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偽りのかなしきみ  作者: 睡蓮 朱華
後悔先に立たず
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後悔先に立たず

 再び目を覚ました時、最初に目に入ったのはあの黒狐こくこの胡散臭い顔だった。

 記憶を見る前と同じ上品ぶった笑みが、どことなく勝ち誇ったように見えるのは私の受け取り方の問題だろうか。



「ああ、やっと目を覚ましましたね。随分と戻ってくるのが遅かったので、心配していたんですよ」

「おかげさまで、ゆっくりじっくり見てきましたから」



 多少嫌味な言い方になってしまったが、そこは大目に見て欲しい。目を覚まして最初に見たのが今一番会いたくない奴の顔だったら、気分が沈みもするだろう。

 不機嫌さを隠そうともしない私を見て、何を思ったのか黒狐はますます笑みを深くした。



「そんなに不機嫌そうな顔をしていては、せっかくの可愛い顔がだいなしですよ」

生憎あいにくですけど、もともと大した顔じゃないので」

「では、そういうことにしておきましょう」



 いちいち神経を逆なでしてくるその言い方にいっそ感心すらしてしまう。

 今まで会話をしたのは一時間にも満たないはずなのに、溜まったストレスが半端じゃない。

 妖と人間だからなのかわからないけれど、黒狐と私は相性が悪いようだ。



「しかし、そこまでじっくりと見たなら分かったでしょう? あずささん、貴女あなたが私の花嫁になるのは、約束であり、契約なのですよ」

「あんな小さい頃にしたものなんて、無効です! あんな、あんな詐欺まがいのこと……」



 いくら契約の事実を知ったからと言って、「はいそうですか」と嫁になるわけにはいかない。しかも相手は人間ですらないのだ。



「そう言っても、契約の対価は払っていただかないと……。無償で誰かの命を助けるほど、私も優しくはないですからね」

「あの時は言葉の意味がわかってなかったんです。そんなの詐欺と同じじゃないですか!」

「いいえ、私は貴女に確認したはずですよ。……しかし、そうですね。そんなに言うならもう一度だけ選択の機会を差し上げましょうか」



 ふと思いついたように、黒狐が視線を上げる。

 表情と言葉こそ優しげだったけれど。そう、本当に優しげで……。思わずゾッとしてしまった。

 さっきまでのこの妖が、決して好きだったわけではない。でもその方がずっとマシだと思ってしまうほど、不気味な表情だった。



「あの時の契約を、無かったことにしましょうか」

「できるんですか!?」

「ええ、できますよ」

「なら……!」

「その代わり、私があの時蒼あおいさんを助けた事実は無くなります」



 そう言って、私の目をじっと見つめる。「それが意味するものがなんなのか、分からないわけではないだろう」とでも言うように。

 そして、私にはその意味が分かってしまった。



「契約を無しにした場合……蒼が死ぬということですか」

「断定はできませんが、あの後誰も通りかからなかったのならば、その可能性は高いでしょうね」

「そ、んなの……」



 言葉に詰まる私を見て、黒狐の笑みがさらに深くなる。それは、物事が自分の思い通りになることを確信した、余裕の表情だった。

 蒼の命か、黒狐との婚姻か。道は二つに一つ。

 たとえ結婚をしても、私は死ぬわけではない。確かに、しなくて済むなら諸手もろてを挙げてそうするだろう。しかし、自分の保身のために大切な幼馴染を犠牲にするなんてことは、私にはできなかった。



「さあ、どうしますか?私はどちらでも構いませんよ」

「……分かりました。あなたと——」

「ふざけんな。妖の嫁になんて、させるわけないだろ」



『結婚します』と続くはずだった言葉が、唐突にさえぎられる。

声の方を見ると、少し離れた位置に険しい顔をした蒼が立っているのが見えた。黒狐のことをまっすぐに睨みつけていて、ひどく怒っているのが分かる。



「あ、蒼!いつ起きた——」

「そんなのいいだろ、逃げるぞ」



 驚く私の声かけも無視し、蒼が強く私の手を引く。音を立てて障子を開けると、苔と透き通った白縹しろはなだの色をした小石で出来た美しい庭があった。目の端に、生垣につけられた木戸がちらりと映る。

 完璧に整えられた枯山水に足を踏み入れようとした時、後ろに控えていた一人が何かを呟いた。それと同時に一陣の風が吹き、私の頰に熱い線が走る。一歩遅れて、鋭い風が自分の頰を切り裂いたのだと分かった。

 舌打ちの後再び聞こえた呟きに振り向き身構えると、黒狐がその妖を手で制止しているという光景が視界に飛び込んできた。ならば、と腰を浮かせたもう一人の妖も、黒狐の制止に従いその場に留まる。

 私を嫁にすると言って攫ってくるくせに、追いかけては来ないらしい。何がしたいのかはわからないが、今の私たちにとっては好都合だ。

 ジャクジャクと音を立てて木戸までたどり着くと、なかなか扉を開けない蒼に代わって手に手をかける。



「梓! 開けるな、そこは……!」



 蒼がそう叫ぶのと、私が木戸を開けるのはほとんど同時だった。



                         ○



前回の投稿から五ヶ月以上も空いてしまいました。すみません。

毎日書いてはいるのですが、なかなかどうして、進まなくて…。


遅くはなりますが、必ず投稿はしますのでこれからも読んでいただけると幸いです。


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