フラれた俺は異世界へ
「お、俺!お前のことずっと好きだったんだ!」
渾身の一撃だった。俺にとっては。
夕日がまぶしく、普段見ている住宅街の乾いたコンクリートが赤く染まる中。
俺は今日、幼馴染である橋野美月に告白をした。
美月とは昔から家が隣同士で幼稚園のころから腐れ縁。
意識しだしたのは小学校のころだったか?いや、気づいていないだけでもっと前から美月のことが好きだったのかもしれない。
何はともあれ、俺はこの数年間溜まっていた思いをぶつけたのである。
「え…えっと…」
俺の唐突な告白に何を思い、感じたのか。美月は顔を真っ赤にしながらしばしもじもじと視線を泳がせる。
そして俺には無限にも感じたその間を引き裂くかのような笑い声を美月は上げた。
「あ、あははは!もぉ~ビックリしたよ!一瞬本気で驚いちゃったもん」
あっけらかんと笑う美月に え?何?どういう反応なのこれ… と心の中でしどろもどろ
そんな俺の様子を知ってか知らずか、美月は衝撃的なことを口にした。
「だって今日、4月1日でしょ?エイプリルフール。そういうことでしょ?」
気づいたら自分の部屋のベットで死んだ魚みたいになっていた。
とりあえず部屋に暗さから今何時だろうと思い、枕元に置いてある時計を掴む。
時計の針は深夜12時。帰ったときはまだ明るかったであるろう空はすっかり黒に染められていた。
夜は余計に心が沈む。
告白し、冗談燕返しを食らった後、はっきりと記憶にはないが俺は砕かれた心をこれ以上破損させない為ゆっくりゆっくりと帰路につき、そのままベットにダイブしたのだと思われる。
服装も昼間のままだし、荷物も散らかったままだ。
はっきりと別れに挨拶をしないまま美月と別れてしまったがスマホを覗き込んでもそれらしき着信はないので、もしかしたら俺を気遣って連絡をしていなかったのかもしれない。
それにしてもへこむ。兎に角へこむ。
たしかに美月の返事自体はっきりと断られたものじゃないし、あいまいな返事であることは確かだ。
それに普段から冗談を言い合うような仲だしエイプリルフールというタイミングであんなこと言われたら冗談だろ?みたいに受け止めてしまうのは必然… なのだろうか…。
いや、そもそもこの関係…そう、まるで親友のようなこの関係が招いた結果なのかもしれない。
そう、意識していたのは俺のほうだけで、美月はただの幼馴染であり仲のよい友達…程度の認識だったのかも……。
「はぁ…」
気の抜けた溜息しか出なかった。
そして、これからのことについて考える。
「俺の告白を気に…あいつの態度はどうなるんだろ?春休みだから少しの間は距離を取れるとしても7日からは始業式…。登校は避けたとしてもクラスは同じだし…」
ダメだ。考えれば考えるほど湧き上がるこのもやもやとした悩みが後を絶つことはなかった。
「あーやめだ、やめ!!寝よう!!」
頭を左右に振り、布団をかぶる。
こういうのは考えたってダメだ!なるようになるさ!!と自分に言い聞かせ、俺は床についた。
だが、結局睡魔が襲ってきたのはカーテンの隙間から朝日が漏れ出す時になってからだった。
◆
目が覚めたのは次の日の昼間だった。
が、ベットから起き上がろうとすると思うように体に力が入らず、ベットに倒れこむ。
視界もグルグルと渦を巻き、言い知れぬ倦怠感に襲われた。
「うぅ・・・気持ち悪ぃ・・・」
何とかベットから這い出し、ゆっくり階段を下りて1階へ。
ぐるぐる回る視界の中で確認できたのは人気のない我が家のリビングだった。
とりあえず体温計も手に取り熱を測る。
少したって電子音に気づき、体温計を見ると40度近い高熱だった。
「うぁ…。これはまずいやつ…だ…」
温度計の表示を見て精神的に来てしまったのか単に体調不良が悪化したのか・・・
突如めまいに襲われた俺はその場に崩れ去り、視界が暗闇に包まれた。
その間、夢らしきものを見た。
妙なリアルさのあるそれは、俺が異世界に旅立って冒険をするという若干幼稚な内容だった。
数々の仲間と出会い、ともに戦い、成長していく…あれ、なんかありがちのRPGっぽいな…
と、少し夢に興ざめしかけたところで目が覚めた。
目が覚めてい一番に感じたのは床の冷たさ。4月といっても日によっては肌寒くもなるもので、フローリングの床はかなり冷たい。
とりあえず、体を起こす。
ふと目に入ったのは無造作に転がっている体温計。
拾い上げるとそこには39.6度の文字。意識を失う前に測った俺の体温である。
どうやら俺は、意識を失ってここに倒れこんでいたらしい。
時計の針は18時。いまいちはっきりとは覚えていないが、俺が倒れこんだのはだいたい14時半くらいだと思うからそんなに気を失ったわけでは―
と、思いかけたが我が家のデジタル時計(年号日付記載)には4月5日の文字が!
「えぇ!?そんなに?マジか…」
どうやら俺は約3日近く気を失っていたらしい…よく生きてたな俺。
そしてその間、誰もこの家に帰ってこないとは…
ちなみに俺の家族構成は両親と1歳年下の妹が一人。
両親は共働きで家を空けることが多く、ほとんど帰ってくることはない。
そして妹は…まぁ、ぞくに言うアイドルをやっている。最近ではテレビでも見るようになったし、クラスの連中の話によると今乗りに乗っているらしい。
俺はそういう話には疎いからわからないけど…忙しいというのはよくわかる。現にこうして家に帰ってきていないのは仕事が忙しいからだろう。
最後にアイツの顔を見たのはいつだったか…
兎にも角にも両親、妹ともどもこの家を空けることが多いので基本、一人暮らし感覚である。
なので炊事洗濯等、家事全般はこなせるようになった。
そんな冷たい家庭事情を再確認したためか、結構冷静…いや、現実に冷めてしまったのか。
俺は平然と自分の部屋に戻り、とりあえず着替えを済ませた。
「さてと・・・」
現在、台所に君臨中。
洗濯機を回したりしているといつの間にか日は沈みきり、時間も夕飯時になっていたのでとりあえず夕飯作り。俺一人だけどな。
何で倒れてしまったのか、原因は定かではないが体にやさしい物を作ることにしよう。
体調的にはすこぶるいいので病院に入ってないけど一応気づかいと言うことで。
「あぁ…気づかいしてくれる人ほしい」
なんか悲しい独り言だった。
体は快調だが心は結構なダメージを受けているようだった。
夕飯をすませ、俺はのほほんとリビングでバラエティ番組を観ていた。
春休みスペシャル等、特番で持ちきりだった番組が平日どおりの内容に戻っていくのを観ると明後日にはもう学校かと倦怠感が沸いてくる。
いや、普通通りならそうでもないのだが、美月とああいうことがあった後となるとな…
「…やめよう。この話は決着つけたし。自分の中で…」
ブルーな心境を払拭しようと思い、周りを見渡すと、ふとテーブルに置いてあるペットボトルに入った炭酸飲料が目に付いた。
そこでなんとなく、俺は思った。
こうやって手をペットボトルに向けて念じるとペットボトルが飛んで-
と思った瞬間、何の気なしに向けたその手に、さっきまでテーブルにあったペットボトルが俺の手に納まっていた。
突然のことで俺は驚き、ペットボトルから手を離すとそれは床に転げ落ちた。中の飲料がシュワシュワと音を立てる。
キョトンとなりながらも、床に落ちらペットボトルを拾い上げると床に落ちた衝撃で中の炭酸がペットボトルをぎゅっと押し広げていた。
「…何だ今の」
奇妙な感覚に襲われながらも、再び試すように俺は拾い上げたペットボトルを再びテーブルの上に置く。
そしてさっき座っていたソファからさらにテーブルから距離をとり、窓際の方へ。
そこから同じように手をペットボトルの方に向け来い!と念じ途端、静止していたはずのペットボトルは勢いよく俺のほうへ飛び込んできた。
そのスピードに驚き、身をかわした直後、ペットボトルは窓に直撃し鈍い音を立てた後、床へ転げ落ちた。
「俺の意思でテーブルにあったペットボトルが動いた…」
素直な驚きと若干引いている感覚が交差する。
いや、だって今まで生きてきてこんな不思議な出来事が起きたことだってない。
つまり…目覚めた?俺何かの力に目覚めちゃったのか!?
「うぉおおお!!すげぇぇぇぇえ!!そうだ!せっかくだし美月に…」
と、言いかけたところで哀愁と残酷なまでの冷静さが俺を襲った。
美月のことは夕飯のときに決着つけたじゃないか…俺。
それに今起こった現象だって…あれだ、疲れてるんだ。今日の夕方まで原因不明の何かでぶっ倒れてたんだし。
今起こったことも幻覚とかそういうのに違いない。
「なんかそう思うと、さっき一瞬でもテンション上がってた自分が恥ずかしいな…」
羞恥心を感じながら、床に落ちたペットボトルを拾い上げ冷蔵庫に戻すと、俺はまるで現実逃避するかのように自室に戻り、布団の中に身を潜めた。
「もう寝よ…」
誰も聞いていない主張に再び哀しくなりながら、長期意識不明だったにもかかわらず普通に襲ってくる睡魔に、俺は身をゆだねるのであった。
◆
ピンポーン。
「ん…?」
家のチャイムに目が覚める。
時計を確認すると7時。普通ならチャイムがなる時間帯ではない。…いや、そんなことより今は眠い。
それに今日は春休み最終日。また明日から自動的に早起き生活がスタートするのだ。ならラスト一日くらいだらだら…いや、毎日だらだらはしていたが、誰も俺の睡眠を邪魔する資格はないはず。
ふ、客など知るか!俺は再び眠りに―
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「うるせぇええええええええええええええええええええええええええ!!!」
怒り心頭。
ベットから飛び起き、階段をものすごい音で駆け下りると俺は玄関を突き破るかの勢いで開けた。
と、そこには…
「……あの、どちらさまでしょうか…」
玄関先には黒尽くめスーツ&グラサン集団が占拠していた。ざっと数えて約20人くらい。
その異様な雰囲気にさっきまでの荒ぶる獣テンションは一瞬にして鎮火した。
鎮火し少し冷静になってからこそわかる。
なんとなく命の危機
「我々とご同行願おうか。」
「え、いや、あの…」
黒尽くめ集団の先頭に立っている女性が俺にそういった。
だが、まったく状況が飲み込めない。なんで俺この怪しい集団と同行しなきゃいけないの?どこかに埋められるか捨てられるか売られるのかするの?
「ご両親には許可は取ってあるのでご安心を。さぁ」
あのほとんど家に帰ってこない両親の許可って言われても安心できないんですけど!?
と俺の不安をよそに先頭の女性の背後から屈強な男が二人出てくると、有無を言わさず俺の両腕をがっちりホールド。さらに体を持ち上げられ、有名な宇宙人捕獲写真のような状態に。
「え、ちょっと、え?どこ、どこに連れて行かれんの俺??」
「着けばわかります」
素っ気無さ過ぎる反応に俺は講義するもその黒ずくめ集団は無反応。しかも屈強な男たちに鹵獲され身動きできない状態のまま、俺は家から引き離された。集団は手馴れた動きで家の敷地を出た途端、円陣状形態に移行。その中心部で俺はクッキョウマンにホールドされている。
お、落ち着け。こんなど派手な拉致誘拐ご近所の方々が黙っているはずがない。きっと今頃警察に連絡とかしてくれているに違いな―
と、思いかけていると、歩いて数分で集団は歩みを止めた。周りを囲まれているのでどういう状況かはいまいちできない…
は!もしや近所の方々が集団で俺の誘拐を阻止を!?近所の清掃活動に率先して参加した甲斐があったぜ!
と嬉々しながら集団の隙間から前方を覗き込む。
そこには―
近所のゴミステーション。
外壁の側面にネットがかけられた大量のゴミ袋が鎮座している。
え?なんでここでとまったの?
そんな疑問をよそに先程まで円陣形態だった集団が今度はそのゴミステーションを囲うように配置を換えた。俺はその囲いの内側に移動させられ、先程先頭にいたグラサン女性がいきなりゴミを漁りだした。
何この集団…俺なんでこんなやつらに誘拐されてんの?
自分の間抜けさに悲しくなっていると、目当てに物見つけたようで、グラサン女性はゴミの山から円柱型のゴミ箱を引っ張り出した。
それを見た瞬間、俺はたぶんあの中に押し込まれるのだろうと察した。
「ゴリ、ウホ。やりなさい」
「うすっ!」
女性の指示に俺を押さえ込んでいたクッキョウマンが俺を案の定ゴミ箱の中へ。
てかゴリとウホって…もっといい名前なかったのか…。
て!今はそんな状況じゃない!この中に入れられては目立たなくなってしまう!ここまでの移動中、叫びまくっても無反応なご近所さんからさらに気づかれにくくなってしまう!!
正直、叫んでもガン無視される時点でもう手遅れなきもするが、俺は何とかゴミ箱に入れられることを阻止しようとするが、ゴリウホタッグは協力でびくともせず、抵抗むなしく俺はゴミ箱の中に投げ込まれた。
「あああああああああああくそぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
放り込まれながら必死に叫びまくったがゴミ箱に反響して俺の声はむなしく響く。響く。響く…ん?
俺は自分の声の反響具合に違和感を感じた。そしてあたりの真っ暗具合も。
放り込まれたゴミ箱はかなり傷んでいた。蓋もついていなかったし何かで塞ぐような動作もなかったのに目の前は真っ暗で何も見えない。
まるで奈落のそこに突き落とされているような感覚。だが不思議と浮遊感や落下しているような感覚はまったくない。
「なんだこりゃ…」
縮こまっていた体を広げ、立ち上がってみる。が、どこが地で天なのか。それすらわからないので立っているいるという実感もあまりない。
「おーい。さっきのグラサンの人~。ゴリさんウホさ~ん?」
声を張り上げるが先程までの反響もなく、ただ虚空に叫んでいるような感覚でもちろん、誰の反応もない。
「どうなってるんだ…ん?なんだあれは?」
暗黒の闇の中、一点の光が指すように、白い小さな穴を俺は見つけた。
「漫画とかだと出口だ!とか叫んで駆け出すんだろうけど…いやいや、変に卑屈になってどうする。今頼れるのはあの一点のみだろうが。」
とりあえず、その白い穴に向かって歩みだした。感覚が狂っているので歩み出せているのかも謎だが、それでも歩を進めるごとにその白い穴は徐々に大きさを増しているように―あれ?
穴の直径が約15cmくらいになったところでいきなり引っ張られるような感覚に襲われる。
いや、引っ張られてる、間違いなくこの白い穴に!
「うぉおおああああ!お前は吸引力の変わらない某掃除機かよ!?」※我が家には例の掃除機はないのでいまいち吸引力がわかりません。
次第に強くなるその力に掴むところ、踏ん張り所もない俺はそのまま、穴に吸い込まれてしまった。
ぐるぐるぐると視界はまわり、暗黒の黒から今度はまぶしい光に視界が奪われると勢いよく何かに背中が衝突した。
「いってぇ!」
打った背中に手を当てる。何にぶつかったのかはわからないがただ打つつけただけのようで痺れわたるような痛みは徐々に引いていった。
と、同時に強烈な光で奪われた視界も利くようになっていた。
「ここは…」
目の前にはどこかの応接間…いや、感じ的には前、学校の清掃で入ったことのある校長室の雰囲気によく似ていた。実際俺がぶつかったであろう背後には大きな机が鎮座し、目の前には高級そうな装飾が施された革張りのソファが、これまた高級そうなテーブルを挟み、置いてあった。
「あら、ここにくるなんて珍しいわね。あいつ等少しは見込みのある候補生を見つけて来たってことかしら」
背後から聞こえた声に俺は驚き身を翻した。
そこには先程衝突した机にどっしりと構えている一人の少女の姿があった。
髪は真紅のツインテール。大きな琥珀色の瞳に小柄な体躯は少し幼さを感じさせる。だがその堂々とした物腰に威圧感すら感じさせるような美少女だ。
俺は声の主を確認したものの状況を理解できず、ぽかんとなっていた。
そんな状況を察してかいなか、少女は悪巧みをするかのような無邪気な口元でこう言った。
「ようこそ、魔法魔術学園、アルディヘルへ。」