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Phase.22 九王沢さんの尋問

(いったい、どうなるんだ…?)

 カイリーチ対九王沢さん。いわば、魔女対聖女だ。今まさに、一触即発と化したこの場は、異端審問の法廷のようだ。…とか言って、それ以上の詳しいたとえが出るほど、僕も勉強したわけではないが、対決の緊張感はこれで十分、伝わると思う。

 何しろ、たった三問だ。

 九王沢さんは、それだけで涼花を解決まで導くと宣言した。

 だが果たして、

(出来るのか、そんなことが…?)

 なにせ責任は重大である。

 失敗したら、ダニエルさんのお店は、今度こそ本当にチキンのマジックスープのレシピを奪われる。まさにそれは、看板を下ろせ、と言われるに等しい。さっきは二人の勢いに当てられて乗ってしまったが、よく考えてみればこれ、とんでもないことだ。

 ニューヨーク話題の名店が丸ごと一つ、消えるかも知れないのだ。そんな重大なことをこの元町の片隅にある小さな喫茶店で決めてしまっていいのか。今ならまだ、間に合うんじゃないか。僕がそう思った時だ。

「わっ!」

 九王沢さんが突然、小さく悲鳴を上げたのは。

「あああもう一時半ですね!…ちょっ、ちょっと、失礼します」

「あれ、どうしたの?」

 カイリーチが首を傾げる中、九王沢さんが、スマホを持ってあわてて席を外した。固唾を飲んで見守っていた僕たちは、おっと、である。涼花は椅子からずり落ちそうになっていた。

「定時連絡です☆」

 出がけに九王沢さんが、嬉しそうに口を滑らせたのでぴんと来た。彼氏である。九王沢さんは彼氏の那智さんに会えない時には、一日に時間を決めて連絡するのだ。ここぞと言う時に見せつけてくれる。九王沢さんが急にいなくなった瞬間、ちっ、と露骨に舌打ちをしたのは涼花である。えっ、今のなに?

「那智さんも、魔法で消えたら、すっ!としますよねー…この世から跡形もなく。あーあどこかにないかなーそんな魔法」

 うつろーな声だった。まるで死んだ魚を見るような目のまま僕を見てきたので、とりあえず目を逸らした。あんな秋山すずか初めてみた。

「ね、へ~たさん?」

「ええっ!?あっ、どうかなあ…あるのかなあそんな魔法」

 なんて相槌を打っていいか分からなかった。こっちからすれば、那智さんも立派なお客さんである。あんなにお友達を連れて来て、お酒を頼んでくれる人を、まさか悪くは言えない。そもそもレシピの文字はともかく、人一人消したらそれは魔法ではない。本格的な犯罪である。


「おっ、お待たせしました!で、では始めます…」

 ばたばた九王沢さんが戻って来た。ろくに時間もないってのにこの人、五分くらい居なかった。せっかく緊張感極まったのに、これで台無しである。

「わたしは別に構わないけど。時間が無かったんじゃないの?」

 カイリーチもスクリーンを前にして、ずっと黙っていたので呆れ顔だ。

「はっ、はい、すみません。…でも、もう、わたしの答えは準備してありますから」

 九王沢さんはきっぱりと言い切った。

「ふうん、自信満々ってわけね」

 魔女の挑発にも、九王沢さんは平然として応じる。

「話のからくりは、本来それほど複雑ではないです。確認すべきことを確認すれば、結論に至る道筋は、そう多くないはずなんです。

 と、言うことで、まずあなたに質問したいことは、『犯行の決意』です。あなたはこの件を、すべて事前の計画を基に、起こしていますね?」

「当然よ」

 カイリーチは一瞬、面喰ったような表情をした。が、もちろんそれは当たり前の質問だからだ。

「魔女が他の魔女のレシピを欲しがるのは、当たり前のことでしょ。フェブラリー・スウィンムーアの古いレシピはとても魅力的で、欲しがっている魔女はわたしだけじゃなかった。ダニエルもちゃんと、スウィンムーアの子孫から注意を受けていたはず」

「つまり、『それ』も事前からの計画の一部だった、と言うことですね?」

「は?」

 九王沢さんは謎の質問をした。カイリーチが首を傾げて当然だ。それ、とは一体、何を指すのか。魔女が他の魔女のレシピを狙うのが当然、と言うことか、それともそれがダニエルさんの耳に入ることが、なのか。

「わたしが第一に疑問を持ったのは、『動機』です。今、あなたは当然と認めましたが犯行がある決意のもと、計画的に行われたと言うのなら、そこには必ず目標とされる『結果』があるはずです。つまり『盗んだレシピをどうしたいのか』。転売したのでもなく、自分のお店で盗用したのでもない。…そしてダニエルさんのお店では、レシピは白紙になったのに、ちゃんとチキンスープを出している。あなたがどんな結末を望んだか、その『動機』によって導き出される結論は、自ずと見えてくるはずなんです」

「え、でもお嬢さま、それは…」

 涼花が口を挟みかけたが、カイリーチはダニエルさんをいわば脅迫しているのだと、僕も思う。

 だってカイリーチの思惑ひとつであの店からチキンスープが出なくなると言うことは、ダニエルさんはスープの作り方を知らないと言うことになる。すなわちこれはカイリーチは自分の店を開いてチキンスープを出さないだけで、レシピを独り占めした挙句、盗用している、と言うことになるじゃないか。

「はい、『犯行の決意』と言ったのは、そのことです。なので第一の質問は、これを答えてもらいます。『あなたは、ダニエルさんを脅迫していますか?』」

 ついに第一の質問が放たれた。一生懸命聞いている涼花の代わりに、僕はそれを急いでメモした。

 しかし、ど直球である。まさに身も蓋もない、と言っていい。

 僕なんかは傍で聞いていて、これも当然、と言う答えが返ってくるものだと思った。しかしだ。事実は少し、違う形で姿を現したのである。なんとカイリーチはあの魔性の笑みを消すと、なぜかそこで少し考え込む素振りをしたのだ。

 そして、

「本当のことを、答えなくてもいいのよね?」

 なぜかひっそりと、打ち明けるような口調だった。

「はい。…答えたくないことは、答えなくてもいいです。でも、何かあなたなりの『真実』を答えてくれれば、それで構いません」

 九王沢さんが答えると、カイリーチは元の表情に戻って、悪戯っぽいグリーンの瞳をきらめかせて美しい歯並びを見せた。

「いいわ。じゃあ、わたしなりの『真実』を教えてあげる。これは信じても、信じなくても構わないわ。わたしはあの店のオーナーを脅迫してない」

「うそ!」

 涼花が容赦なく突っ込んだが、魔女はそれ以上は答えない。カイリーチにとっては、信じてくれなくてもいい話である。

「でも、わたしがいないとあのお店はチキンのマジックスープを出すことが出来ないと言うのは、本当」

「今でもレシピは、あなたしか知らないんですね?」

 九王沢さんの問いにカイリーチは、きっぱりと答えを返した。

「そうよ。ここだけの話、レシピには、魔女にしか分からない秘密があってね。だからダニエルだろうと、前の本の持ち主だろうと、今わたしがお店に出しているチキンのマジックスープを再現するのは不可能なの。だからわたしに『犯行の決意』があったとしたらそれね。『本当の魔女のスープを完成させること』。どのみち、ダニエルには無理だった。質問の答えは、これでいいかしら?」

「うぐ…」

 正直、いいとも悪いとも言えない。僕と涼花はお手上げだ。ぐうの音も出なかった。そもそも、この質問で何が分かった、と言うのだろうか。しかし、九王沢さんだけは別だ。今の質問でどんな確証を得た、と言うのか、その顔からあの天使の笑みは消えていなかった。


「なるほど、よく分かりました。…では次の質問に移ります」

 第一の質問について、九王沢さんが魔女から聞きだしたのは、結局そこまでだった。これであと、二問である。




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