1-6 勇さんの常識を変えたらしい
部屋を出ると、丁度、屋根裏から垂れているハシゴを欠伸しながら降りてくる人物がいた。
「あ、おはよう~、勇……ねむい……」
「未来、おはよ。こんな時間に目が覚めるなんて珍しいな」
「ん~……昨日、は、夜の7時に寝たから~」
夜の7時からって、12時間も寝といてまだ眠そうにするとは、生活リズムが相変わらず荒れているな。
この子の名前は河合 未来。性格はかなりマイペースで、あまり多くを語らない。見た目も色素が薄くて白い髪の毛と平均より低めな身長以外は特に変わったところがないので、俺に次ぐザ・凡人なのだが、一つ特徴があるとすれば……。
「あの……」
「うわっ!」
急に全く気配もなく真後ろから話しかけられ、若干寝起きだったこともあり、必要以上に驚いてしまった。
そして、その声の主はというと、そんな自分に「大丈夫ですか?」と昨日みたいに敵対的な目線を向けることもなく、心配そうに碧眼と紅眼を揺らしながら安否を確認してくれた。
「あ、あぁ、大丈夫だよ。 自分こそすごい驚いちゃってごめんね、気分悪い態度取っちゃったかな」
「い、いえ、私こそ昨日は凄い勘違いをしていたらしく、本当にごめんなさいっ! 縁さんから聞きました。まさか、ただの好意で家に連れていてくれる方がいるなんて、想像もしてなくてっ」
そういうと、声の主のマリーさんは深々と頭を下げた。
どうやら、お説教の後に縁ちゃんから事情を説明して貰ったらしい。流石は気遣いのできる妹の鏡の縁ちゃんだ。あとで、それとなくお礼を言っておこう。
「いいよ。自分も少し挙動不審だったし、スタンガンは少し驚いたけど……」
「確かに少し挙動不審だった……」
と、少し頷きながら呟いた。
納得されちゃったよ、とこちらも少しだけ落ち込みながら、苦笑いをする。
「あはは……」
「あ、すみません。私また失礼なことを……」
「い、いや、いいんだ。本当のことだしね」
「それと、スタンガンは護身用です。日本の女性の必需品です」
と、自信満々に控えめな胸を張り、自慢げに自分自身の日本の知識を披露するかのようだった。
「いや、多分その知識は間違っていると思うよ」
自分はまたまた苦笑いで、マリーさんの知識の答え合わせをした。
「えっ……」
「日本の女性でそんなものを持っている人を見たことないよ」
「そんな、馬鹿なっ!」
マリーさんは自分の知識が間違っていたことが余程ショックなのか、かなり悲壮感が溢れ出す表情をしていた。しかし、すぐに立ち直り弁解してきた。
「待ってくださいっ、それは勇さんの周りの女性がたまたま持っていなかっただけではないでしょうか?」
「いやいやいやいや、少なくともこの家の奴らはそんなもの持っていないはずだよ」
「でもそれは、ここの人達がへn…少しだけ特徴的なだけじゃないですか?」
今、変って言おうとしたな。
確かにここの住人は、縁ちゃん以外変な奴らばっかりだが、だからといってほかの女性が持っているなんてことはあるはずが……いや、今思ったら自分は他の女性の荷物の中身なんて見たことないぞ。しかも、最近の世の中は物騒だと言われているんだ、スタンガンぐらい持っていることが常識なのか?
「……マジ、なのか……?」
「やっぱり、スタンガンは必須用具なんですよ。だって漫画のたくさんのキャラクター達が持っていました」
漫画の話は置いといて、本当に日本人女性の多数がスタンガンを持っているのなら、ザ・普通の自分こと山田が知らないなんて許されるはずもなし。
てか、スタンガンをたくさん持っている漫画ってどんな漫画なんだよ。
「……気になるな……」
自分の常識について考えていると、自分の裾をチョイっと引っ張られた。
「勇……」
「未来?」
マリーさんと話しているうちに未来の存在を忘れていた。
「‥‥‥勇さん、その人は?」
マリーさんは、自分の陰に隠れている未来を微笑ましく眺めながら聞いてきた。そういえば、マリーさんは縁ちゃんと雪丸、楓さん、おっさんとだけ会っているから、未来と冷華とは会っていなかったか。
自分は未来が少しでもマリーさんから全体像が見えるように、少しだけ体を横に動かして紹介することにした。
「紹介するよ、この子は河合未来。この上の屋根裏に住んでいる。基本的にごはんとトイレとか風呂以外は上にいる引きこもりだ」
そう紹介すると未来は自分の脹脛を全く痛くないキックで抗議してきた。
「どうした? 普段運動していないせいで、攻撃が全く効いてないぞ」
ニヤニヤしながら未来を見下していると、未来は無言で自分の正面に立ち数歩下がった。
自分とマリーさんはそれを不思議そうに見ていると、未来は急に小走りしてジャンプし、自分の魂という名の股間に目掛けて飛び蹴りをかました。
「ふんぬぉっ!!!!!……」
自分、撃沈。
そして、未来は無表情から少しだけ口端を吊り上げ「どうだ!」と言わんばかりの満足げな顔をしていた。
それを見ていたマリーは戸惑っていた。
「み、未来さん、女の子がそんなところ蹴ったらダメだよ」
そんなところとはなんだ、そんなところとはっ!
自分は強い反論をしようとしたが、今は魂の痛みでそれどころではなく、なので言うべきところだけ伝えた。
「み、らい、は、おと、こ、だぞ……」
「……えっと、今なんて?」
どうやら、自分が魂を抑えるように体を丸くしながら話していたせいで、声がきちんと聞こえていなかったらしい。というよりは、聞こえてはいるが理解が追い付いていないような表情をしていた。
なので、自分は痛さのせいか少しキレ気味に大声を上げ叫んだ。
「だから、未来は男だ!!!!」
自分の言葉を聞いたマリーさんは黙り込み、未来を凝視し続けた。そして、見続けた結果。
「エイプリルフールハ、一昨日デスヨ」
自分の言葉より未来の容姿を信じました。
思わず片言になるぐらい動揺しているのか? でも、無理もない。自分を含めこの家の住人全員がその事実を聞いたときに、今のマリーさんと同じような反応していたからな。
「……エイプリルフールの日、なら、女の子って、言ってたかもね……でも」
未来はまた少しだけ口端を吊り上げた。そして、昔の自分たちに告げた時と同じように未来はマリーさん言い放った。
「僕は、男、です……」
その時、自分はマリーさんの常識が崩れていく音が聞こえた気がした。