後悔先に立たず 3
「おい、待てって!」
亡者の波をかき分けながら走る。
誰のものかも分からない血が体のいたるところにつくけれど、気にしてはいられない。
やっとの思いでそれを切り抜けたところで、蒼が私の手を掴んだ。
「離してよっ」
「ダメだ。もしそれが本当のことだとしたら、お前を行かせるわけにはいかない」
私と真逆に、ただひたすらに静かに落とされる蒼の言葉に、だんだんと冷静になっていく。
周りの音がひどく遠く聞こえて、立っているはずの足が自分のものではないかのように覚束ない。
「な、んで……」
「お前の父さんがそう言ってる」
「信じられないなら自分で読んでみろ」と蒼が父からの手紙を私に差し出す。
その手にもべったりと血がついていて、一瞬ギョっとしてしまった。
「それならさっき読んだ——」
「いいから」
有無を言わさぬ瞳に圧されて、渋々手紙を受け取る。
カサカサと乾いた音を立てながら開かれたそれには、先ほどと同じ「ここに長くいてはいけない。そこから——」という文言の後に、紙の隅。「ここで近親者に会ってはいけない。消されてしまうから」とよくよく見なければ気づかない程の小さな文字が書かれていた。
「分かっただろ。お前を行かせるわけにはいかない。道を聞くなら、俺が行く」
「……なら、声を聞くだけでいい。話せなくても、姿を見られなくてもいいから、だから——」
「それでもダメだ」
私の顔を見て、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言葉を落としていく蒼に、言いようのない感情が湧き上がる。
何も言えなくなって俯くと、いつの間にか溜まっていたらしい涙が地面に落ちた。
「お、おい、泣くなって」
慌てて涙を拭おうと伸びてくる蒼の手を払いのけて、必死に自分の思いを口にする。
「ずっと、会いたかったの。子供の頃からお父さんはお母さんの話の中にしかいなかった。
学校の先生や周りの人たちは見えなくてもそばにいるって言ってたけど、ずっと、一目でいいから会ってみたかったの。だけどそれは無理だって、叶わないことだからって諦めてきた。でも、今なら会える。この時を逃したら、きっともう二度と会えない……」
「分かるけど……」
そう言って、再び私の涙を拭おうと蒼が手を伸ばしてくる。
今度はその手を振り払うことはしない。その仕草がきっかけで燃え上がった、怒りにも似た気持ちをコントロールしようとすることで精一杯だったからだ。
「蒼に何が分かるの? 小さい頃から私の欲しいものを全部持ってた蒼に、私の気持ちなんて分かるはずないよ……」
自分でもどうしようもない事を言っていると分かっているから、言葉を紡ぐ力が弱くなっていく。
「俺じゃ、ダメなのかよ」
何滴目かわからない涙がまたひとつ落ちそうになった時、蒼の香りが私を包んだ。
「俺が、お前の父さんの分もお前の傍にいる。それじゃ、ダメなのかよ」
お互いの心臓の音が、聞こえるほどに近い。その距離で同じ問いを繰り返される。
緊張と驚きで涙が止まり、同時に今までのことが思い出された。片親だとクラスの男子にバカにされた時も、夕方に母がいない寂しさで泣いた時も。
いつも蒼が一緒にいてくれたのだ。他の誰でもない、蒼が。
「会わせてやりたいけど、できない。でも、俺がこれからもずっと傍にいるから」
ひどく強いその言葉に、蒼の服に額をつけたまま頷く。それを合図にして、蒼が私から離れた。
「行ってくる」
「うん、ここで待ってる」
何かを決意した顔で歩いていく蒼の背中が、ほんの少しだけ頼もしく見えた。
遅くなりすみません。
今回は蒼と梓の恋愛チックな話を書いたつもりです。
どうでしたでしょうか。
最近私自身恋をしていないので、あまりキュンキュンはしていただけないかもしれませんが、少しでも二人の絆を感じていただけたら幸いです。
これからも更新速度は遅いと思いますが、お付き合い頂けたら嬉しいです。
PS・先日拍手というものを設置してみました。
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