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山田家は裏社会?  作者: 佐藤真矢
18/19

1-15-ex 殺戮人形(前編)

「......買ってしまった......」


仕事を終えて、フランスから帰国したマリアは、必要最低限の家具しかない部屋の中心で『しにわら』、正式名称は『死神が笑う夜』というアニメのパッケージを見つめながら立ち尽くしていた。それと、ついでに『妹無双』というアニメのパッケージも横に並べていた。


マリアがレジでこの2作品を買う際も、只でさえ不穏な雰囲気を漂わせているマリアに対して怯えていた店員が、『しにわら』は別としても『妹無双』を持ってきたときには、「こちらの商品で本当にお間違いはないでしょうか?」と困惑を露わにしていた。


それほど、不釣り合いなものを買ってしまった理由としては......単に気になってしまっただけなのだ。


「死神......」


何故こんなものを......、とマリアは右手に持っていた『しにわら』を眺めていた。


やはり、マリアの本命は『しにわら』の方であり、帰路の最中も時折パッケージが入っている紙袋の中を覗いていたのだ。さながらそれは、買ったばかりのお人形で早く遊びたい女の子のようだった。しかし、マリアはそんな感情を持ったことがない。殺戮人形が仕事をこなす際は不要の感情なのだから。


だから、彼女にとっては自分でも理解し難い心情に対して、新鮮さと恐怖が入り混じった困惑を胸中に抱いていたのだ。


「妹......」


何故、こんなものを......本当に、何故だ?、とマリアは左手に持っていた『妹無双』に戸惑っていた。


『妹無双』の方は、ついででも何故それを買ったのかは、本人が一番謎に思っている。もしかしたら本能的に惹かれる点があったのだろうが、この時のマリアにはまだ知る由もなし。


マリアは『妹無双』のパッケージを取り合えず床に置き、『しにわら』の方をいつもはターゲットの情報を見る際にしか使わない、DVDレコーダーにアニメのDVDを入れて1話から再生した。


「......」


映像が始まり、冒頭から主人公である『十六夜 死希(いざよい しき)』が標的を路地裏まで追い詰めて、最終的に大きな鎌で首を切り落とすシーンが流れた。本来なら、この導入はインパクトを強く感じてもらうシーンのはずだが、このシーンを現実で見慣れたマリアからして見れば、あまり心が揺れることはなかった。


それよりもその後の場面切り替え後のシーンの方が、マリアにとっては見慣れない風景だったので、少し興味を持ちながら見ていた。


『私、九重(ここのえ) さつき。16歳! どこにでもいる普通の女子高生です』


そこに現れたのはパッケージの表紙にも出ている元気で明るい女の子だった。普通の女子高生と自称しているが、明らかに背景に移っている女の子に比べると可愛くて、華がある。性格も親しみやすく、困った人がいたら放ってはおけないようなので、登場時は登校シーンだったのだが、学校に着くまでに3人程の人助けをしていた。


「す、すごい。こんなお人好しが実際に存在しているものなのか?」


その表情と感情が豊かなさつきに、目が釘付けになっていた。


マリアの周囲には当然なことながら、こんなさつきみたいな人は存在していない。たまに、道行く人の中で、感情が顔に出ているような者を見ることはあるが、別の世界の人間だと思い、ここまで近い距離で観察しようと思ったこともない。それに、そのさつきの容姿はマリアの心に魅力的に映っており、


「......か、可愛い」


無意識にマリアはそう呟いていた。その呟きにも気づかないほど、彼女はそのアニメに夢中になっていたのだ。


そして、そんな可愛いくて性格が良すぎるのに、何故か学校では有名にはなっていないことに、マリアは少し不思議にも思っていた。


「この世界の基準はもっと高いのか?」


と、ズレた物の見方をしていたのだ。


それから、マリアは現実にいる自分よりも人間味が溢れているさつきを眺め続けていた。物語が進んでいき、さつきが学校から帰る途中に病院に寄って、とある病室に入っていった。


その間も様々な個性豊かな登場人物を見ては、「こんな子が現実にいるのか?」と疑問に思いつつも見入っていた。


『こんにちは、ミカちゃんっ。遊びに来たよ!』


さつきは病室に入りながら、持ち前の明るい挨拶をしている相手は、これまたパッケージの表紙に記載されていた物静かそうな女の子だった。


その子はベッドで静かに眠っており、さつきの挨拶にも返事をしなかったのだ。それでも、さつきは『今日はね体育があって...』『そういえば、ミカの好きな歌手がね...』など、答えるはずがないミカに対して話しかける様は、マリアにとっては理解ができなかった。


そのさつきの呼びかけに終始首を傾げながら見ていると、突如病室に黒い服を着た男達が入り込んできて、ミカを連れ出そうとしたのだ。


流石の急展開に、固唾を飲んで見守るマリア。


さつきは突然の出来事に、ミカを守りたい一心で黒服たちの手を噛んでみせたが、抵抗虚しく振りほどかれて、黒服たちの一人がサイレンサー付きのハンドガンをさつきに向けていたのだ。


「っ!! ......さつきを殺したら、絶対殺すっ」


と黒服たちへの殺気が溢れだし、もはやその場の登場人物の一人みたいになっているマリアを他所に、突然ハンドガンを持っていた黒服の手が切り取られて、銃弾の代わりに血がさつきに飛んできたのだ。


『えっ?』


「えっ?」


画面の中のさつきと画面の外のマリアが同時に声を漏らしていた。呆気に取られているうちに、黒服たちが次から次へと切り刻まれていき、やがて全員が血の海に沈んでいたのだ。そして、その中に主人公である十六夜死希が佇んでいたのだ。


そこで、アニメの1話が終わり、十六夜との邂逅シーンを見て、


「......かっこいい......」


と、マリアは少し目を輝かせていた。


マリアと十六夜。同じ人を殺すという行動なのに、どうして十六夜の殺しに心を奪われてしまったのか。片方は人を殺しても、ただの血生臭い殺人現場に変わるだけだというのに。


単にそういう絵を描写されているだけとは頭では理解しているものの、見た目上ではない、マリアと十六夜とでは『何』かが決定的に違うのだ。


その『何か』を知りたいために、マリアは1話が終わっては次の1話を流し続けていた。


ストーリーのあらすじとしては、どうやら十六夜はミカの兄であり、ミカがある日何かの組織の重要な取引現場に鉢合わせていたらしく、それを組織に知られて、車に轢かれて昏睡状態になったらしい。その組織に狙われているミカを守るため、元傭兵だった十六夜が組織の連中を殺していたという。基本的にミカの居場所を知る人間は脅すか殺していたが、さつきだけはなぜか見逃していたらしいのだ。


そのストーリーの一つ一つに、一喜一憂をしていたことにマリア自身は気付いていなかった。


幼少から親に売られ、暗殺者の道へと育てられたマリア。暗殺には必要がない心を殺すように教え込まれて、殺戮人形へと変わってしまったマリアにとって、自分の意志と感情で、人を守るために人を殺す十六夜のことが分からず、知りたいと思ってしまったのだ。


しかし、『しにわら』を観ているマリアは、まるで純粋に楽しんでテレビを観ている幼稚園児そのもので、表情は硬いにしろ瞳はキラキラと輝かせていたのだ。そこには既に殺戮人形の面影など感じられないほどに。


アニメ鑑賞を始めて7時間が過ぎた。マリアにとってはその間の時間の流れが飛んでしまったかのようだった。


「......グスッ、十六夜......なんで......っ」


マリアは幼少の頃から流したことがない涙を、大粒で流していた。目が赤く腫れて鼻水も垂れ流した。


『しにわら』の最後は、組織のボスと対峙していた十六夜とさつき、そして物語終盤で目が覚めたミカ。十六夜が傷を負いながらも、何とかボスを追い詰めたところで、ボスがさつきに銃を向けて2、3弾発砲したのだ。それを十六夜が庇い致命傷を受けたのだ。その後は、意識が朦朧となりながらも、ボスへ一矢報いて倒したのだが、十六夜もその直後にさつきとミカを見て笑みを浮かべながら亡くなったのだ。


その時のさつきと同じくらいにマリアも号泣しながら、十六夜の生きざまと自分を重ねていた。


十六夜はまさに自分のやりたいこと、守りたいものを守るために人を殺めていた。それは、確かマリアと同じ犯罪者には変わりない。だが、根本的なところが大きく違っていて、その部分は決定的なまでにマリアと十六夜を隔離した。


同じ殺人鬼でも、マリアは十六夜みたいにはなれない。アニメが終わってから暫くの間、感動の余韻と自分の惨めさに嗚咽が止まなかった。




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