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歌ってよ、僕の天使  作者: 皇 景斗
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失恋の歌

一話に引き続き一人称は俺ですが男女どちらでもお好きに設定して読んでください


失恋の歌は涙で滲む冬の朝焼けの色。

今までそう思ってきた。事実今だってそう思っているし、だから病室のベッドへ横たわる彼の質問へもこう答えた。


けれど彼はそれは違う、と色の失せた薄い唇でこちらの言葉を静かに断ち切った。更に紡ぐ、愉し気げに歌うように。


「本気の愛を失う時それは心が傷付き血を流す時、だから赤い血の色、失恋の歌は喪失の色だよ。残念ながら経験はまだないけどね」


なるほど、それは面白い見方だ。と、思うのと同時にこいつとは一生分かり合えないと悟った。

そもそも前も言ったけど朝焼けは夏の季語だよと成り立ちを語りだした声を右から左へと聞き流しつつ窓辺のへりに凭れ掛かり青空に向かい背骨を軋ませ目を細める。


ああ、今日も病室から眺める太陽が眩しい。








彼は誰も信じていないし誰も必要としていない。人間は裏切るし汚いものだと思っている。そのうえ自分自身もそうだと思い込んでいる。繊細で硝子細工みたいな見た目をしているくせに難儀なもんだ。

天は二物も三物もそれ以上も彼に与えけど大切なものと健康だけは与えてくれなかったのだろう。誰からも必要とされて愛されて大事にされてるいのにどうしてこんなに寂しそうなんだろうか。こんな天気のいい日に病室なんかにいるせいだろうか。

そもそも俺だって自分がなんでここにいるのか自分が一番わからない。

思い返せば出会いは決して良いものではなかった。





うっかり骨を折って入院した病院生活もたまには悪くない。

今までにない環境で新たなメロディーが浮かんでくると思えたのは最初の1日だけで直ぐに元の性格も相まってじっとしていられない俺は院内をぶらついては看護師を困らせていた。

そもそも不摂生で入院したわけでもなく足が折れただけなので体力が有り余って仕方ない。有り体に言えば退屈に殺されかかっていたのだ。


裕福な住宅街に建つ私立病院には長期患者が多いのか院内は広く多目的ホールや談話室、ライブラリー等いくつものスペースが備えられていた。


そのうちの一つに、ガラス張りの温室風の部屋が有りその中は一段高くなっただけの簡易なステージの上……、おそらくインテリア用だろう、真っ白なピアノが置いてあるだけの部屋があった。


お手を触れないでくださいとの看板があるが作曲家を前にそんなものは無意味だ。


先ほど書き上げた曲の最終調整をしたかったし、やりたいと思えば何があっても止まる事が出来ないのが自分だ。実際弾いてみればそれは飾りでも何でもない弾かれる為に待っていたかの如く柔らかな音色を奏でた。

ピアノ自体の音ではない。きっと俺が作った柔らかな微睡みの様な曲だったからそう錯覚したのかもしれない。この曲はとある二人の為に作ったものだった。






先ほど病室の大部屋で隣になった男が死んだのだ。お世辞にも見目麗しいとは言えない女が毎日短時間だが見舞いに来ていた。他にも美しい女や親族らしい身なりの整った中年の女性や男性が来ていたが、なぜかその平凡な女だけが印象に残った。男は金持ちの長男で、なのに大部屋を希望したことや先は長くないことも風の噂で知っていた。勿論男本人も、その女も知っていただろう。


病気が治ったら海に行こうと小さな声で呟いた男に瞳を柔和に下げ静かに頷いた女の幸せそうな顔に釘付けになった。見た目の話ではなく二人は優しく穏やかでどこまでも綺麗だった。


結果としては天気のいい昼下がりに男は帰らぬ人となった。病室を片付けに来た人は美しいが思い描いていた人物とは違う人だった。

いつもの女の姿を探せば入り口で悄然と立っていた。俺はといえば隣のベッドだったにも関わらず空気も読まずに周りをうろちょろとしていたせいで邪魔になるからと無理矢理引っ張られ病室の扉から追い出された。

あまりにも平凡で影が薄く暗がりの中に捨てられたかのような女に最初は気づかなかったが、通り過ぎる間際病室から差す陽光のに照らされた濃淡のついた紺色のスカートにこらえきれずに静かに落ちる涙の中に確かに冬の朝焼けを見たのだ。黒の中にそこだけがやけに生々しく俺を引きつけた。

あの女は涙を落としきったら影の中にきえてしまうのだろうか。



後は覚えていない。気づいたら曲をを書き上げここへ来ていた。歌詞もつけ、後は曲目だけ。朝焼けは本来夏の季語であって冬の季語ではない事はよくわかっていた。

それでもそう思ってしまったはひっこめられない。

何故そう思うのか女の存在を脳裏に浮かべた時にひっかかていた謎が解けたと思った。


二人は恋人ではなかったのだろう。いや、矛盾している。あんなに好き合っていてなんで恋人にならないのか。あの慈しみに満ち愛を全身で語る幸せそうな二人が恋人でないなら何だというのか。いっそ女の肩を掴んで聞いてみたかった。どんな関係でどんな気持ちで、そしてその気持ちはどこへいくのか。


曲名は結局つけないまま清書もされていない楽譜を置いて感情のままに歌う。この感情の名前を俺はまだ知らなかった。このまま知らずとも良いとさえ思っていた。


「天才だね、君は。悪戯な天使さん?」


突然の降って湧いた声に振り向けば自身より余程天使のような見た目で微笑み影の中から光射すこちらに近づいてくる姿に恐怖を覚えた。咄嗟に椅子から立ち上がり全身で警戒する。


「そうだ、俺は天才だ。だけど生きてる。天使なんかじゃない」


日が射すガラス側へとじわりと距離を取り相手を睨みつけ視線離さずにいる自身とは対照にゆったりとした動作で近寄ってくる姿を眺め。どうしたらこの場を切り抜けられるのか折れた足では左右走り抜ける前に捕まりそうだと頭の片隅で考えて忌々しげに眉寄せて舌打ちを零す。

こちらが警戒を露骨にしているのに何がそんなに楽しいのだと隠そうともしない笑み浮かべる姿に益々体を固くして見つめた。

近寄るにつれ何処か死の匂いと、行き場の無い追い詰められた感覚にゾッと鳥肌立て寒気を感じるのに逃げられず、やはりお構いまいなしと一段登り日向まで出てこればその美しい姿に瞬間的に目を奪われた。

乱入者である天使の見た目をした悪魔はその瞬間を見逃さなかった。

首を傾げ柔らかな色素の薄い髪が額へと白い額に影を落とし煌めく。美しいと純粋に思った。


線が細く麗しい見た目とは裏腹に男っぽく節くれだった冷たい指が自身の手首を掴み更に頬へと触れるまで現実だと思えなかった。

指先の冷たさに我に返ってしまえば、急に痛む足と思い出したかのように脈打つ心臓に現実かと認識したところで目の前に迫った美貌の男の口元が動いた。


「さっきの曲、僕に売ってくれる?」


思いもよらない言葉にやはり現実では無かったのかもしれないと間抜けに小さく口を開け今更思いの外身長が高く上を向いていふ首が痛い事でやはり現実だろうと逃避をやめ脳内にイマイチ伝わらなかった短い語句をもう一度小声で繰り返しようやく理解すれば手首振り払い頬へと触れる手もはたき落とす。


「魂は売れない」


きっぱりと断りぎこちなく足引き摺りつつ横を擦り抜ければ思いの外あっさり通れた事に安堵し段差一段降り立って後ろから急に聞こえた笑い声に肩揺らし振り向く。譜面台に残された楽譜を手にして目を通す相手に自身の迂闊さを呪う。

何で忘れたのかと思うものの何故だかちかよれなかった。


「誰にも聞かれない曲なんて死んでると同じなのに?君の曲はもっと多くの人に聞かれるべきだ。その価値がある」


「この曲は1人、……いや、2人のためだけに作った」


だから、と決意し急ぎ足で相手のところへとより逆光に照らされた輪郭眩しくこれで一曲かけそうだなと柄にもなく考えた。考えただけで相手の手から楽譜奪い取り今度こそ背を向けた。またしても楽しげな笑い声が聞こえてきたが今度は振り向かず一直線に扉に手をかけた。

出る間際彼が何か呟いた気がした。


「またね、音楽の神様に愛された君」



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