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偽りのかなしきみ  作者: 睡蓮 朱華
約束事は熟考してから
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約束事は熟考してから

 その日は、周りの人のざわめきがやたらと大きく聞こえた。



あずさちゃんもまだ高校生なのに……。気の毒ねぇ」

「ひき逃げの犯人、まだ捕まってないんでしょう?」

「それにしても、あちらの方々は娘が死んだって言うのに顔も出さないのね。雅史(まさふみ)も、そんな家の女に引っかかるなんて……」



 ざわめきの中から聞こえてくる、上辺だけの言葉。

 この部屋の中に本気で母の死を(いた)んでいる人なんていない。聞こえてくるのは、ただの一人も葬式に顔を出さなかった母方の親族への悪口と、父への嫌味だ。

 母の葬式に訪れた人は、20畳の部屋から溢れ出るほどだったのに。広い部屋の中、私はどうしようもなく孤独だった。





 家中に響く電話の音で我に返る。

 どうやら長めの昼寝をしてしまっていたようだ。先程まで白かったはずの窓から差し込む光が、赤く染まっている。

 母の葬式の日の夢を見てしまったのは、あれから1週間程しか経っていないからだろうか。それほどまでにあの出来事は私にとって衝撃的だった。



「いけない、出なきゃ」



 そこまで考えたところで鳴り続けている電話に慌てて駆け寄る。少々乱暴に取った受話器から聞こえてきたのは、聞き慣れた幼馴染みの声だった。



「はい、真城ましろです」

「梓か? 俺だけど」

「ああ、あおい。オレオレ詐欺なら間に合ってるけど、何か用?」



 蒼は母が亡くなってからの私を支えてくれた人達の1人であり、保育園、小中高と同じ学校の幼馴染みだ。そして、私と同じ特殊な体質を持つ数少ない一人でもある。



「詐欺じゃねーよ、それよりお前明日空いてるか?」

「え?  まあ、予定はないけど……。何よ、いきなり」

「友達に映画のチケット貰ったんだよ。暇なら見に行こうぜ」



 唐突な誘いに戸惑うけれど、特に予定もないため了承する。



「いいわよ、別に。じゃあ8時に駅に集合ね」

「分かった。お前絶対遅れるなよ、8時台逃したら1時間ねーんだからな」



 釘を刺してくる蒼を「はいはい」と軽くあしらって受話器を置く。

 8時に集合と言うのは少しキツイが、私達の住んでいる市内には映画館がないし、映画館のある南松本(みなみまつもと)までは1時間以上かかる。それ位の余裕がないと困るだろう。



「さてと、明日出かけるなら今日のうちに色々と片付けなくちゃね」



 誰に言うともなしに口に出してから、タンスの上に飾ってある父の遺影の隣に母の遺影を置いた。今1度二人の顔を眺めてから、寝る前にしていた家の中の整理を再開する。

 母がいなくなった今、私1人で暮らしていくことは出来ない。幸いにも、父方の親戚が引き取ってくれると言ったため路頭に迷う心配はなくなったが、後2週間でこのアパートを出ていくことになってしまった。それまでに家の物を整理し、バイト先を見つけなくてはならない。引き取ってくれると言っても、家賃も食費も払うので実質的には今のアパートと変わらないのだ。

 今より幾分(いくぶん)か安くなるとはいえ、働かなければならない。

 まずは母の部屋の整理から始めようと、押し入れの中に仕舞われていた箱を出し、中に入っているものを取り出す。その中には、紙が日に焼けて黄色く変色した本や、幼い頃に私が書いたのであろう色とりどりの絵。そして、母お手製のカバーがかけられた日記帳が入っていた。

 人の日記帳を勝手に見るのは少し気が引けたけれど、誘惑に勝てず心の中で母に謝ってから日記帳を開く。



〖 19,,年、4月3日。

今日は梓と蒼君と一緒にクッキーを作りました。

2人ともとっても美味しそうに食べてくれて、嬉しかったわ。貴方にも見せてあげたい位笑顔でね……〗



 読み進めていく母の日記は、父に向けて書いているのだろうか。読み手に語りかけているようでまるで私にも語りかけているような錯覚に陥ってしまう。

 昔の思い出を見るのが楽しく、夢中で読んでいると気になる日のページがある事に気が付いた。



〖19,,年、5月30日。

今日は家で蒼君と遊んでいたのだけど、梓が急に外で遊びたいって言い出して近所の公園に行ったの。

ついていこうとしたら、もう8歳だからついてくるなって言われちゃってね。

そうは言ったって、8歳になっても心配なものは心配なのよ。

でも自立も大事だと思って2人で行かせたら、泥だらけになって帰ってきたのよ。全く、やんちゃで困っちゃうわ。それでね、そんなにやんちゃだとお嫁さんになれないわよって言ったら、あの子なんて言ったと思う?

蒼に貰ってもらうからいいもん!って。

蒼君もその気満々だったわ。もしかしたら、将来梓の隣にいるのは蒼君かも知れないわね。

でも、あの子がどんな人を連れてきても怒っちゃダメよ?梓に嫌われちゃうわ〗



 幼い頃の私は、どうやらとんでもない事を言っていたらしい。

「認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものは」とは誰の言葉だったか。その言葉を全力で肯定したい。誰かにバレたら黒歴史になること間違いなしだ。

 ただ、これだけなら私の黒歴史が分かっただけで特に普通の日記と変わりはない。

 問題は、この後なのだ。



〖梓ったら、よっぽど疲れたみたいで蒼君と2人でお風呂入った後すぐ寝ちゃったんだけど……。

その時に、ずっと泣きながら「行きたくない」って言ってたの。公園で何かあったのかしら〗



 この時のことを、全く覚えていないのだ。

 私は記憶力がいい方だし、たとえ覚えているのが苦手だったとしても、夢で言うほどのこと事があったのなら漠然ばくぜんとでも何かがあったと覚えていて(しか)るべきだろう。

 その時一緒にいたらしい蒼なら、(ある)いは覚えているかも知れない。

明日聞いてみようかな……。

 そこまで考えたところで、ふと時計を見るともう8時だった。



「うそ、もうこんな時間だったの? 早く寝なきゃ、明日寝坊しちゃう」



 言いながら母の遺物を箱に戻すと、台所に足を運ぶ。ちゃちゃっと出来る手抜き料理を作って、掻き込むようにして食べた。とても花の16歳とは思えない生活だと、自分でも思う。

 目的だった片付けは全く進まなかったけれど、明後日にでもまとめてやればいいだろう。

 熱々に沸かした風呂に入り、髪を乾かし、ベットに入ってお気に入りのアロマを焚くと、微睡(まどろ)みを感じる間もなく眠りに落ちて行った。





 また今日も、同じ夢を見た。

 風景を切り取ったかのような画像が、ポンポンと流れていく。写っているのは死んだように動かない男の子と、長く伸びた草。聞こえるのは、泣き叫ぶ女の子の声。

 聞き覚えのあるその声に疑問を感じたところで、私は目を覚ました。





数ある作品の中からこれを読んでいただき、ありがとうございました!

パソコンに1度打ち込んだものを、手直ししながら投稿しているので週一くらいの更新ペースになるかと思います。


厳しい意見、ご指摘や良かった点などありましたら教えていただけると幸いです。

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