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山田家は裏社会?  作者: 佐藤真矢
19/19

1-15-ex 殺戮人形(中編)

前回の続きです。

『しにわら』を観てから30分が過ぎた頃。泣き疲れて脱力したマリアの視界に、先ほど床に置いていた『妹無双』のパッケージが入り込んできた。


今は外出して気分転換をするほどの気力も残っていないマリアは、このまま何もない部屋の片隅で座り込んでしまうと、今までの人生のことを振り返ってしまいそうで怖くなってしまったのだ。勿論、今までにも仕事のことを振り返っていたことはあったが、その時は特に感情が入ることはなく、次回の仕事のためのデータ収集程度にしか考えていなかったのだ。


しかし具体的ではないが、今仕事のことを考えてしまうと、自分が壊れてしまいそうで怖いと感じていたのだ。


何も考えないように何かをしたい。『妹無双』は表紙から見たところ明るい話が多そうなので、今のマリアの気分には最適なものだと考えたのだ。


「......可愛い」


『しにわら』を観る前は、『妹無双』パッケージに描かれたキャラクターに対しては特に思うところはなかったのだが、今のマリアは自分自身でも異常だと感じているほどで、素直に描かれたキャラクターに可愛いと感じて、呟いたのだ。


そして、『しにわら』と『妹無双』を観てから、マリアの生活は大きく一変したのだ。


『妹無双』を視聴してからは、それを皮切りに他のアニメを十数作品もネット通販で買い、その殆どがダークヒーロー系と妹ものだった。そして、マリアは次の仕事の依頼が来るまで、睡眠と食事とアニメ鑑賞しかしていなかったのだ。


食事もネット通販や宅配で頼んでいたため、一歩も家に出ることはなかった。そう、殺戮人形は家に引き篭っていたのだ。


その生活を続けて1週間が過ぎた頃には、何もなかった部屋に劇的な変化が生じたのだ。元々家具は冷蔵庫と洗濯機とPCとテレビとベッドしかなかった。しかし、今では一般の家庭にあるような机や椅子は勿論、フィギュア用の保管棚や漫画やライトノベル用の書棚、据え置きタイプのゲーム機があり、壁一面にはポスターが敷き詰められていた。寂しかったベッドの上には『妹無双』のメインヒロイン『前川 蛍(まえかわ ほたる)』の抱き枕が笑顔で横たわっていた。


そして、変わったのは部屋の模様だけではなかったのだ。以前のマリアの部屋着は黒のシャツと黒のジャージのような、かなり質素な服装だったのだが、今では、黒がメインで白のレースが入ったゴスロリな洋服を着ていて、黒い大きなマントを羽織っていたのだ。瞳も右目だけ紅いカラーコンタクトを付けていた。


これが、沢山のアニメを観続けたマリアが出した、最もクールな服装だったのだ。


その服装になってからは、事あるごとに鏡の前に立ってはうっとりとした瞳で「かっこいい......」と、服装を自画絶賛をしていた。挙句の果てには、


「我が名は「純粋なる死神」のルシウス・ベルフェゴール! 我は深淵なる闇を司る右目「紅き漆黒の終焉眼」と死を宣告する左目「生者の行進碧眼」の持ち主なり!......最高にクールだわ...」


と、暗殺のために鍛えていた記憶力で、創作した自分自身の設定を書き綴った『闇の禁書目録』という名のA5のノート、数十ページ分を暗記して、設定になりきるところまでいったのだ。


きっと彼女は、十数年の間も押し殺していた心の奥底にある欲求を、決壊したダムが如く溢れだしたのだろう。それは、彼女が恐怖してきた『感情』というものを徐々に取り戻してきたことである......が、部屋の内装や自身の服装を変えたところで、


彼女自身の汚れた姿は変わらないのだ。


「......指令です......」


突如、ドアの前から仕事の開始の鐘が鳴った。それは彼女がオタクになろうが、中二病になろうが、殺し屋には変わりがないことの証明だった。


--------------------------------------------------------------------------------------------


真夜中の1時頃。


フランスの首都であるパリの郊外に位置する街、その路地裏でマリアとその仕事仲間のアリスが今日の標的の情報を共有していた。


「ルイーズ・デュホン、13歳。特記事項がない普通の女の子。これが写真っす」


アリスは手に持っていた標的であるルイーズの写真をマリアに手渡した。


「......若い」


その写真を見て最初に思ったことがそれだった。


「? た、確かに若いですけど」


「殺しの理由はなに?」


「!?」


マリアの質問に驚きを隠せなかったアリスは、大きく目を見開いていた。


「な、なにかしら?」


「......い、いえ、今までそんな質問をされたことがない、というか、されるとも思ったことがないっすから、殺しの理由なんて......」


「......言われてみれば確かにそうね」


確かに、マリアは今まで標的の情報は隅から隅までは聞けど、殺しに必要ではない情報は聞いたことがない。クライアントが標的を殺す理由など、聞いたとことで始末することには変わりがないのだから、聞く必要がないと勝手に脳が判断したからだ。


だが、今の質問は自然に出てしまったのだ。この若さで殺される理由を素のマリアは聞きたかったのだ。


「別に、たまにはそういう気分があるの」


思わず仕事中に素を見せてしまったマリアは、少し恥ずかしくなりながらアリスに顔を見られないように背けた。


「それで、理由はなんなの?」


「理由ですか...それについては何も知らされていませんね。ただ、情報ではかなりのお金を積まれたらしいっすよ。その子を殺すにはそれなりの理由があるってことっすね」


「......そう」


マリアはもう一度写真の女の子を見た。写真の中の彼女は元気で明るく、幸せそうに笑顔を浮かべていた。きっと、彼女にはこの先もこの笑顔をいろんな人に見せて生きていくのだろう。友達ができたり、彼氏もできるかもしれないし、家庭だって築くのかもしれない。だけど、それが今日マリア自身の手で終わってしまう。


「......」


「先輩? 顔色悪そうですけど大丈夫っすか? あれでしたら、今日は自分がメインをしましょうか?」


「......いえ、私がするわ」


ここで逃げても意味がないことはマリア自身がよく知っている。そして、逃げたとしたらどうなるかも知っている。現に今までに組織から逃げ出した連中の始末をしてきたのもマリア自身なのだから。


私はもう戻れない道にいる、そう思いながら自分を奮い立たせていた。


「それならいいっすけど、でも忘れないでくださいっすね?」


アリスはマリアの顔を覗き込みながら言った。


「......失敗は許されない」


そう言ったアリスの瞳は暗くて、深く、冷たかった。それはまるで今までの自分を見ているようだった。それに答えるようにマリアも、


「言われなくても分かっているわ」


と、以前のように静かに標的を殺すことだけを考えることにした。自分の心を殺すことなんて簡単なのだから......今までのようにするだけ......人形のように......


「それで、今回の作戦は?」


「......よかったっす。いつもの先輩に戻ったみたいっすね、安心しました」


以前のマリアに戻ったことが嬉しくなり、アリスが思わずケラケラと笑っているとそれを制すように、鋭い目つきでマリアが睨む。


「じょ、冗談じゃないっすか。戻ったと思ったらこうだもん......でも、先輩はそうでなくちゃ面白くないですよね......」


「なに?」


「いえ、なんでもありません。それじゃあ今回の作戦ですが......」


アリスから今回の作戦を聞いてから10分後、マリアは標的のいる家の屋根上に身を潜めていた。


今回は作戦といってもいいのかというぐらい単純なもので、そもそも今回は標的たちに殺されるという認識がない以上、セキュリティーもほとんど皆無なのだ。それに暗殺の日を今夜に選んだのも、両親ともに泊まり込みの残業にさせるように、組織から根回しをさせているために、家には標的とその兄しかいないためだ。その兄の方も滅多なことでは起きないことはリサーチ済みだという。


だから、手順としては二階にある標的の寝室にそのまま忍び込み、腰に携えたナイフで刺す。今までの殺しの中では非常に楽な部類だ。


「......今まで通りに」


殺戮人形はナイフに触れて心を落ち着かせていた。


このままここで待機して、アリスの合図が出したら部屋に侵入して、ナイフ(こいつ)で刺す......いつも通りに......


暫くの沈黙の時が流れていたが、アリスがマリアの位置に一瞬だけライトを照らした瞬間に、マリアは動いた。


標的の寝室の窓を工具を使い静かに開けて忍び込む。その後、足音一つ立たせなずに、静かに標的の傍まで近寄り、腰に下ろしたナイフを手に取った。そして、ナイフを振り上げて、下ろっ......


「......下ろすだけ、なんだ。下ろす、だけ......」


殺戮人形は無表情のまま、瞳も冷たいままだったが......泣いていた。静かに、涙だけを流していたのだ。


あとは振り上げたナイフを標的に振り下ろすだけの簡単な作業。ほんの一振りで仕事が終わり、帰られるのだ......だが、その一振りでようやく戻りかけていた人の心を断ってしまうことにもなるのだ。今までは、最初から人を殺すことに何も感じなかったが、今は少しだけど感情がある状態で人を殺すのだ。その二つにさほど差はないのかもしれない。でも、確かに差はあるのだ。それが人間と人形の差なのかもしれない。そう思ったマリアは、振り下ろすことに躊躇ったのだ。


そして、その躊躇いはその標的の偶然に起こった奇跡をものにしたのだ。


「......あんた、誰?」


「!?」


マリアは不意に聞こえた声に気が動転してしまい、普段なら現場を見られた場合は速やかに発見者を始末するのだが、今のマリアにはそれが出来ないほどに思考回路がショートしていた。そして、その発見者はマリアがナイフを持って標的を殺そうとしているのを見て、咄嗟に部屋にあった椅子を持ってマリアに突進してきたのだ。


マリアはその突進を軽々と避けて、標的にもう一度向き直すと、そこには標的を命懸けで守ろうとする兄の姿が映っていた。眠っている妹を守る兄......それはまるで、


「......十六夜様......」


兄の真っすぐな瞳から目を逸らすように視線を逸らした。そして、その視線の先に窓ガラスがあり、そこに映っていたのは『しにわら』の1話に出てきた黒服の姿だった......





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