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Phase.21 涼花覚醒

 犯人と探偵。

 一対一(と、おまけだ)だ。やっぱり話の中心は九王沢さんとカイリーチだ。涼花はかわいそうだ。絵面だけなら主役級の存在感があるって言うのに。

「本当に面白くなってきたわね。そう、正式にわたしと、勝負したいの」

 カイリーチは、魔性を帯びた瞳を好奇心に輝かせている。

「分かった、それならきちんと乗ってあげる。そう言うの、好きよ。フェアなやり方だわ」

「約束は守ってもらいます。あと一時間、わたしたちがあなたのしたことを、突き止めたら、レシピはダニエルさんのお店へ、返してもらいます」

 余裕のカイリーチは、口元に笑みを溜めたままだ。

「いいわ。一時間よね。…でもその代わり、タイムリミットを過ぎたらどうなるか、ってこともちゃんと話しておかないとね。あなたたちが失敗したら、ダニエルの店ではチキンスープを出させない。当然、いいわよね?お店のレシピと同じ、まっさらの空白に戻してもらう。それでも良ければ勝負に乗ったわ」

「う…」

 さすがの押しに、九王沢さんと涼花も答えに詰まった。これは責任重大である。いやそもそもダニエルさんの承諾なしにこんなこと、決めてしまってもいいのか。下手をしたらマンハッタンで話題の名店から、お店の顔とも言うべき看板メニューが消滅するのである。

「やっ、やります!やってやろうじゃないですか!お嬢さま、わたし、本当の本気になりました!」

 だが涼花は、そこを踏み切った。ええっ、いいのかなあ勝手に、と同じお店側の人間として僕は考えたが、続く九王沢さんが力強い言葉を発した。

「当然です。それがフェアな勝負だと言うなら、負けないと言った以上、こちらは一切、退くつもりはありません」

 堂々である。売り言葉に買い言葉なのかも知れないが(涼花なんかは、たぶんそうだ)、内心、尻込みした僕が恥ずかしい。だがよく考えてみたら僕たちだって、みくるさんが描くはずだった物語を、中途半端な展開のまま放置するわけにはいかないじゃないか。

 それに幸い、九王沢さんはもう、ある程度のことは掴んでいる。これが涼花と僕だったら、いったん持ち帰る案件になるところだが、この人がいる限りは、勝つ望みのある戦いである。

「ダニエルさんが困っているなら、なおさら見過ごすことは出来ません」

 九王沢さんはきっぱりと言い切った。

 正直、あの九王沢さんがここまでやるとは思わなかった。普段はあそこの席で、ノーパソにコーヒーこぼして大騒ぎしたり、みくるさんやその仲間たちにいじられて半泣きになっている人なのである。

「じゃあ、これで決まりね。それならまず、わたしに聞きたいことはある?…そっちには時間がないみたいだけど、こっちは夜が明けるまでだったら、ちゃんと付き合ってあげるから安心して。もし…」

「それほどの手間はお掛けしません」

 九王沢さんはカイリーチの言葉を遮って、言った。

「三点です。わたしから質問するとすれば、それで十分です。大きく分けて三つ、あなたからお話を聞かせてもらうことが出来たなら、この事件の真相について説明が可能なはずです」

「ふうん、強気なのね。見かけによらず」

 カイリーチも思わず目を見張ったが、こっちはもっと、びっくりしている。だってたったの三問だ。九王沢さんはカイリーチからたったこれだけ聞き出したら、真相を看破してみせると言い切ったのである。

 僕は九王沢さんを、とっくに見直している。文句なしの直感力と洞察に富んだ推理は、普段の残念な姿からは想像がつかない。でも、海の向こうの人間を相手に(それも魔女だ)あと三問で真相を見抜くなんて。本当にそんなこと出来るのだろうか。

「問題ないです、へ~たさん。魔女がレシピにかけた魔法は、そろそろ解けます。カイリーチさん、あなたがこの話に乗ってくれるならの話ですが…」

 ちょっとためたが、カイリーチは即答した。

「いいわ。で、その三つの質問と言うのは、素直に答えなくちゃいけないのよね?」

「極力は。あなたの中での『真実』を答えてくれると嬉しいです」

 九王沢さんは、天使の微笑をした。

「でもどうしても話したくないと言うことは、話さなくても構いません。あなたの反応を見て、こちらが判断します。…そして、これも念のために言っておきますが、正直に答えてもらうと言ってもわたしからは、真相を誘導するような質問はしないことにします」

「なるほど」

 今度はカイリーチが苦笑する番だった。

「ルールは理解した。ううん、そうよ、それがフェアなやり方よね。…じゃあ、それで。後は、いいわよね?」

「いえ、後一つ重要な条件があるんです」

 と、九王沢さんは思わせぶりに、人差し指を立てた。

「わたしが三点、あなたに質問を終えたら最後に一つだけ、ここにいるすうちゃんに、質問させてほしいんです」

「彼女が?」

 カイリーチは目を見張って、涼花の方を見た。

「魔女と魔女の対決です。あなたの魔法は、すうちゃんが解きます」

 九王沢さんは、真剣な表情で涼花を見遣った。

「ここで心を決めて下さい。わたしがあと三問で、事件を解決に導きます。あとは、すうちゃんが、推理をするんです」

「わたしが…?」

 涼花は、はたと息を呑んだ。

「あなたの答えに、ダニエルさんのお店の存続が(かか)ってます。その気にさえなればすうちゃんなら、必ず真相にたどり着けるとわたしは信じています。…真実を求めている人のために、正しい文脈を取り戻すためにするんです。…すうちゃん、真実を求めていたあなたなら、出来ますよね?」

 と、言う九王沢さんの眼差しに、一点の陰りもなかった。このとき僕は、知らなかった。涼花のために九王沢さんが、何をしてあげたかと言うことを。事件の真相を、本当に求めている人のために。その言葉が、涼花の胸をどれほどに打ったのかは計り知れない。しかし、僕は見た。

 涼花の目に、清かな光が潤んできたのを。唇を震わせ、彼女は何かを噛みしめていた。声を上げて痛ましい気持ちがこぼれだしそうになるのを、抑えている表情だった。それは僕がメディアで観る秋山すずかとは違う、本当のこの子の表情だったと思う。

「分かりました、お嬢さま。わたし、やります。ダニエルさんに真実の文脈を取り戻してみせます!」

 と、言い切った涼花の表情は、今までと違う。まるで本番一発勝負の舞台に上がったように、吹っ切れた顔つきだった。もちろん今ので涼花の何が変わったと言うわけではない。でも、さっきまでのどこか上っ滑りした感じが抜けたように思えた。ある意味では本当に事件の関係者になったみたいだった。

「魔女対魔女ね。…うん、いいんじゃない?」

 カイリーチは謎めいた笑みを浮かべたままである。そこにまず、立ちはだかるのは九王沢さんだ。

「じゃあ、三問。何でも聞いて」

 九王沢さんは、小さく頷いた。いよいよだ。僕も思わず息を呑んでいた。一体これから、たったの三問でこの魔女からどんな真実を惹き出そうと言うのだろうか。




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