1-1.こうして、私は彼と出会った
暗く、静寂な道。
この道に陽が照らしている時は、それなりに人通りもあり景色の色彩が豊富で、それが当たり前であり、それが大好きな自分の日常の風景なのだ。
しかし今は一転して、同じ道なのに全く違う道を歩いてるかのようで、どこか冷たく感じてしまう。もちろん今の季節は、昼間は暖かいが夜はまだ冷えるから、それのせいもあるかもしれない。
辺りを見回すと、既に家の電気も殆どなく、あるのは夜更かししている人の灯りと街灯だけだ。ここまで静かだと、まるで、時間が止まっているような錯覚に陥ってしまい、だんだん気持ちも不安になってきてしまう。
自分は早く人に会いたくなり、歩く速度を上げて、目的地のコンビニへ向かうとにした。
遅れました。どうも、山田です。
見た目も名前も平凡すぎる高校2年生で、特技は逃げ足、趣味は盆栽のお世話で、好きなものは実の妹と平穏な日常です。そして、嫌いなものは今の状況みたいな怖いことや異常なことです・・・
まぁそれは置いといて、何故深夜1時にこんな怖い、もとい危険な夜道を歩かないといけなくなってしまったかというと、それは自分の家に住んでいて、平穏を壊す【居候達】の1人が、家主の自分をパシリに使ってきたからです。
しかも、可愛い妹と一緒に盆栽のお世話をしている幸福な夢を見ている途中で、不意にミゾオチへ肘を決めてきたのです。
事情を聞けば、何度も声をかけたり、揺すったりしても起きないようなので、仕方なく行動に移したらしい。
いや、仕方なくミゾオチって、どゆこと??
勿論、それで許される所業ではなく反抗しようと思ったが、彼女に勝てるわけもなく、胸内にイライラを抱えながら、こんな夜道を歩くことにした。
「……はぁ、寒い」
早歩きしていると、ようやくコンビニの光が見えた。そして同時に不安だった心が温まる。流石頼りがいがある店『コンビニ』だと絶賛して店内に入った。
店内には、レジの裏で揚げ物の機器を洗っている店員と、雑誌コーナーで泣きそうな表情で携帯を弄る同い歳ぐらいの女の子がいた。
当然、自分はその女の子へ自然に目を向けてしまった。
深夜のコンビニで女の子が1人でいるから、気になってしまうというのもあるが、仮にこの店に客が沢山いたり、仮に彼女が泣いていなくても、恐らくその女の子を見てしまっただろう。
彼女はそれほど目を惹かれる容姿だった。
自分はその女の子の側面だけを見た。背丈は160cmぐらいで、胸は控えめだけど、全体的にスラーっとしていて綺麗だ。ここまででも目を惹く容姿をしているのだが、その他に長くて綺麗な金髪を下ろし、瞳は碧く、整った顔立ちで、明らかに日本の女性とは違っていた。
深夜のコンビニに外国人の女の子がいるという滅多に見ない場面のせいで、暫く店内を歩き回りながらもその子に目が釘付けになっていた。
そして、どこからどう見ても不審者のような挙動で、通報されたら弁明の余地なく職務質問をされてしまうぐらい、自分は金髪っ子をずっと見ていたら、あることに気がついた。
金髪っ子は、足元にかなり多い荷物を置いていたのだ。その荷物と先程から見せている泣きそうな表情。正直自分はかなりその子のことが気になっていた。
しかし、自分は不思議に思いながらも、話しかけたら面倒ごとになりそうだし、ナンパだと思われたらショックで一日中寝込んでしまい、翌朝からトラウマで女子に近づけなくなるので、放っておくことにした。
そう、面倒ごとは我が家だけで十分なのです。
「そんなことより、シャンプー買わないと。ったく、シャンプー買わせるために夜中に鳩尾に決めるって、どんな居候だよ。シャンプーぐらい家の誰かに借りろっての。えーっと、メモメモっと」
『
・ツバメという名前のシャンプー
・キキっとという名前の食器用洗剤
・あとは、【お兄様】が無事に帰って来られることです♡
』
自分はすぐさまメモを握り潰し、店内にあるゴミ箱へ捨てた。
「誰がお兄様だ。俺の妹は世界で1人だけだ」
一番腹がたつのは、パシった本人が無事を祈っているところだ。あと、ハートマーク。
「アホらし、早く買って帰るか」
このコンビニの日用品エリアは、窓際の雑誌コーナーと向かい合わせになっており、先程いた女の子はまだそこに立っていた。そして、意を決したかのような表情をして、しかしすぐに泣きそうな表情に戻り、携帯を見つめていた。
そんな様子をしているから、無視しようしても無意識に気になってしまい、つい携帯の画面をチラッと盗み見てしまった。
自分のことながら、一体何をしているのやら。通報されたら大人しく捕まろう。
携帯の画面を盗み見ると、そのページはどうやら有名なSNSであり、ユーザーが呟くと、SNS仲間が感想を言ったり、直接連絡を取りあえるもので、自分もよくストレスが溜まると呟いて発散している、有り難いサイトだ。
昨日も【居候達】の1人である自称姉に、冷蔵庫の隅の方に隠していたシュークリームを勝手に食われて、呟いたのだ。楽しみに取って置いた、駅前のケーキ屋で毎月50個限定で、開店1時間前から並んで手に入れた、貴重なシュークリームだったのに……
テンションが舞い上がって、学校から直行で走って帰って、冷蔵庫を開けたら、シュークリームの代わりに「91点❁︎」と書かれた書き置きを見たときの自分の気持ちと言ったら、今でも忘れることができない。
まぁ、自分の話は置いていて、今は金髪っ子のことです。
流石に少し見ただけなので、書いた内容までは見ることができず、というよりもそれ以上見てしまったら不審人物から本当の犯罪者になってしまうので、見る勇気はなかった......いや、まぁ犯罪なんだけどね。
だが、深夜のコンビニで女の子1人が、大きな荷物を持ち、携帯を見ながら泣きそうな顔と意を決したような顔を交互にするのはどういう状況か、自分には分からず、なので分かるかもしれない人に電話をすることにした。
4コールくらいで、相手は寝起きで機嫌が悪かったらしく、怖い口調で応答した。
「……もしもし」
「ど、どうも。兄です……」
「……」
少しだけ間があった。そして、
「……今何時だと思っているのですか? 」
と、声を聞いただけで、いったいどんな表情をしてるのか分かってしまった。それはきっと、親の仇を見る並みで、鬼や悪魔など生ぬるい、形容し難い表情をしているのだろう。
マジで怖い……
「あ、あのぅ……やっぱり怒ってます? でもね、ゆか……」
「兄さん」
予想はしていた。電話の相手、つまりはマイビーナスこと、妹の縁ちゃんは寝起きが凄まじく悪い。その上こんな時間に起こされたら憤慨するのも無理はない。
自分は、窮地に追い込まれたウサギのように体と声を震わせながら、発声した。が、相手の怒りの言葉は、自分の声をかき消して続けた。
「まさか、深夜に家の中で直接ではなく、電話をかけて来るゴミクズがいるとは……こんな初体験はなかなかないですね。貴重な経験をさせていただきました。お礼に今から【兄さん】の部屋に伺い、兄さんが書き貯めていた、中学2年生の表紙背表紙がマジックで黒く塗りつぶされている日記を、延々と読み聞かせてあげます…………ニゲルナヨ……」
「ちょっと待ってぇぇぇぇええええ!!!!」
自分は怖さと羞恥など、諸々の気持ちが込み上げ、コンビニにいることを忘れて、喉が枯れるぐらい大きな声をあげた。
当然なことで、深夜の人が少ないコンビニでそんな声を出すと、店内にいた店員と女の子が一斉こちらに向き、呆気にとれていた。
自分は誤魔化すようにワザとらしく咳き込み、店員と女の子の視界に入らないところへ避難した。
どうやら、この妹は自分が家の中にいると勘違いしまっているらしい。だから、悪戯だと思ってこんなに激怒しているようだ。いや、まぁ理由の大半は夜に電話をかけたからだけど。
それにしても、本当に怖いっ! 軽くおしっこが漏れそうだったし、日記も捨ててって言ってるのにまだ残していたなんて……
「あれ? 兄さん、今どこにいるのですか?」
どうやら、妹も自分の周りの音で、家にはいないと分かったらしい。コンビニも人はいないが、店内ラジオなどがあるから、それが聞こえたのだろう。
「部屋に行ったら、脱ぎ散らかした寝巻が床に落ちているので……もしかして、逃げましたか?」
違った。本当に自分の部屋へ向かい、日記を読み聞かせるつもりだったようだ。その際、部屋にいないことがわかったらしく、まだ言葉の端々に殺気が見え隠れしていた。いや、隠れてないな。
「違うよ、縁ちゃんっ。自分は今、雪丸からおつかいを頼まれてコンビニにいるんだ。それにこんな時間に電話したことも本当に悪いって思ってるよ。でも、どうしても聞きたいことがあって……」
自分は出来るだけ小声で、周りに聞こえないように話した。
縁ちゃんは、少し黙り込み、溜息をついた。
「何やってるんですか、こんな時間に。おつかいなんて断ればいいじゃないですか」
「いや、でも……」
「まっ、それができないのが、兄さんですよね。本当にお人好しなんですから」
いや、違う。逆らっても勝てないから、不可抗力でパシらされたのだ。断じてお人好しではない。
「それで、なんなんですか。こんな時間に電話したからには、それ相応の内容じゃないと減刑しませんよ?」
あ、刑はもう執行確定なんですね。
俺は悲惨な未来に対して泣きそうになりながら、雑誌コーナーにいる女の子に自分が見た一部始終について話した。
「……ということなんた。 自分は男だから、女の気持ちが分からなくて。それで、電話したんだ。最近の女の子はよくこういうことをするのか?」
自分の説明を聞くと、女の子のことについて少し考えているのか、少しだけ黙っていた。
「……なるほど。まぁ、いいでしょう。ノート3冊分から、ノート0.5冊分に変えてあげましょう」
「減刑について考えていたんだな……」
「そうですね。話を聞いたところ、普通に考えると友達か彼氏と仲たがいした可能性もありますが、それだとわざわざこんな時間にコンビニに来ませんよね……それに大荷物もおかしいし」
「確かにそれなら家で済むことだし、荷物も要らないよな」
「それに、長時間雑誌コーナーで何も持たずに携帯と睨めっこしているのは、気になりますね。もしかしたら、家で何かあったのかもしれません」
「家で?」
「そう、家出です」
あ、家出か。家のこと?という確認のつもりが、言葉だけ疎通してしまった。
それにしても、家出か……女の子にもいろいろあるんだな。
「まぁ、あくまでも可能性の話ですよ……それにしても、決意した表情ですか……謝罪、いや、それより大荷物……」
縁ちゃんは再び黙りだした。
「どうしたんだ?」
「兄さん、暫くその女性を見守ってもらえませんか?」
突然、縁ちゃんは真剣な声色でそう言ってきた。
自分は妹の発言にある裏の意味を考えようとしたが、先ほど言った通り、自分には女の気持ちや考えなど理解でない。素直に、妹に聞くことにした。
「見守るって、どういう意味だ?」
「そうですね……言わないでおきます」
「いや、見守るって言っても」
「それに、外れていたとしても深夜に女の子がそんな状況なんです。どっちにしろですよ」
「まぁ、そうだけど」
見知らぬ女の子を見張るなんて、見ようによってはただの変質者じゃないか。只でさえ先程からコソコソ電話をしている自分に、店員が怪しげにを見ながら作業をしているというのに。
それは危険を冒してまで、することなのか?
「でもね、理由も聞かずにこの時間からの監視って、お兄ちゃんは早く家に帰って寝たいんだけど」
「なるほど、夜中に電話をかけてきた人のセリフとは思えませんね。これは、1冊に……」
「誠心誠意で縁様の指示に従います……」
「頼みましたよ、兄さん。その人のことで眠れなくなる私のためだと思って、聞いてください」
そんな、いくら可愛い縁ちゃんのお願いだからって、補導される可能性がある行為にやる気なんて起きるわけが……
「仕方ない。世界一可愛い妹のためだからな」
自信満々に言うと、縁ちゃんは静かに笑った。
「本当に兄さんですね、少し気持ち悪いです……それに、私のためじゃなくてもこの電話なんてただの形式上のことですし……」
それだけ言うと縁ちゃんは感謝の言葉だけ残し縁ちゃんはもう寝ると、電話を切った。
形式上だけって、どういうことなんだろう?
そして、兄に深夜のコンビニで人を見張って欲しいと言いつつ、自分は暖かい布団でスヤスヤ眠る。そんな妹もまた可愛い。
電話を切ると、自分は妹に言われた通り見張ることにした。
だが、コンビニの中だと客は2人しかいないので目立ってしまうため、店を出ることにした。
勿論、万引き犯だと勘違いされないためにも、コーヒーとアンパンを買った。見張りの定番グッズだ。
そして、コンビニを出てどこか隠れる場所に行こうとした瞬間、予想していなかったことが起きた。
突然だが、ライトノベルやアニメ、ドラマの恋愛系だと、ボーイミーツガールは少なくとも運命めいた出会いを果たしたり、キュンキュンした展開が期待されるのだが、自分の現実にはそんなことは起きず、【いつだって】ロクでもない出会い方なんだ。だから、期待なんてしてはいけない。
そして、今まさにその教訓が不本意ながら生かされてしまったのだ。
ふと、後ろを振り返ると、先ほどの雑誌コーナーの女の子は、大荷物を持ちながら、右目の碧眼と左目の紅眼を潤わせて、口だけ笑うというぎこちない表情で、こう言った。
--------「今晩、あなたの家に泊めてください。あの、な、なんでもしますから」と。
そして、自分は人生で初めて、援助交際もどきを求められるという体験をしたのだった。