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Phase.15 涼花の推理②

「そ、そうですっ!じゃ、じゃあ、本物が二冊なら!」

 (きゅう)した涼花は、今度は、推理を変えた。

「本物の本が二冊あるんです!いっ、一冊は【チキンスープ】が載ってなくて、だからっ、カイリーチは、それが欲しかったんです。それで魔法で盗んだことにして!」

「うーん…」

 有り得なくはないけど、さっきの推理より、突飛過ぎる。

「ええっ、だめですかっこの推理!?十七世紀の本だって、それ一冊しかないとは限らないじゃないですかあ…」

 涼花も必死だ。しかし九王沢さんは納得した様子はない。眉根を寄せてしばらく考えていたが、

「…つまり本の方は、両方真作だったけど片方にはページが存在しなかった、と言うことですか?」

「はい。…都合いいですけど、たまたま二冊存在したー的な!」

「いやそれは…」

 聞けば聞くほど、穴がある気が。だって一応、一冊五百万円の稀覯本だ。

「でも、でもっ!ない!ってことは、ないと思うんです。だって有名な作家さんが自分の字で書いた、とか、ダビンチとかピカソとか、すっごい画家さんが描いた絵みたいに、世界にたった一つだけ、って言う感じじゃないわけですかあ…」

「では、お店にはなぜ今、空白のページがある本の方が残っているのでしょうか?」

 ずばり切り込まれて、涼花も思わず答えに詰まった。そうだ、言われてみればそうだ。

「残念ですがすうちゃんの推理では、十分に真相を説明しきれていません」

 九王沢さんの目線は、このミステリの疑問点、箇条書きの次の項を指し示していた。そこにはこう書かれている。


 ②ダニエルさんは、どうやってレシピを取り戻したのか?


「この件についてはフィオナさんとは、契約書まで交わしていました」

 そうだ、ダニエルさんはレシピを一品でも盗まれたら、あの本の所有権を喪うはずだったじゃないか。

「確かにカイリーチが本をすり替え、そちらも真作であった、と言う可能性は百パーセントの否定は出来ません。しかしフィオナさんとの契約は、本の真贋とは別問題のはずです」

 しかもフィオナさんは発送前に、商品の無事を確認できる動画まで送っている。常識で考えれば、たった一ページでも空白が生じているこの本は、フィオナさんが発送した本とは別物だ。もし万が一、この世界に偶然二冊、ほとんど同じ内容の本が存在したとしても、今、店にある本はフィオナさんの本ではない、と言う事実は動かせない。

 しかるにダニエルさんがこの本を現在も続いて所持しているのだとしたら、店にある本はフィオナさんの本でなくては、ならないはずだ。

「えーっ、じゃっ、じゃあどう言うことですか!?」

「まず、少なくとも今、お店にある本は、フィオナさんから買った本だと言うことですよね…?」

 おずおずと口を挟んだ僕に、九王沢さんは肯いた。

「そうなりますね」

 つまりは一ページの空白をのぞいて二冊、全く同じ内容の本が存在していた、と言うことは論理的帰結として、ありえないと言うわけだ。

「そしたらやっぱり、フィオナさんの本からレシピは消えた、と言うことですか?」

 理屈から行けばまあ、そうなる。でもそれはそれで、それこそ、ない話だ。確かにここまでの論理は破たんしていないが、それだと、カイリーチが本当に『魔法』で、本からレシピを消し去ったのを認めざるを得なくなるじゃないか。

「そうとは限りません。ここで消去法を用いたお蔭で、検討していない唯一の可能性が残りましたから」

 しかし九王沢さんは天使の笑顔でそれも、否定するのだった。

「可能性、ですか…?」

 僕と涼花は、九王沢さんのその言葉に引っかかった。

「え、お嬢さま。唯一の可能性って。もしかしてもう答えが分かったんじゃ…?」

「ど、どうなんですか九王沢さん…?」

 僕たち二人で問い詰めたが、

「それは、どうでしょうか?」

 と、九王沢さんは悪戯っぽい目をするだけで、あえて言葉を濁した。

「思いついたと言っても、あくまで可能性です。まだ、お話しできるような段階では全くないです」

 あ、これもミステリの名探偵がよく言う台詞である。もう、分かってる癖に。

「何か思いついたんなら、すうにも教えてくださいよう!」

 駄々をこねだした涼花をなだめる九王沢さんは、保母さんのようだ。

「ずるしたら、めっですよ。すうちゃんはすうちゃんで、さっきみたいに推理をしなくては、お芝居の参考にはなりません。お勉強にならないと思います」

「えええええっ、そんなあ。いーいじゃないですかー」

 と、意味もなく突っつき合い、もつれ合う涼花と九王沢さん。

 つくづく、美女二人が仲睦まじいと言うのは絵になる。和む。

 とか言ってる場合じゃない。

(もしかして九王沢さん、もう何かしら、真相に近づいているのか…?)

 僕にしてみれば、それが驚きである。

 だって考え付く可能性と言う可能性は、もう検討し尽くしたように思える。考えるの嫌いな涼花も、がんばったと思う。しかし九王沢さんに言わせれば、これだけ否定し尽くしてもなお、僕たちには見落としがあるようだ。

 このミステリを魔法ではなく、何か合理的説明がつくトリックがもたらしたもの、と断定しえる可能性をもう九王沢さんは掴んでいる。他の人だったら本当かよ、と言うところだが、ここまでの九王沢さんの立て板に水の推理の冴えを見ていると、信憑性は高いと言わざるを得ない。

 なんてこった。ちょっとそそっかしいと言うか、残念なところが可愛い人だと思っていたのに。九王沢さん、やっぱりただ者じゃなかった。



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