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Phase.11 魔女にレシピを盗まれないこと

「ただもう一つ、条件があるよ」

 と、フィオナさんはそのとき意味深なことを言った。

「魔女に、レシピを盗まれないこと」

 盗まれたレシピを取り戻せなかった場合は、その本は手元に返して欲しい、と言うのが彼女が出した条件だった。

「あたしがこの本をね、お祖母さんに譲ってもらった時に言われたのさ。この中の一つでも欠けたら、この本を持つことは許されなくなってしまうんだ、って。魔女スウィンムーアのレシピは今でも色んな魔女が狙っていてねえ。特にこの【チキンのマジックスープ】だけは絶対、盗まれたら困るレシピなんだ」

 と、フィオナさんは、慎重な手つきでページを持つとダニエルさんにそのページを少しだけ見せたと言う。


「そのとき、ページに文字は確かにあったんですね?」

 九王沢さんの質問に、ダニエルさんは頷いた。

『古い英語で書かれていたし、手書きで読みにくかったけど確かにあったよ』

 その件については、ダニエルさんは実際の動画を送ってきてくれた。それはオルバニーから配送前に、送られてきた契約書に添付されていた動画データだった。


 動画に登場したフィオナさんは、とても大柄な白髪のお婆さんだ。

「見てここ。確かに、このページよ」

 と老婆は、太い指で古いインクの文字が浮いた紙面を指差している。彼女はそこに、本の背表紙についている紐状のスピン((しおり)のこと)を挟みこんだ。

「絶対に盗まれちゃだめよ」

 同封の売買契約書には確かに、レシピを一つでも喪えば無償でレシピ本は返送してもらう(むね)、明記されていた。ダニエルさんは、もちろんそれにサインをした。言うまでもないがこの話を聞いたときには、魔女の話など信じていなかったし、フィオナさんの出した奇妙な条件にも何ら疑問を抱くことはなかったのだ。


「で、すぐに魔女がやってきたんですよね!?」

 ずいっと、涼花が前に出る。九王沢さんがあわてて訳した。

『そう、本が届くその日にね。僕のオフィスに、魔女を名乗る女性が現われたよ』

 魔女、と言う割には、それはとても若い女性だったと言う。

『その女は、カイリーチと名乗った』

「カイリーチ…」

 九王沢さんは麗しい唇に人差し指を当てると、しばらくその語感を味わうかのように、沈黙を守っていた。それから、思いついたように、

「魔女がやってきたとき、本はすでに到着していたんですか?」

 ダニエルさんは、よどみなく答えた。

『本が郵送で到着したのは午前中の早い時間帯、彼女が来たのは、昼過ぎだ。ちょうどうちではウェイトレスを募集していて、スタッフが彼女をオフィスに通してしまったんだ』

 まさか本当にそんな人間が来るとは思っていないダニエルさんは、目を丸くしたと言う。

「そのとき、本は?」

『僕のオフィスのソファの上へ、置かれていたよ。…動画を見たと思うけど、かなり大きかったからね。緩衝材(かんしょうざい)で、ぐるぐる巻きに梱包されたままだった』

 緩衝材と言うのは、例のプチプチのことだ。本をこよなく愛する九王沢さんは、さすがに面喰ったようだ。

「エアマットですね。まさか梱包って、それだけだったんですか?」

 だって五百万円の稀覯本だぞ。ダニエルさんも困ったように、顔をしかめていた。

『そうなんだよ、困ったもんだ。売買契約書までかわした、と言うのにね』

「カイリーチと言う女性が来た時、その本は開くことも出来ない状態だった?」

『そうだね。完璧な梱包だったと言いたいけど、ただエアマットでぐるぐる巻きにされただけだったから、上下は空いていたかも知れない。けど、そこから出来ることはない。彼女はページを傷つけるどころか、本を開くことも出来ない状態だったと思うね』

「それでもカイリーチは、あなたからレシピのページを盗んだわけですね?」

『ああ、それだけは、間違いない』

 九王沢さんはついで、カイリーチの前で実際、盗まれたページの確認をしたのか、と問いかけた。ダニエルさんは想定内の質問だったらしく、余裕の笑みを浮かべた。

『元々ページに、字が載っていなかったんじゃないか、と言う、推測かい?残念ながら、それなら答えはノーだ。カイリーチの前で僕は一度、ページを開いてみせた。フィオナがブックマークをつけてくれていたんでね。元々届いたら、すぐに確認しようと思ってたんだ』





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