Phase.13 多重不可能犯罪
「それでそれで!?お嬢さま!魔女は一体どうやって、あの本からページを消したんですかっ?」
ダニエルさんの話が終わると涼花はすぐに、九王沢さんに詰め寄っていた。まったく考える気はなさそうだ。僕も考えてみたけど、すでにほぼお手上げである。
「まずカイリーチが、どのような手段を採ったにしても」
九王沢さんは少し考えた後に、口を開いた。
「恐らくチャンスは一回だった。ダニエルさん、あなたがカイリーチからページのレシピを盗む、と言う宣言を受けたその一回が恐らく、重要だと思うんです」
『鋭いね。確かにカイリーチはその後も、僕の目のつくところには現れなかったし、ページからレシピが喪われていることを知ったのも、その日の夕方だ』
「そして本はずっと、エアマットでぐるぐる巻きになっていた」
『その通りだ。そしてオフィスには、僕が鍵をかけておいた』
梱包に、部屋の鍵。まさに二重の密室だ。
九王沢さんが少し押し黙ったので、ダニエルさんも少し、心配になったらしい。
『他に何か質問は?』
「では、本の状態についてお尋ねします」
気を取り直したように、九王沢さんは言った。
「ページは空白になったと言うことでしたが、本当にそのページは、この本のものだったんですか?」
『ページを張り替えた可能性について、検討しているのかな?だとしたら、答えはノーだ。何しろ十七世紀の古書だ。紙の質も変質の具合でもチェックできる。違うところから持ってきたページを張り替えたとしたら、一目瞭然だ。そこはプロの目も交えて、入念に検査させたさ。連中は空白のページは、間違いなく最初からついていたものだ、と断言したよ』
「落丁や乱丁の形跡は?」
『ない。本は完全に無傷のままだった』
おかしなところは、ページに文字が載っていないだけだと言う。そんな馬鹿な。
「じゃあ、カイリーチは、本当にレシピだけ本から盗んでいった、ってことじゃないですか…」
そんなこと出来たら、まさに魔法だ。僕も声が上擦ってしまった。涼花なんか、もうほぼ魔法で結論が出かけてしまっている。
「本は無傷だった…」
しかし、九王沢さんはまったく諦めた様子もない。さっきと同じ、唇に人差し指を当てたまま、ぶつぶつと何かつぶやき、自分の世界に入る。これが正しい名探偵の姿だ。
でも、いくら九王沢さんでも、今回ばかりは分が悪いと言わざるを得ない。二重の密室に、文字ばかり消えた本。これでもかと言うくらいの不可能状況が出そろっている。僕だってそんなまさかと思うけど、こんなことが出来るのは、やっぱり魔法使いしかいない、ってことになるじゃないか。
『君たちの考えを聞きたい、と言うところだけど、時間がないんだろ?もし良かったら、すぐにそのオチを話してあげても、こっちは構わないんだけど』
「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。でも、せっかくですから挑戦させて下さい!」
九王沢さんは天使の笑顔で即答した。僕や涼花などは、もはやお手上げに近い状態だと言うのに、九王沢さんは考えることそれ自体が楽しくてしょうがない、と言うのだ。
『いや、逆に嬉しいね。その方が僕も話し甲斐があるよ』
ダニエルさんはそんな九王沢さんが、ますます気に入ったらしかった。
『よし、じゃあとことん付き合おう。…実を言うと今夜は、起きていなくてはならなくてね。厨房にいる熱心なスタッフと、朝まで仕事なんだ』
だから何か思いついたら、いつでも連絡してほしい、と言ってダニエルさんは通信を切った。