1-11 我が同士よ!
楓さんと話し始めて30分ぐらい経ち、用件を済ませた楓さんは部屋を出ていき、それと入れ替わるように縁ちゃんとマリーが部屋に入って来た。
マリーさんは後ろ手にして顔をうつ伏せにしいていたので、顔色がわからず、雪丸への怒りが収まったかもわからない。
縁ちゃんはというと、少し可愛い困り顔をしていて、どうやら自分に相談があるように見える。
2人とも楓さんのように自然に、自分のベッドに並んで座った。
おかしくない? 自分のベッドは応接室にあるソファー感覚なの?
そして、無言でいる2人に対して自分が我慢できずに話しかけた。
「えっと、無言でいられると気まずいんだけど......」
只でさえ楓さんにマリーの事について聞かされた直後なのに、余計に気疲れしてしまう。
こんなにシリアスな雰囲気ってことは、マリーは縁ちゃんに話したのか?それで、手に負えない縁ちゃんは自分のところに相談しに来たんだな。なんて、可愛らしい妹なんだ。
自分はそう踏んで、言い出しやすい雰囲気を作るために、
「あ、朝の味噌汁の味がいいんだから、そんなに硬くならないで」
「......?」
2人とも自分が急に意味のわからないことを言い出してキョトンとしている。
それを見て恥ずかしくなったが、後には引けない。羞恥心を振り切って、自分は畳み掛けるように言った。
「いい出汁味わって言い出しやすい......なんちゃって」
「......」
......何をやってるんだ自分は、死にたい。
いくら雰囲気作りとはいえ、こんなことを口走ってしまうなんて、これじゃあまるで、おっさんじゃないか。
そんな自分に、縁ちゃんはゾクゾクするような冷ややかな目線と、マリーさんは何故か頬を膨らませ、潤目になっていた。
縁ちゃんは深いため息をつき、ようやく相談内容を話してくれた。
話してくれるようになったんだ。結果オーライだ、自分! だから傷つくな、自分!
「私の中の『兄さんのクソつまらない迷言』のトップ7位に入ったセリフは置いといて、少し相談、というより謝罪も兼ねた報告をしたくて」
「話の前に、その初めて聞いたランキングについて教えて欲しいです......あと、女の子がクソなんて言ったらダメですよ」
自分の知らぬ間になんて恐ろしい格付けをしていたんだ。今ので7位ってことは、今の自分でも最悪なギャグを超えるつまらないセリフがあと6個もあるってことなの!? かなり気になる。
「まずはごめんなさい」
縁ちゃんは自分の質問には全く聞く耳持たずに、突然謝罪してきたのだ。
「えっと、縁ちゃんのことは全て許す所存の兄なので、それよりさっきの、」
「マリーさんがお風呂を出てから、私の部屋に連れて行ったのですが」
2連続スルー。兄は悲しいですっ。
「その時、マリーさんの様子が喧嘩する前の大人しいマリーさんに戻っていて、またあの時みたいに素を出してもらいたくて」
縁ちゃんは言い出しにくそうにしていた。マリーはというと、モジモジしながら相変わらず後ろ手にしていた。何か隠しているように見える。
「それで思い出したの。喧嘩している時のマリーさんは昔の誰かと同じようなことを言っていたことを」
「......ん?」
自分は縁ちゃんが自首する前に全てが繋がってしまった。今の縁ちゃんの発言。マリーの朝の言動。そして、マリーがずっと後ろで何かを隠している様子。
そして、縁ちゃんは少し前かがみになりつつ、短くて真っ直ぐな黒髪を垂らしながら、両手の指先同士をくっつけて、対自分用の上位兵器の上目遣いポーズで言い放った。
「兄さんのノート、見せちゃった♡」
しかも片目ウィンクと、舌のちょい出しのオプション付きだ。
「ぐはっ!」
ダメだこの可愛さは、楓さんの頭なんかより、なんとかしないといけないっ。いずれ、この愛嬌力を巡って各国が争い、世界大戦が起こり得る可能性がなきにしもあらず。
流石に今回は個人情報が云々で縁ちゃんに叱りつけようと思ったが、その意思は上位兵器によって跡形もなく散り散りにされた。
「はぁ、はぁ、縁ちゃん、はぁはぁ、今後気をつけてね...はぁはぁ」
これをデレデレなのを抑えながら話している自分に、流石に我ながら引いたしまった。
縁ちゃんなんて、冷たい目線を通り越して、哀れな生き物に向ける目線へ進化していた。いや、退化していたが正しい。でも、これの原因は縁ちゃんなんだよ?とは言わないよ、絶対。
「いや! というよりも、そのノートいつになったら返してくれるの!?」
と自分は思わず叫んだ。
自分のノートを当たり前のように管理する縁ちゃんに慣れ始めている。これは意識改革しないと、いつになっても、あの忌々しい黒歴史の情報漏洩に怯える日々が続いてしまう!
「丁度いい、この際ここで返しもらおうか」
自分は黒塗りにされたそれを持っているマリーに近づいて、返してもらうことにした。
マリーなら縁ちゃんと違い、揺すったりしないと信じている!だから、すぐに返してくれるだろう。
「マリー。そのノートは自分のなんだ。あまり人に見せたくないものだから返してくれないか?」
そして、明日の早朝にゴミ出しと一緒に捨てに行こう。
「マリー?......じゃなくてっ、兄さん、ダメなの。というよりも、私がここに来た用件がそのことなの。
縁ちゃんはバツが悪そうにして、マリーの方を向いた。
自分は縁ちゃんの意図を汲めず、縁ちゃんと同じように俯いてるいるマリーを見ていた。すると、
「......フフフッ」
可笑しいことは何もないのに静かに笑いだした。そして、
「フフフ...フフフッ...フハハハハハッ!!!!」
「!」
突如、まるで悪役の三段階高笑いと同じように、室内を声高らかに響かせるマリーに驚いた自分と、『やっぱり...』と言わんばかりに展開が読んでいて、疲れた顔をしている縁ちゃん。
マリーは自分たちの事は構わずに続けて話しだした。
「我が名は「純粋なる死神」のルシウス・ベルフェゴール! 我は深淵なる闇を司る右目「紅き漆黒の終焉眼」と死を宣告する左目「生者の行進碧眼」の持ち主なり! まさかここにいたとはな、我の同士となりうる存在......特異点がな!」
「と、特異点?」
なんだこの光景、見たことあるぞ......具体的に言えば中学生の頃に、自身の部屋の等身大鏡にそれが映っていた気がする。
「なるほど、どうやら魔戒牢獄の十傑の奴らに記憶を奪われたようだな」
「なっ!!!!」
魔戒牢獄とは、規律を乱した特異体質の持ち主を捕縛する施設であり、その看守が十傑と呼ばれ、表向きは市民のために動いていて信頼を寄せられているが、裏では悪の権化である近代邪神ハーデスに忠実なる部下である。
引用、紅瑠栖雷炎の禁断書より。
「だが、心配ない!我の能力を持ってすれば、すぐに本当の貴様を思いださせてやる紅瑠栖よ」
マリーは自分のベッドの上を仁王立ちし、朝食の時と同じく、右手で自分の右目を覆い、左手は右肘を支えていた。先程シャワー浴びていたせいか、仄かにいい匂いが室内に漂わせたが、今の自分にはそれを感じる余裕がない。
「ギャーーー!!!!やめてれぇぇえええ!!!」
精神ゲージが膨大に減っていて、羞恥で悶え苦しんでいた。
「そのノートを見るな! そのノートの内容を話すな! その名で呼ぶなぁぁああ!!」
室内を凄い勢いで転がり回っていた。
「おっと、すまない」
自分の心からの叫びが届いたのか、マリーはクールに笑い、ノートを縁ちゃんに渡した。
いや、持ち主は自分なんだけど......
「まぁでも、このままノート内容を聞かされることに比べたら、まだマシか。やめてくれてありがとう」
と、安心して立ち上がろうとした時。
「いつ奴らに聞かれるか分からないからな。安易に口に出さない方がいいということか。その点、一般人の縁に渡しておけば安心だな」
自分の感謝を返してくれ。
「そうだな......以後この禁断書のことを話す際は合言葉を決めておこう......クルシュフェルにフレアデスと答える......カッコいい」
「それは確か、兄さんの真のトゥルーネームの苗字と名前ですね」
「......(パタリッ)」
自分は無気力に倒れた。そして、その後の記憶がなくなったのだった。
「ひゃっ!な、なんで倒れるの?まだかっこいい展開があったのに、続きができなくなるじゃない」
「兄さん......流石に申し訳ないですね。後でおやつを作ってあげるので、それで許してください」
「あっ、それ手伝うわ! あっ違った...コホンッ、我の力を貸してやろう、クククッ」
「素のマリーさんに戻ってくれたのはいいけど、これは兄さんにとって地獄になってしまいますね」
「もう行くの? 勇、後でまたやるわよ!あの
ノートのおかげで新たな敵が召喚されそうだわ!」
自分を1人残し、縁ちゃんとマリーらの2人は部屋を去って行った。
ーーーー泣きたい...