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Phase.4 知られざる九王沢さんの特技

 へっ?

「推理の…やり方ですか…?」

 九王沢さんの目が、点になっていた。僕も何と相槌を打っていいか分からない。

「推理…ってあのドラマとか小説とかでやる?」

 サンドイッチを頬張りながら、涼花はうなずいた。

「はいっ、皆さんをどっか広いとこに集めて、犯人は、お前だあっ!ってやる例のやつです」

 例のやつって。まあ、ミステリなんかでは割と、定番かも知れないけど。

「今度、短いんですけど、原作もののミステリドラマやらないかって言われてて。来月の頭に台本頂いて、すぐ顔合わせあるんですけど」

 ああっ!と急に、涼花が声を上げたので僕は、びっくりする。涼花が指さしたのは、カウンターにあったみくるさんのコミックスである。

「この漫画家さんです。園城先生原作でやるオリジナルのドラマなんです」

 涼花は言った。

 なんでもネット配信の読切を同時並行で実写化してしまおう、と言う、極悪スケジュールな企画らしい。コミックスとドラマ、二つの独立した話をリンクさせる予定なのだそうだが、今の状態でそんなの引き受けて大丈夫なのか、みくるさん。

「どんなお話なんですか?」

「はい、わたしが…ちょうどこう言う喫茶店で働いているその家の女の子なんですけど、ニューヨークに住んでるおばさんから預かった猫が、八百年前の中世の魔女が転生した姿、って言う設定なんです」

 いわゆる、喫茶店を舞台にした一話完結の連作シリーズものである。原作はラノベらしい。確かによくある設定だけど、読みやすいし、嫌いじゃない。

「じゃあ涼花ちゃんは、喫茶店のウェイトレスさんみたいな?」

「いえ、オーナーさんの娘さんみたいです。お父さんは世界中を飛び回っている方らしくて年中不在で。お母さんが切り盛りしていたんですけど、突然病気になったお母さんからいきなり経営を任せられたのが、まだ高校生のわたし、と言うお話で」

 内心、僕は舌打ちした。

 まんま、うちのことじゃないか(母さん病気じゃないけど)。みくるさんめ、時間がないからって安易なことを。

「作品では魔女のおばあちゃん猫と、わたしが相談して事件を解決するんですけど、皆を集めて、わたしがお店で推理するんです。長台詞多いですし、ミステリって初めてなので、今から緊張してます。それで、ミステリ小説読んだりとか、研究してるんですけど、やっぱり出来る人に、指導してもらったらいいお芝居出来るかな、って」

「それで、九王沢さん?」

 僕は思わず、九王沢さんを見た。すると向こうは、サンドイッチを頬張ったまま、ぶんぶん首を振った。

「わたし、出来ません!やったことないです、推理のお芝居なんて全然!」

「お芝居じゃないですよう。推理してくれたじゃないですか、わたしのお母さんの事件。ほら、去年、北茨城で」

「ええっ、九王沢さんが本当に!?」

 思わず声が大きくなってしまったが、すでに九王沢さんは涙目である。

「あっ、あれはっ…別に、しようと思ってしたわけじゃないんですよう…」

 まさかこんなおっとりした人が、大勢の人集めて推理なんかしそうもない。とは思うが、考えてみれば、九王沢さんて割りと知られざる顔が多い人である。

「すごかったんですよ。皆さんを集めて下さい!って。それから、おもむろにこう言ったんです。犯人はこの中にいません!」

 ってそれだめじゃん。

「だめじゃないですか、関係ない人集めちゃ…」

「すみません…」

 そう、こう言う残念なのが、正しく九王沢さんだったりする。

「違いますよ!その犯人じゃない人をあえて集めたのが、すごかった、って言うか…」

 何言ってるか、分からない。涼花の言う興奮が、いまいちこっちに伝わってこない。が、もしかするとそう言う、人に迷惑をかけそうな不条理系の推理をやってみたい、と、言うことだろうか。

「と言うわけで、お願いします、わたし、お嬢さまみたいにかっこよく事件の謎を解き明かして、犯人はお前だあ!ってやりたいんです。ここ、本当にいいお店ですし、やるなら雰囲気すっごい出てますよう。ぜひ演技指導を!」

「えええっ」

 九王沢さんは、本当に困っていた。

「それが、相談だったんですか?」

「はいっ、だって、普通に考えて中々いないじゃないですか、…小説と違って。人前で推理出来る知り合いとか」

 それはそうだ。僕の知り合いにも、そんな人はいないけども。

「で、出来るんですか、九王沢さん」

「ほっ、他を当たって下さいっ!」

 九王沢さんは必死で断っていた。まあ、仮に出来たとしても、ちょっと困る相談だ。バイリンガルの人に「何でもいいから外国語話してみて」って言うお願いに近いが、それよりもう少し厄介である。

「いいんじゃないですか。別に、九王沢さんに無理なお願いしなくても。原作も、台本もあるわけだし。何なら、推理ドラマとか映画とか観て、勉強すれば…」

 と、僕が取りなしたときだった。お店の電話が鳴った。出てみるとなんと、みくるさんが連載している出版社の編集、この店でもお馴染みの林原(はやしばら)さんだった。




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