カモミール --1--
私にはあなたに何もしてしてあげることは出来ない。
貴方の優しさが辛いの。
何もできない私が辛いの。
だからあなたとはもうお別れ。
楽しかった日々をありがとう。
いろんな思い出をありがとう。
だから最後は笑ってさようならしましょう?
この時の僕は彼女に何一つ言葉を掛けてやる事が出来なかった。
そして僕自身の気持ちも何一つ伝える事が出来ず、無言と静寂が僕ら二人の最後の世界だった。
僕に後悔する事が無かったと言えば嘘になるけれど、僕自身が彼女の気持ちを考えて行動してその結果がこの別れだとしたら僕は彼女の事を何も分かっていなかった事になる。
本当はどうするべきだったのだろうか。自分を攻め続け、そして次第に逃げていった。
一人"元彼女"をカフェに置き去り、群青色のつ空を見上げた。キラキラと輝く星を遮る雲は不自然な程に無かった。
高円寺の商店街は夕方とは思えないほど人の流れは少なく、ど真ん中を無意識に歩く僕は少し目立っていたと思う。実際は他人の事など横目で流す程度だろう。
そんな足取りで電車に乗り自室に戻った僕はカバンを捨て、思ったほど柔らかくもないベッドに飛び込む。
何も考えずずっと眠って居たい。この世界から切り離された別の場所に。
叶う事の無い願いは眠気とともに徐々に真っ暗闇へ消え去っていった。
目が覚めた理由は一つではなかった。
朝の光がまぶたを通り越して眼球を刺激した事と、携帯のアラームかコール音か判断つかない騒音によって覚醒させられた。
ぼやけた脳内を徐々に慣らし、騒音の正体を確認する。どうやら電話のようだ。
あーっと軽く声を確認して応答ボタンを押す。長年聞きなれた声の主は母親だった。
朝早くに何の用事だとか最近の調子やら卒業後の事。そんなことをベラベラと一方通行で僕はずっと頷くだけだった。
「結局あんたは東京に残るん?」
「戻るかもな、群馬に」
僕はそんなことを言い残して忙しい風を装い電話を切った。寝ぼけた頭はすっかり覚醒していた。
パソコンの電源を入れ、起動中にコーヒーを入れた。特別珍しくもないただのインスタントコーヒーだ。
啜るように味わい、冷えた体が暖まり始める。胃に流れ込んだコーヒーの温度は眠っていた内臓を起こし始めた。
PCのホーム画面。インターネットで求人広告をダラダラと流す。卒業まで暇を弄んでいる僕だけど、もう東京には住みたくないと身体的にも精神的にも訴えている。
ページを読み進めていくと地元の求人が目に止まった。駅前の小さな喫茶店で店の二階部分に空き部屋があるらしい。雰囲気も良さそうという事と社員として雇ってくれる事。詳しくは電話でとの事で、僕はすぐさま電話を入れた。
そうして僕は“元彼女”がいる東京から、狭く息苦しい東京から逃げる様に予定日を3ヶ月ほど繰り上げて地元に戻る事にした。