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序章

ふわふわ知識でお送りするなんちゃって医療系冒険ファンタジーです。難しい思考は捨ててお読みください。





少年が前世の記憶を思い出したのは、後頭部に石ころが直撃した衝撃からだった。






六大陸の一つ、フランメのエレゼという小さな村にある孤児院。少年……ツカサ・カンナギはその孤児院で暮らしていた。


「お前、外れ職なんだろ?だっせーの」

「俺は<剣士>なんだぜ、すげーだろ」


蹲るツカサの周りを取り囲むのは、同じくこの孤児院で育った子供たちだ。ツカサの姿をみて、けらけらと笑っている。

どうして彼らはツカサの事を見下しているのか。その理由はこの世界に定められた特別なルールにある。

────天職。

それは神々により定められた、生きる道。ある者は戦に生き、ある者は暮らしを豊かにする。人の営みに関わる全ては、神々が与えた天職によって生み出される。それが、この世界のルールだった。

その天職にも、当たり外れがある。

ツカサは所謂外れ職で、最も能力が低いとされる最低ランク職<医者>を与えられた。

<医者>は支援系職種の中でも活躍の場面がほぼないと言われている。

<治癒士>や<白魔道士>のように、高位の治癒魔法を扱えるわけでもない。<聖職者>のように、神々の加護があるわけでもない。応急処置程度の治癒魔法を使えるのが精一杯。そんな<医者>を使えなさに拍車をかけるのが、≪職の制約≫だ。

例えば、前衛職を与えられた者は高位の治癒魔法を覚えることができない。逆に支援職は高い攻撃力のあるスキルを覚えられない。

このように職には得手、不得手のようなものがある。

<医者>はその≪職の制約≫のせいで、攻撃手段を会得できない。前衛で戦えないし、後衛で支援も出来ない。

だから、この世界で<医者>は外れ職なのだ。


ごつん、と鈍い音がして、思わず頭を押さえて蹲る。心臓の鼓動と合わせるようにずきずきと痛みを訴えた。その痛みは、石をぶつけられたせいではなかった。


ツカサの頭の中に、次々と映像が流れていく。


肩に誰かの手が添えられ、入学式と書かれた看板の隣で写真を撮る『俺』の姿。


黒い服に身を包み、小さな机で居眠りを続ける『俺』の姿。


誰かに指導を受けながら、水色のガウンを着て手術台に横たわる人間の皮膚に小さな刃を立てる『俺』の姿。





そして、最後に流れた映像にツカサは全てを"思い出した"。












衝撃音が響いた後に、座席の上から酸素マスクが落下する。

無機質な日本語、続く英語の後に降下音と上昇音を絶妙な具合で混ぜた、不安を煽る電子音が流れる。泣き叫ぶ子供、すすり泣く女。隣の男は携帯電話に表示された家族写真を見ながらペンを探していて、司は胸ポケットにあった自分のペンを手渡す。隣の男は声を震わせながら礼を告げて、必死に家族へ言葉を紡いだ。

司を生み育てた家族はもうすでに亡くなっていて、家庭もなければ恋人もいないは彼は書き遺す相手がいない。隣の男の書く手紙が、焼け焦げず家族の元へ届けられる事を祈りながら手にしていたタブレット端末に目を向ける。

映し出されていたのは、1人の少年のレントゲン写真。司がこの飛行機に乗ったのは、日本にいる少年の手術をする為だった。


それがまさか、こんなことになろうとは。


神薙司は、世界的に有名なフリーランスの医師だった。

誰かに従う事を嫌う彼は、日本の大学病院の組織的な在り方に嫌気がさし海外で多くの経験を積んだ。その研鑽は余す事なく彼の智慧となり、実力になって現れる。

数多くの難手術を成功させてきた彼の、『神の手』とも言える技術で命を繋いで貰える事を待ち望む人間は多くいた。

順番がようやく回ってきた少年は、その家族は。どれだけ喜んだ事だろう。それを、こんな形で裏切ってしまった事を司は酷く後悔していた。


医者という職業に、別段崇高な理念を抱いているわけじゃない。

ただ、司は病気が嫌いだった。

司が好きな酒も、煙草も、麻雀も。病気になって入院してしまえば制限されてしまう。

抑圧される事が嫌いな彼は、生きることすら制限する病気が一番嫌いだった。

この少年だって病気に罹らなければ、家族旅行にはしゃいだり、友人と家でゲームをしたりしているような年頃だ。

無事に手術を終えれば、狭い病室から抜け出して、楽しい人生が幕を開ける。

歳を重ねて、色々な楽しさを感じられる。

その筈だったのに。




(こんなことなら、飛行機じゃなくて船にするんだった)


どうせこの鉄の塊は堕ちる。先頭に近いこの座席では助かる可能性はゼロに等しいとわかっていた司は酸素マスクだけ着用して、不時着時の姿勢は取らずに盛大に舌打ちした。もともと悪い目付きが、何度か人を殺めているんじゃないかと思うくらい悪化する。


(もう飛行機は信じない。ていうか鉄の塊が何百人も人を乗せた状態で空を飛ぶ事自体信じられない。まだ船の方がマシだ)


移動には時間はかかるが、万が一座礁したとしても救命ボートにさえ乗れれば助かる可能性は飛行機よりも高い。いつもは船で移動していた司は、時間に余裕がなかったから今回ばかりは飛行機を利用した。その選択が生死を分けるなんて思いもしなかった。


(────腹が立って仕方がない)


その選択をしてしまった自分。

少年の病を治す事が出来ない自分。

最後の"最期"まで、腹を立てながら、神薙司の人生は幕を閉じた。










"死"の感覚が、フラッシュバックを起こしてツカサは胸のあたりをぎゅっと握って耐える。

痛い。苦しい。

患者はいつだってこの恐怖と戦っていて、『俺』はいつだって患者の"生"と"死"のどちらも操る立場にいた事を、『ツカサ』は鮮明に思い出す。


(<医者>が外れ職だって……?笑わせんなよ、クソガキ共)



パキン、と自分の中で何かの枷が外れる音がした。


────≪制約の破綻≫


≪職の制約≫が、条件を満たした時に起こる現象。その条件は職によってばらばらで統一性が無く、未だその実態は謎に包まれている。わかっているのは、≪制約の破綻≫が起こるのは上位職だけだという事だ。

それがなぜ、最低ランク職のツカサの身に起きたのか。

ツカサのいた世界では、医者は給料も良く知能も技術も問われる命を対象にした職業であった。

それを生業にしていた自分の前世を思い出した事による、<医者>についての認識の齟齬。それがおそらくこの現象を生み出したのだろう。

ゆらりと立ち上がったツカサの手には、本来<医者>に所持権限が無い"攻撃武器"が握られていた。それに驚く少年を体当たりで転ばせて馬乗りになりながら、切っ先を首筋ギリギリに当てる。


「おまえっ!」

「────動くな」


腹の底から出した声は、思いのほか威圧を含んでいた。


「変に動けば、首の皮膚が切れるぞ」

「そんな小せえナイフみたいな武器で、やられるかよ!」


所詮、小さいこどもの戯言だ。わかっていたが、ツカサは込み上げる笑いが抑えられず、大声で笑った。


「何がおかしいんだよ!」

「こんな小さな刃でも人は殺せんだ。簡単にな」


少年の首筋へ当てられているのは、前世では箸よりも握ってきた馴染み深い刃物によく似ていた。くっ、と刃の角度を変えれば、ぷつりと表皮が切れて少年の首筋に赤い滴が浮かぶ。


「頸動脈切断による失血死、なんてどうだ?それとも、生きたまま腹を裂くか?お前の中身の一つ一つを丁寧に取り出して、上から順に並べてやるか」


魔法が使えるこの世界では、人体の中身は殆ど関係ない。治癒魔法で組織を治してしまえばお終いだ。だから、余程の変人でない限り事細かな内部構造を理解している者は六大陸を探し回ったところで、指折り数えられるくらいしかいない。

だから、訳の分からない単語ばかりを並べて愉しそうに笑うツカサに、少年達は恐怖を抱いた。


「お前のどこをどう切れば殺せるのかを、俺は知ってる」


自分の下でカタカタと震える少年の胸倉を掴んで、ツカサは地を這うような声で言った。


「────医者なめんなよ、クソガキが」



ツカサに石を投げていたいじめっこ二人は、泣きべそをかきながら孤児院へ逃げていった。


「これからどうすっかな。戻ったら戻ったで、面倒な事になりそうだ」


前世の記憶を思い出してしまった今、<医者>である自分に対する街の人間の態度を受け入れられるほど、温厚ではない。


(前衛職の奴って、比較的上位職が多いから態度がデカくてムカつくんだよな。地位が高くて横柄な奴は気に食わない)


いつも取り巻きを連れて、我が物顔で街を歩いている姿なんて大学病院のたぬきじじいとそっくりだ。そんな奴がいるところには戻りたくなかった。


(けど、デカイ街には行きたいんだよなぁ)


この村は小さ過ぎて活気がないが、大きな街へ行けばきっと美味い酒や飯も、煙草だってある。自由や娯楽を好むツカサは、シスターから聞かされるこの村の外の話を思い出していた。

だが、それを楽しむには金がいる。嗜好品を買うのにも、移動するのにも。

簡単に金を稼ぐには、やはり冒険者になって魔物を倒すのが一番手っ取り早い。だが、パーティーを組むとなると横柄な前衛職と寝食を共にする事になる。それだけは避けたいところだった。唸り声をあげながら散々悩んで、ツカサはぱっと閃いた。


(……俺が前衛になればいいんじゃね?)


何も後衛職に拘る必要はない。≪制約の破綻≫によって攻撃武器を持てるようになった自分は、むしろ高位の治癒魔法を覚えられない分、近接戦闘スキルを鍛えるべきだ。

そうと決まれば話は早い。ツカサは小さな刃を手にモンスターのいる森の奥へ向かった。


鬱蒼とした森の中を歩いていると、ぐるる、と獣の威嚇が聞こえた。目の前に現れたのは黒い毛並みの、ツカサの二倍以上はある大きな狼。


黒炎狼(ブラッドウルフ)か……!」


孤児院の図書室で一人図鑑を読み漁っていた、前世を思い出す前の自分の知識が、"今"の自分を支える。

虐げられても、罵られても。

生命に対する追求心を捨てる事はなかった。ツカサ・カンナギが"神薙司"の記憶を思い出せたのは、魂にある本質がずっと変わらないままだったからだ。


(生息区域や攻撃パターンなどは記憶している。俺が知りたいのはそんな上っ面の事だけじゃない)


「……大事なのは中身ってよく言うだろ?」


中身、といっても彼の指すものは"内臓"の話であるが。


自分の知る狼とはどこが同じで、何が違うのか。


急所はどの位置にあるのか。


炎を吐く器官はどのような形で、どんな機序で炎が精製されているのか。


未知に対する追求心。

ぞくぞくとした感覚が背中を撫でる。


(────切り開いてみたい)


頭、首、胴体に、尻尾。排泄器官から骨髄まで。体の全てを、余すことなく。


「さぁ、始めようか……!」


これが、ツカサの長い冒険の始まりだった。



みなさまはじめまして。寒川コウと申します。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

はじめての投稿で至らない点も多いとは思いますがよろしくお願いします。

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