いやいやをする椿姫の肩を掴み、向き合った。

「そう言わずにさ、聞いてよ。合体すればいいんじゃないって」

「合体したところで、あの龍には届きませぬ」

「だから、もっと合体しよう」

「よく飲み込めませぬ」

「よし、そうと決まればっと」

「承知しておりませんが」

 椿姫を無視して、忠義が何かを探し始める。家の壁を見て回っているようだ。

「これかな」

 家の壁に向かい、何かを掴んだ。壁に片足をついて、引き抜こうとしている。

 忠義が両足を壁にかけた。身体が下に落ちてこないところを見ると、確かに何かを掴んでいるようだ。

「抜けねええええええええ」

 忠義が一度地に立ち、家の中へ駆け込んでいった。戻ってくると、小さな椿姫を大量に連れ出してきた。

「姫、十郎、引っ張るのを手伝ってくれ。ビクビクしているズー軍団もなー」

 動物たちが反応して、寄ってきた。

「まさか」

「そのまさかだよ、姫。幸大根を家から引っこ抜くのさ」

 忠義が幸大根を掴む。相変わらず忠義にしか見えていない。

 十郎は忠義の右腕を掴んだ。椿姫が左腕を掴む。それぞれの身体を、小さな椿姫や他の守護霊がまた掴む。

 さらに忠義が雷線を発した。

「せーのっ」

 精一杯の力で引いた。

「まだまだーっ」

 既に渾身の力で引っ張っている。それでも抜けやしない。

「忠義様、無理でございます」

「十郎、姫、隣の守護霊に応援頼んできて」

「ええ……」

「いいから、早く。俺はお向かいさん行ってくるから」

 仕方なく隣の家に行き、屋根に上がっている守護霊に声をかけた。面白そうだ、という理由で、手伝ってくれることになった。周辺に他の悪霊もいないので、離れてもいいとも判断したのだろう。

 全員でもう一度、引っ張る体勢をとった。深呼吸をして、気合を入れる。

 多数で壁との綱引き。傍から見れば、そうだった。

「じゃあ、皆さんよろしくー。せーの」

 血管が浮き出るほどに力いっぱい引いた。これ以上はない。

「どっこい、しょーーーーーー!」

 忠義の掛け声と同時に抵抗がなくなり、後ろに飛んでいった。みんなが転がっていく。十郎は受け身をとって立ち上がり、顔を上げた。そこには、家ほどの大きさもある椿姫が、四つん這いで顕現していた。驚愕の表情を見せている。

「よーし。あ、お隣さん。家屋の幸をお借りしてもよい?」

「え? ああ、いいよ」

 隣霊は十郎よりも驚いている様子で、少し安心した。やはり、異常なのだ。

 忠義が礼を言い、新たな雷線を発する。

「ビック椿姫ー。そこと、そこと、そこ。抜いてくれ」

 椿姫が複雑な表情をしていた。巨大な自分の姿を見て、色々思うところがあってもおかしくない。

「どっちが本物だ?」

「こちらですっ」

 椿姫が地を踏んだ。忠義も分かっていて冗談を言ったように思えた。

 憤慨する椿姫に対し、慰める言葉は出なかった。どうなるのか興味がある。

 顕現した椿姫が、その隣の家からも椿姫を引き抜く。引き抜かれたビック椿姫が、次のビック椿姫を引き抜く。どんどんと、大きな椿姫が増えていった。

 家ほどもある大きな椿姫が、そこら中に立った。数百はいそうだ。

 椿姫の表情が引きつっていた。このあとの展開を予見したのだろう。十郎もしている。無言で椿姫から離れた。

「準備完了」

 椿姫が逃げようとした。その腕を忠義が掴む。

「姫、わかるだろ。黙って待つより、守護霊しようぜ」

「ぜ、ではございません。嫌でございます。椿は、嫌でございますーっ」

「大丈夫だって。怖いのは、最初だけだよ。姫、大好き」

「嘘っ、絶対嘘でございます。そんなまやかしの言葉に、流されはしませぬ。関係もございませぬ」

「じゃ、合体!」

 無数の雷線が発せられ、数百からの大きな椿姫が駆け寄ってくる。迫力がありすぎて、壁際まで逃げてしまった。忠義も駆け足で離れた。

「いーーーやーーーーーーーーーーーーーー!」

 椿姫を中心に白い世界が広がった。手を重ね、閃光を遮った。それでも光が手を突き抜けてくる。

 光が収まると、そこには足があった。見上げると、巨大椿姫が泣いていた。

「お婆ちゃんにならなくてよかった」

 忠義が言う。予想はしていたが、本当にやりやがった。この霊は。

「とはいえ、まだ届かないね」

 椿姫は巨大になり、高層ビルをも超える高さだが、それでも龍まであと半分、といったところだった。薙刀を構えて飛べば、届くかもしれない。

「姫ー。もう少し引っこ抜きたいんだがー」

「なんですか、忠義様。椿は傷心中でございます。それによく聞こえませぬ」

「耳が遠いなあ。本当に遠いなあ。俺を持ってくれ。落とさないでくれよ」

 忠義が持ち上げられる。巨大な椿姫の衣服の胸元に入れられた。

 忠義がどこかを指差している。巨大な椿姫が目を細め、何かを探した。

 次に、巨大椿姫が手で忠義を持った。その忠義を地上に近づけていく。

 幸大根が椿姫には見えないからか、と十郎は思い至った。

「足元の皆々様方、踏み潰してしまうかもしれません。ご注意下さいませ。屋根の下へ、ご避難願います」

 椿姫は、下の守護霊達に呼びかけた。

 忠義が地上の何かを掴み、その忠義を巨大椿姫が引っ張る。

「えいっ」

 巨大椿姫の大音声が鳴り響いた。思わず耳を塞いだ。付近の守護霊達も、同じ動作をしているのが見えた。

 椿姫の声の他に、忠義の悲鳴も聞こえた気がしたが、無事引き抜けたようだ。

 見上げると、巨大椿姫が、もう一霊いた。驚愕の表情を見せている。

 さらに何霊か、大きな家屋から、巨大な椿姫が生まれた。

 巨大な椿姫達の内、一霊だけ悲しげな表情をしていた。本体だろう。忠義の姿もかろうじて視認できる。また椿姫の胸元に移動している。

 またまばゆい閃光を放ち、椿姫が合体した。

 目を開くと、雲に頭が届くほどの、超巨大椿姫が立っていた。

 かなり遠いが、忠義の笑い声が聞こえた気がした。

「人型超巨大決戦兵器、スーパー椿姫だーーー!」

 忠義の声がかすかに聞こえる。かなり遠目だが、ぐったりしている様子も見て取れた。おそらく土地から離れ過ぎで、脱力を起こしているのだろう。

 周辺の守護霊が、感嘆の声を漏らすのが聞こえた。

 確かに、かなり大きくなった。龍はでかいが、超巨大な椿姫からすれば、蛇みたいなものだろうと思えた。その龍は、かなり近づいている。

 破裂音が鳴り響いた。雷線が繋がった音だ。

 椿姫が険しい形相で薙刀を発現させ、静かに構える。龍の注意を引いていた。

 龍が息を吸い込んだように見えた。十郎は耳を塞いだ。直後に咆哮が聞こえる。続いて雷が椿姫を打った。

「痛っ」

 超巨大椿姫が手をさする。

 あ、その程度なんだ。十郎は思った。

 龍に怯えが見えた。進路を変えようとしている。まさか、龍が逃げるのか。

「待てい」

 超巨大椿姫が跳躍し、龍の尾を片手で掴む。逃がさない。

「パパ、ママー、あの霊、怖い」

 向かい一家の守護霊達だった。

 その声が聞こえてしまったのか、龍を掴んだままの椿姫が、こちらを見て衝撃を受けたような表情をしていた。十郎は、ちょっと吹いてしまった。

 やがて憤怒へと、椿姫の表情が変わっていった。憤怒の矛先が、掴んだ龍に向かう。

 目を見開く龍。咆哮。いや、悲鳴かもしれない。

「貴様のせいだ、成敗っ」

 薙刀を片手で振り下ろす。一撃だった。呻きのような咆哮と共に、龍が霧散する。

 その霧散の跡は、綺羅びやかだった。虹でも出そうだ。

 龍の霧散を期に、雷雲が晴れていく。同時に、守護霊達の喜びの声が聞こえてきた。

「やったぞ、ありがとーっ」

「すげーっ」

「救世主、椿姫だーっ」

 規格外すぎる。超巨大椿姫の複雑そうな微笑を見ながら、十郎は思った。



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