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幸に忠を。  作者: 夏雪あい
四章 忠義
12/17

[一 十郎]

 呼ばれた気がした。誰だ。

 眩しい。温かい。うるさい。

 随分と長く漂っていた気がするが、その揺れがおさまった。身体が重い。何も動かない。動かす必要もない。

「おーい、起きろ」

 頬を触られているようだ。少しずつ感覚を得てきた。いや、これは、触られているわけではない。

「痛いわ!」

 跳ね起きた。しかし、手足がうまく動かない。また倒れてしまった。

「おう、起きたか。もう夜だからね。起きないとね」

 視界の中央にいるサラリーマン風の男が言う。メイドのような少女もいた。

「わたくし共の声は、聞こえますか?」

「聞こえる。けれど、ここはうるさい。そこら中で叫んでる」

 叫ぶというより、悲鳴だろうか。何人もの悲嘆の声が聞こえる。自分に向けられた声ではないようだが、ひどく不愉快で耳障りだった。

「最初は、誰でも雑音みたいな声が聞こえるんだよね?」

「左様でございます。認識できない意思は、全て雑音に聴こえるのではないでしょうか。どんな雑音かまでは存じませぬが」

 状況がわからない。目の前の二人は知り合いのようだ。自分は?

「俺以来の、人型だなあ」

「最近は、動物ばかりでございましたね」

 目が大分慣れてきた。周囲を認識できてきた。人間は三人いるだけだ。一人の少女は、こちらに興味がなさそうだ。こちらに見向きもせず、部屋を出ていった。

「ここは、どこですか?」

 明らかに年上の男に向け、質問をした。

「阿東家でございます」

 しかし回答は、隣のメイド少女からだった。真面目な表情をしている。

「阿東家?」

「あなた様は、恐らく、亡くなられたのでしょう」

「え?」

 よくわからない。何を言っているのか。頭がおかしい人達なのだろうか。

「そして、守護霊として、この世に顕現なさいました」

「意味がわからない」

「生前の記憶は、いずれ取り戻されるでしょう。明日か、十年後か」

「何を言っている?」

 よく見ると、このメイド、可愛いなあ。

「拠り所を見つけないとね」

「その前に、わたくしは、椿姫、と申します。姫とお呼び下さいませ」

「俺は、忠義ね」

「はあ」

 相変わらず、何が起きているかさっぱりだが、自己紹介をされた以上、自分も自己紹介をしようと思った。だが、自分の名前が出てこない。まるでど忘れをしてしまったかのようだ。自分の名前を忘れるなど、奇妙なこともあるものだ。

 口を開け閉めし、なんとか自己紹介をしようとしたが、二人は興味がなさそうだった。それはそれで、どうなのだろう。

「もうすぐ夜でございます」

「話せるなら、拠り所を特定できそう?」

 そもそも拠り所とはなんだよ、と言おうとしたところで、急に力が抜けてきた。

「それでは、探しに参りましょう」

「よし、行こう」

 二人が立ち上がる。

 どうにもならない虚脱状態だった。動けそうにない。喋るのも億劫だ。

「あれ、もしかして今、力が入らない?」

「は、はい」

 忠義が手を叩いた。

「俺、わかったかも」

「はい、試してみましょう」

「担いで、付いてきてくれる?」

 一瞬、電気のような光が見えた後、忠義が言った。次の瞬間、担ぎ上げられた。

「うわあっ。……ゴリラ?」

「そう、ゴリラのリラちゃん。メスだから、優しくね」

 優しくしてほしいのはこっちだ。とても怖い。

 のっそのっそとリラが歩き始める。扉が迫ってくる。

「扉、扉っ」

「はいはい」

 なぜかぶつからず、通り抜けた。わけもわからず、今度は階段を下り始める。

「ぎゃああああ」

 自分の足で降りない階段ほど怖いものはない。逃げようにも力は入らない。

「うるせーなあ」

「忠義様が顕現された時のことが、思い出されますね」

「過去は忘れた」

 階段を降りると、カンガルーが飛び跳ねてきて、目の前で止まった。

「おう、んがちゃん。仲間かもだよ」

「んが、んが」

 カンガルーの腹に、人間の赤子が入っている。なぜだ。

 そもそも、なぜ、一般家庭らしき室内に、動物がこんなにいるのだろう。新しい動物園の試みだろうか。

「浴室でしょうか?」

「だね」

 再び移動していく。また扉を通過した。目をつむり、扉を見ないようにした。再び目を開くと、脱衣所のようだった。誰かが浴室に入っている。

「おし、そろそろ動けるんじゃないかい?」

 忠義に言われた。そんなすぐに。思ったが、手が動いた。

「あれ、動く?」

「なんか、変なのが身体から出てない? こっちの方に」

 忠義が浴室を指差した。

 変なのってなんだよ。思ったが、それは見えた。

「金色の糸のような」

 その糸は、浴室へ向かって伸びており、中の人が動くと、合わせて揺れ動いた。

 瞬間、パズルのピースがピッタリと埋まったかのように、強く使命を感じた。この人を守らなくてはならない。守りたい。それは、願いとも言えるほど、強い気持ちだった。一方で、理解しがたい気持ちの変化に、戸惑いもした。

「ゆり様でございますね。待望の生命守護霊でございます」

「だねー。よかったよかった。これでゆりは元気になるかな?」

「わかりません。様子を見てみないと」

 もう本当に意味がわからない。だが、守りたい人の名前は分かった。ゆり。

「君の名前を決めよう。十郎。それが君の名前だ」

 はあ?

「なんで、そんなことを、あなたに決められなければ」

「どうせ、名前を覚えてないだろ?」

「そんなわけが」

 僕の名前は。名前は。なんだったろうか。やはりど忘れしている。

「ほらね。十郎で決まり。思い出したら、変えてもいいよ。とにかく、呼び名がないと不便だからさ。便宜上の呼称ってやつ」

「はあ」

「良きお名前かと存じます」

「生前の名前が分かれば、その名前を付けてあげるんだけどね」

 他に九人の兄弟でもいそうな名前だ。

「では、十郎様。ご説明差し上げます」

 椿姫が、何やら色々話し始めた。

 にわかには信じられないが、十郎は生命守護霊というもので、先程部屋から出ていった、ゆりという女の子を守るのが、十郎の使命らしい。その使命だけは、砂に水が染み込むように理解できた。しかし、世界観については、にわかに受け入れられなかった。

 しばらくすると、浴室からゆりが出てきた。

 椿姫の話だと、普通の人間にはこちらが見えない。その言葉通り、少女の裸を凝視していても、何の反応も示されなかった。まるで夢の世界で、透明人間にでもなった気分だ。ただし、興奮するような感情は湧かない。

「じゃ、部屋に戻るか」

 忠義が言うと、二階の部屋に向かった。

 階段を上がっていると、途中で虚脱がまた始まった。落ちる。思ったが、ゴリラに受け止められ、担ぎ上げられた。

 部屋に入ると、身体を転がされた。元いた部屋だ。

「ここは?」

 力ない声で質問した。

「ゆり様の部屋でございます」

「そのうち戻ってくるから、ここでいいだろ」

 その言葉の通り、椿姫から説明の続きを受けていると、ゆりが戻ってきた。やはり十郎に見向きもしない。身体は動くようになった。

「やっぱり、ゆりの守護霊で確定だな」

「十郎様、戦えそうですか?」

 守るとか守護とかって単語が出ていたので、なんとなく予想していたが、やはり、戦う、という単語が出てきた。

「戦うっていっても、どうやって戦えば?」

「何か馴染みのある得物は、ございませんか? あれば、強く思い浮かべて下さいませ。こんな風に出てきます」

 宙に出現し落ちてきた薙刀を、椿姫が掴んだ。

「おお、すごい」

「おそらく、十郎様も出来るかと存じます」

「よし、やってみる」

 使命は感じつつも、まだ夢の世界のように思えていた。夢ならなんでもありだろう。武器も出てくるに違いない。剣と盾が欲しい。出てこい。

 出ない。

「何か、呪文とかは?」

「と言いますと?」

「合言葉みたいな。こう言えば武器が出てくる、みたいな」

 そんなことを言うと、忠義がニヤニヤしだした。気持ち悪い。

「はて? そのような言葉はございませんが」

 念じ続けた。心に、かなり明確な剣と盾を思い描きもした。それでも何も出ない。都合通りにならに夢だな、と十郎は思った。

「出てこないね」

「生命守護霊で、得物を出せないと、能無しでございますね」

 能無し。丁寧な口調でえぐるようなことを言ってくる。このメイド。

「本当に出るの?」

「お見せした通りでございます」

「好きなものは出せないのかな?」

「さあ。縁のある得物でないと、難しいのではないでしょうか」

「どういうこと?」

「生前、頻繁にお使いになられていた、武器などでございます」

「思い出せないんだけど?」

「記憶になくとも、縁があれば出るようです」

「もう素手でいいんじゃない? 俺と一緒だな。仲間だな!」

 忠義がとても嬉しそうにしている。表情には出さなかったが、イラッとした。

「ちなみに、その戦う悪霊ってのは、どんなので?」

 素手で戦えるなら、それでも構わない。夢の世界ならなんとかなるだろう。ピンチになると、眠った力でも目覚めるかもしれない。

「九郎の気持ちが分かってきた。説明が面倒くさい」

「そう、仰らずとも」

「じゃあ、姫が」

「あ、もう数時間もすれば、夜も更けますね。準備をしないとなりませぬ」

「数時間後だからね。すぐ、じゃないからね。姫は準備するようなこともないよね」

 結局、色々説明はしてもらったが、やはり冗談で夢みたいな話だった。受け入れられたのは、ゆりを守るということだけだ。その気持ちも夢なのかもしれない。

「ま、段々と理解していくだろ。実体験するのが一番だ」

 忠義は、十くらいは歳上に見える男だった。土地守護霊らしい。よくわからないが、すごいらしい。椿姫の説明だと、そういう印象を受けた。

 椿姫は、十郎よりも数歳若く、中学生くらいの若さに見えた。物質守護霊だということだった。十郎にとっては、土地守護霊も物質守護霊も、違いがよくわからなかった。

 机で勉強をしているゆりは、若く見える。女子高生くらいだろう。

 納得できるゆりを守る理由が、十郎にあるわけではない。しかし、こんな可愛らしい子が、どうにかなってしまうのは、寝覚めが悪そうだ。気持ちとしても、強い使命感が湧いている。守るのはやぶさかではなかった。そういう夢だろう、とも思う。

 一家には他に、ゆりの母親と義理の父親がいるらしい。その義父がゆりの部屋に入ってきた。

「ゆり、具合が悪いんだろう? 勉強なんてしてないで、休んでないと駄目だよ」

「はい、お気遣い、ありがとうございます。でも今日は、調子が良いので大丈夫です」

「油断してはいけない。何しろ過労なんだから」

「はい、わかりました」

「キリの良いところで、寝るんだよ」

「はい」

 親子という風には見えなかった。作ったような表情が、ゆりの顔に出ている。

 しばらくすると、忠義達が出ていき、部屋に誰もいなくなった。やることもなく、ゆりの傍でジッとしていた。とても落ち着く。

 ボーッとしていると、雑音も次第に聞こえなくなっていった。無音。寂しさを感じ始めると、今度は賑わいが伝わってきた。太鼓の音と金属音が聞こえる。

 扉の外の通路に出てみた。

「はーあっ、よいしょっ、よいしょっ、どっこいしょー!」

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ!」

「んが、んが、んが、んが!」

 忠義と椿姫、んがちゃんの声以外は全て動物の鳴き声で、騒がしいとしか言いようがなかった。太鼓は、数匹のたぬきが叩いている。金属音は、猿が鍋のようなものを叩いて発している音だった。

 全て守護霊なのだろうか。

「何をやっているんですか?」

「祭り囃子の演奏でございます」

「おう、十郎。動けるなら、一緒にやるか?」

 演奏というより、合唱みたいなものではないだろうか。

「いえ、いいです」

「硬いなあ。姫ですら、こんなだってのに」

「こんな、とはなんですか。やらないと強制する、と忠義様が仰るから」

「あれー、そんなこと、言ったっけかなあ?」

「言いました」

 床を強く踏み直して椿姫が言う。忠義は、わざとらしく首を傾げていた。

「雷線で繋がりたくなってきた、とは言ったけど」

「同じことです!」

 物質守護霊は、土地守護霊に隷属しているらしい。なので、抗いがたい。十郎は生命守護霊なので、そういう強制力は発生しない。そういう話だった。この時ばかりは、ゆりの守護霊となった幸運に感謝した。誰が見ているわけでもないが、こんな恥ずかしい行進、夢でもやりたくはない。

 ゆりの傍に戻り、座って過ごした。ゆりの傍が一番落ち着く。

 さらに夜が更けると、忠義と椿姫は戻ってきた。ゆりは眠りについている。

「十郎様、悪霊がきました」

「自殺霊が五。浮遊霊が三百程度。因縁霊が一かニかな。外ではもう始まってる」

「えっ、今、来ているのですか?」

「うん、来てるよ。窓から顔を出してみ?」

 カーテンの閉まった窓に、意を決して顔を突っ込んでみた。外が見えた。

 空を覆うような数の何かが浮いている。輪郭がはっきりせず、人型の上半身は視認できる。太ももあたりから薄くなって、膝下はほとんど視認できない。

 これが悪霊か。

 隣の家の屋根を見ると、複数の守護霊が十郎に気が付き、呑気に手を振っていた。

 室内に顔を戻した。

「すごい数なんですけど」

「だから言ってるでしょ」

 忠義は落ち着いた様子だが、十郎は、同じ落ち着きを持てなかった。

「隣の霊達は、手伝ってくれないんですか?」

「基本は自衛しかしないからねぇ。自分の拠り所が第一だし」

「そんな。それじゃ、どうやって守るんですか?」

「わたくし達で防衛いたします」

 椿姫も落ち着いている。状況を分かっているのだろうか。

「自殺と因縁は中に入れてしまおう。んがちゃんか、この部屋で迎撃。他の悪霊はその場でなんとかするだろう。あとは臨機応変。どうかな、姫?」

「良いかと存じます」

 迎撃。それは決まっているようだ。

「何を落ち着いているんですか。逃げないと」

「ゆりを守らないのか?」

「う……。でも、数が多すぎて」

 それは、そうだ。守らなくてはならない。だけど、いくらなんでも、悪霊の数が多すぎる。しかも思っていたより怖い。

「逃げたって、拠り所がやられたら死ぬ。さっき姫が言ってただろ」

「十郎様、数の多い浮遊霊は、特に問題ございません。初陣ですので、あまり無理をせずご活躍下さいませ」

「そんなことを言われても」

 何が、問題ございません、だ。ご活躍下さいませ、だ。出来るわけが。

 あの悪霊達を見た後では、何一つ、できる気がしない。剣と盾で戦おうとしていた自分も馬鹿だ。必要なのは、重火器だ。ガトリングガンだ。

 ゆりが眠る傍で、十郎は膝を抱えた。少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

 忠義が何かやっていた。何かを引き抜くような動きをすると、小さな椿姫が飛び出てきた。守護霊のようだ。

 飛び出た守護霊が、さらに次の守護霊を引っ張っている。大小様々な小さな椿姫があっという間に三十体となった。そのうちの一体は、部屋の外へ出ていった。

 三十近くの数が揃うと、小さな守護霊は、ゆりを覆うように整列していく。

 ゆりは、重くないのだろうか。物理的に重くなくとも、気分的に重そうだ。そんなことを十郎は考えた。

「外にズーズ。中に機動戦士んがちゃんと椿ーズ。まあ、大丈夫だろう」

 椿ーズ、はなんとなくわかる。ズーズ。なんだろう。訊く気にならなかった。

「その、椿ーズ、と呼ぶのは、おやめ願いたいです」

「他に代案があればいいけど」

「忠義様とゆかいな仲間達」

「却下」

「そんな」

「長いんだよ」

「三日、考えました」

「また三日後に聞こう」

 忠義と椿姫は、のんびりしすぎだ。

 十郎は、改めて念じ続けた。武器。

 使ったことはないが、やはり銃が欲しい。手ぶらはひどく不安だ。せめて現層の物質を持てれば。そう思い試しても、ピクリとも動かないため持てなかった。

 ふいに、破裂音と共に室内が明るくなり、十郎は激しく驚いた。忠義と他の守護霊達とで、電気が繋がっている。呆然と見た。バチバチと破裂音を発し続けている。

「十郎様。これは雷線です。物質守護霊は、土地守護霊と繋がると強化されます」

「あ、明るくて便利だね」

「同感でございます」

 窓から何かが、室内へ入ってきた。外にいた悪霊だ。椿姫が薙刀を一閃させ、霧散させた。

 すごい。見とれる格好良さだ。

 次々と悪霊が侵入してくるが、椿姫が舞うように滅し続ける。

「自殺霊が二匹、上がってくる。合体しとこう」

「承知いたしました」

 合体、だと?

 魅惑の単語だ。何気ない様子を装いながら、二人に視線を向けた。

「椿ーズ、合体だっ」

 小さな椿姫が一斉に動き出す。椿姫へ飛び込んでいった。光を纏ったかと思うと、次の瞬間には、大人の椿姫が現れた。美しい。他の言葉が出なかった。そして。

「すげえええええええ」

 興奮し、叫んだ。合体。なんて甘美な響きなのか。

 忠義から再び雷線が伸びると、大人椿姫に躍動感が備わった。

「上がってきたぞ」

 忠義の言葉で扉を見た。呼吸にして、二つ、三つと待った。

 扉から何かが入ってくる。その姿に恐怖を覚えた。汚れた少女だ。

「ほ、ほとんどゾンビじゃないかー!」

 生きていれば可愛かっただろうに、怖さの方が勝る姿となってしまっている。

 慌てて扉と反対側へ逃げ出した。とにかく離れたい一心で、カーテンへ飛び込む。すると、下へ落ちていった。二階であることを失念していたのだ。

 地まで落下する前に、何かに捕まることが出来た。動いている。その先を見上げていくと、肉食的な生物の顔が振り返っていた。その口に、悪霊が咥えられている。噛み砕かれ、霧散した。

「恐、竜……?」

 十郎が落ちた場所は、恐竜の尻尾の上だった。

 これか? これをズーズと言っていたのか? んな馬鹿な。

 恐竜は、十郎と目が合うと、肺腑をえぐるような唸り声をあげた。

「ラノサ様、ご近所迷惑ですよ」

 頭上から椿姫の声が聞こえてきた。最初はわからなかったが、恐竜に声をかけたようだ。そんな場合か。

 次の瞬間、放り出された。地面を転がる。力が入らず、うまく受け身がとれなかった。庭のようだ。

 うめきながら上半身を起こすと、ゴリラの臀部が目の前にあった。

「ウホ?」

 ボフッ、と屁の音が眼前から聞こえた。臭っ。

 さらには、浮遊霊が迫ってきた。絶体絶命。思ったが、横から何かが飛び込んできて、浮遊霊を噛み滅した。ギロりと視線が向けられた。記憶が確かなら、虎と呼ばれる生物だ。

 虎なんて冗談じゃあない!

 悲鳴をあげながら、動物をかき分けるように走り、ほうほうのていで家の居間へ窓から飛び込んだ。脱力を感じているが、力を振り絞って走った。

 ここでも悪霊が室内を飛んでいる。恐怖はあったが、もっと恐ろしい存在が、視界に入ってきた。

 グローブを装着したカンガルーが、そこかしこを飛び跳ね、暴れている。お腹からビームも飛ばしている。いや、お腹にいる赤子の口からだ。

 飛んできたビームが、十郎の髪の毛を焦がした。

「ぎゃああああああ」

 こんなの、やってられるか。どれが悪霊で、悪霊じゃないかもわからない。むしろ悪霊でない存在の方が、凶暴に見えて恐ろしい。

 通路へ転がり出た。階段を四つん這いで駆け上がる。

 ゆりの部屋に駆け込んだ。

 激しく呼吸していると、美女椿姫と目が会った。

「失念しておりました。十郎様も戦われますか? 何事も経験でございますし」

「い、いえ、結構です」

 無理。無理すぎる。

 すぐ近くでは、忠義も薄笑いを浮かべて十郎を眺めていた。

 鬱陶しい。

「では、終わりにします」

 椿姫が連続で薙刀を振ると、部屋に悪霊がいなくなった。

「下も外も終わってる」

「お疲れ様でございます」

「え、終わり?」

「左様でございます」

 返事をする椿姫は、少女の姿に戻っていった。なんて残念な姿なのだろう。そんなことを考えながら、ゆりの傍で寝転んだ。しばらく動きたくない。非常に疲れた。

 それにしても、夢が覚めてくれない。深く息を吐きながら思った。



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