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偽りのかなしきみ  作者: 睡蓮 朱華
約束事は熟考してから
3/13

約束事は熟考してから 3

 楽しい時間はあっという間で、松本(まつもと)に戻り買い食いをしてウィンドウショッピングをする内に、気づけばもう夕方だ。



「そろそろ公園行く?」

「ああ、そうだな」



 そう言って道を曲がった蒼の後に続く。

 松本と言えど、道を一本曲がるだけで、大通りの賑やかさが嘘のように静かになる。そんな道の途中にある公園だから、当然人も(まば)らだ。

 タコを象った滑り台が印象的なその公園は、どこか懐かしい感じのする場所だった。大勢の人達が集まる活気のある公園というよりは、近所の人達が幼い頃から親しむアットホームな所と言うような。



「着いたけど……。公園に何か用でもあるの?」

「公園にって言うか、な。ん、これ」

「え、何これくれるの?」



 言葉少なに渡されたのは、小さな、でも綺麗にラッピングされた箱だった。



「はあ、やっぱ忘れてたのかよ」

「え、今日何かあったっけ」



 呆れた様子で言われ、必死に思い出そうとするが全く心当たりがない。



「ごめん、全然心当たりないんだけど……」

「今日お前の誕生日だろ」



 本気で呆れた顔をして蒼が言う。深いため息のおまけ付きだ。

 でも確かに言われてみれば、今日は私の誕生日だった。自分でも覚えていなかった事を蒼が覚えていてくれたことに嬉しくなる。



「てことは、これ誕生日プレゼント?」

「気づくの遅い」

「ごめんね、忘れてたのよ」



 手にある箱を見ながら聞くと、期待とは違った反応だったからだろう。ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

 それに謝りながら、貰った箱を開ける。



「綺麗! こう言うの凄く好きなの!」



 入っていたのは、シルバーの華奢(きゃしゃ)なネックレスだった。華やかさはあまりなく、もちろん宝石などもついていないけれど、緻密(ちみつ)なデザインの雪の結晶が美しい。満面の笑みを浮かべて気持ちを伝えれば、そっぽを向いたまま「知ってる」と返された。

 その姿が母の日にプレゼントをした男子中学生と被って見えて、微笑ましい。そんなことを言えば、きっとまたデコピンをされてしまうから言わないけれど。

 その代わりに、正直な今の気持ちを伝える。



「ありがとう、蒼。最高の誕生日プレゼントだわ」



 両手で蒼の頬を掴んで目を合わせると、思っていたよりもずっと赤くなっていて、私まで照れそうになってしまう。



「……おう」

「蒼、今のはチューするべきだったでしゅ」



 そこに空気を全く読まず、ポケットから飛び出してきた狸が1匹。



「あのねぇ、ぽん太。私達はそう言う関係じゃない——」

「邪魔すんじゃねーよ、俺だってその位分かってるわ」

「あんたも何言ってんのよ」



 ぽん太のせいで、すっかり緩くなってしまった空気の中で会話を続ける。

 そして、最初に異変に気がついたのは、蒼だった。

「何だ、あれ」と言う声に振り向くと、すぐそこまで黒が迫っていた。地面だけが黒く染まっていたわけでも、雲が太陽を覆い隠していたわけでもない。純粋な、何も無い黒が目の前に迫っていたのだ。その向こうには、つい先程まで見えていたタコの滑り台も、ブランコも見えない。



「——っ! 走れっ!」



 あまりの異様さに何も出来ずにいる私の手を、蒼が強く引く。その衝撃で、私の手からネックレスが滑り落ちた。



「待って蒼、ネックレスが!」

「そんなのいつでも買ってやる、いいから早く逃げろ!」



 蒼が私の言葉に苛立ったように言葉を返し、更に強く手を引く。一瞬、その力に抵抗してしまった。

 蒼の言っている事は正しい。こんな時に命よりもネックレスを優先するなんて、馬鹿げている。でも、私はどうしても諦められなかった。



「取ってくる! 先に逃げてて!」

「は!? おい、待てよ!」



 黒の方に向かおうとする私を止めようと、蒼が手を伸ばす。その時、ついに黒が私たちを飲み込んだ。

 ネックレスが、とぷんと音を立てて黒の中に沈んでいく。それを確認したと同時に、墨を被せられたかのように視界が黒で塗りつぶされた。その異常性を確認する間もなく、不意に地面がなくなったような感覚に見舞われる。

 それは蒼も同じだったらしく、「おわっ」と言う悲鳴と、ポケットに入っていたぽん太の「キャーでしゅ!」と言う気の抜けた声が(かす)かに聞こえた。

 そして、闇が体にまとわりつくような感覚に襲われる。感触も無いのに、ジワジワと冷たい液体に飲み込まれるような、自分までその闇に溶けてしまったような嫌な感覚。

 ポケットからぽん太が浮きそうになっているのを感じて、慌ててしっかりと捕まえる。目の端に気を失っているのか、目を(つむ)った蒼の顔がチラリと見えた。

 右に、否、すでに右も左も分からなかったが、鈍く光る銀色の光が見え、それに向かって手を伸ばす。体を包む黒と同じヒンヤリとした鎖を掴むと、そのまま強い力で腕を握られ引き上げられる。



「時間です——」



 そこで意識を失った私には、腕を掴んだ〖誰か〗の言葉はそこまでしか聞こえなかった。しかしその声は、不思議と懐かしいような、聞き覚えのあるような気がした。










やっと異世界に行きました。

ここまで長かったのか、短かったのか……。

次の話で最後の言葉の主が判明します。何となく予想がつく方は、見て見ぬふりをお願いします。


今回も、読んでいただき、ありがとうございました。

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