第二話 自分のできることは
(まず一体何ができるのか)
何ができるかを調べる。とは言ってもだ、今の自分の体は樹。こんな大樹の体で何かできることがあるのか正直疑問だ。だいたいこの大きさで何かしようとしたら大災害ではないだろうか。放射能怪獣とか、どっかの星雲の光の巨人とか、実在すればちょっと歩いて体を動かすだけで被害甚大だ。地面やら山やら建物やら。まあこの大樹のある場所は荒涼としてなにも存在していない大地、荒野のようなところなのでちょっと暴れたところで問題なさそうではあるが。
(うーん? まあ、そもそも樹だから動けないよな……でも、まあそもそも呼吸はしてるんだよな? 二酸化炭素を吸って酸素を出す、ってのも光合成でしてるわけだけど、呼吸をしていないわけでもないし。ってことは生命活動的な諸々の動作はしていると……いや、気にするところはそこじゃない。行動として何かできないかだ。動くとか、歩くとか……樹に足がついているわけないよなあ)
普通の樹に足がついているはずもない。この樹が普通の樹かどうかは大いに疑問ではあるのだが。
(でも、まあ、他にできることは? こういう場合……あれだ、ファンタジー的な内容で考えよう。樹の怪物やら化け物やら妖怪やら。えっと……ゲーム、とかで樹の怪物は何をしてくるか? よくあるとすれば、枝や根っこで攻撃とか)
そういうことなので根っこや枝を動かそうとしてみる。しかし、当然ながら動くことはない。根っこが動かせるのならば歩くこともできると思うのだが。枝も動かせる様子はない。一応視界は確保しているのでそれがわかる。自分で自分を見ると言うのも奇妙な感じだが……いや、いつのまにか自分の体が大樹であることに違和感を感じていない。まあ記憶もないし仕方がないのか?
(無理かー。じゃあ…………顔、話とかできるかね?)
顔を作ってみる。といっても、精巧なイメージとか浮かべづらい……ので、例のゲームの一面ボスのあれを思い浮かべる。黒い三つの丸。それくらいでいいのならなんとか……できるかと思っていろいろ考えて、やろうとして、とりあえずできた。三つの穴が樹の表面に空いた。これはつまり、ある程度この大樹に対する干渉が可能ということである。まあ樹に穴をあける程度くらいなものだろうか。あんまり深く穴を開けることはできない……なんというか、内部構造をちょっと弄る程度? よくある樹の洞みたいな感じになっただけだ。目や口のつもりで作ったのだが、それらの機能は持たなかった。つまり話したりはできない。耳がないので何か言うことができていたとしても聞こえていないだけなのかもしれないが。
(んー、じゃあ……えっと、果実を落とす? あれだと林檎だけど、そもそもこの大樹って何の樹だ?)
屋久杉みたいなものだろうか。屋久杉よく知らないけど。葉っぱを見る限り針葉樹林ではない。広葉樹の類に見える。まあ、そもそもでかすぎて何の樹かわからない。しかし、果実を落とすと言ってもまずその果実が必要だ。一般的に果実は種子を内包するもの、つまりは繁殖のための物だ。そして果実を作るにはどうするかっていうと、花を受粉させる必要がある。受粉の仕組みはあまり詳しくないのだが、自分だけで受粉できない場合……仮に受粉させるのに別の樹が必要なら無理だな。そもそも花の一つも咲いていないのだが……って、あれ?
(なんか枝の先に果実ができてる!)
さっきまではなかった。もしかして、この樹は果実を作ろうと思えば作れるのだろうか。
(えっと、この果実を……相手のゴールに! って、それは違うってあれー!?)
シュート! と言いいかけてやめたところで果実が飛んでいった。本気で飛ばすつもりではなくネタで言ったのだが。いや、言葉にはなってないが。枝を振るって飛ばすわけでもなく、果実がぴょーんと飛んでいった。別に飛ばす気はなかったのだが。べしゃっと地面に落ちて終わっている。
(え? これだけ? いや、まあこれ以上何かあっても仕方ないんだけど……本当にただ果実を落としてるだけじゃん?)
特に何かがあるわけでもない。まあ何かあっても困る。しかし、これがどの程度できるのか……例えばどこまで飛ばせるのか、いくつ飛ばせるのか。それくらいは試してもいいだろうか。
(新しい果実よー。えいっ! って、言う前に飛ばすなよー……なんかちょっと考えるだけで勝手になる感じ? あれだ、大樹の体を手に入れたばかりで慣れてない感じなのかねえ。もう一回、もう一回…………三つ目! おー、結構飛ぶなあ……四つ目! お? えっと、四つ目ー……四つ目ー……だめだ、四つ目が出ない。大樹のどっかに生えてきたりは……してないなー。ってことは三つまでか?)
三つしか作れない果実に何の意味があるのだろう……まさか一生に三つまでとか? それだとかなりもったいないことをしている可能性も!? はあ……まあ、一日三つとか、一週間に三つとか、一ヶ月に三つとか、一年に三つとか、そういう可能性も……だめだ、マイナス方面に考えるとちょっと考えすぎそうだ。こういう時は寝て時間を過ごすに限る。睡眠は心機一転に繋がるのだから。
(………………………………………………眠れない!!)
樹に睡眠がいるのだろうか。まあ、まだ日が沈んでないから眠れないだけなのかもしれないが……まあいいや。ぼーっと、ぼーっとしているだけの時間を作ろう。せめて何かあれば、何かいれば、ちょっとは退屈をしのげる可能性もあるのかもしれないが。
夜。大樹に宿った意志は眠ることができないでいる。どうにかして気がつけば時間が過ぎ差っていたようにできないか、催眠術的なやり方を試しながら遊んで暇をつぶしている。樹々であるため体の力を抜くと言う催眠方法を試みることもできず、本当に意識だけでやれることしかできない。そんな風に意識を自分自身、思考方面に向けていることもあり、周辺の変化に気づくことがかなかった。
大樹の落とした果実。その果実は高所から地面に落下したことで砕け散った。それだけならば変なことではないだろう。しかし、その果実は時間の経過とともに形を失い溶けていく。一般的な食物ならば腐ったと考えることができるかもしれないが、それは腐敗とはまた違っており、そもそも腐敗するにしても早すぎる。
果実は液体のようになっていた。どろりと溶けて崩れていく。ただしそれは主に果肉の部分で起きている現象である。皮の部分はざらりとした粒状になっていた。それも、様々な形や大きさの粒に。もしその粒状の物質を見ていた植物に詳しいものがいれば、それのことを『種』だと答えただろう。
大樹の落とした果実は豊富な栄養源となる果肉が溶けて地面へと染み込み、その栄養源の染み込んだ地面に皮が変化して種子となったものが落ちる。その結果何が起きるのか? それは次の日、大樹に宿った意志が日が昇り明るくなった大地を確認したとき、はっきりとわかるだろう。