幸福を授けないハト
幸せになれないカラスの続編。姉視点。イメージが変わる恐れがあります。
※続編的なものをあげました。タイトルは『誰が為』こちらもよければどうぞ。
私には、妹がいた。
私たちは全く似ていない姉妹だった。濡れ羽色の髪の妹。白金色の髪の私。華奢な妹。ぽっちゃりめな私。周りから避けられる妹。周りからチヤホヤされる私。
ずっと、見ないふりをしていた。
妹が、セイラがどんな風に今まで生きてきたか私だけが知っていたのに。私は見ないふりをした。
だから、こうなってしまったの──?
ゴーン、ゴーン、ゴーン
大聖堂の荘厳な鐘が鳴る。今日は私と彼の結婚式だ。純白のレースが豊富にあしらわれた見事なドレスを着て王族の正装に身を包んだ愛しい彼とともに新しい道の一歩を踏み出す日。幸せの絶頂。
世の女の子たちは私たちの婚姻に大層な憧れを抱いているらしい。美男美女の似合いのカップルだと。まるで小説か絵画のような光景だと。
そんな風に褒めそやされるたび、私は思い出すのだ。
最後に見たセイラのひどく冷めた氷のような眼差しを。
「レイチェル? どうかしたか」
「…いえ、なんでもありませんわ」
行こう、と差し出された手をいつからか迷いなく取ることが難しくなった。その手を取るたびに脳裏に響くのだ、冷たいセイラの声が。
──私を踏み台にお姉様は幸せになるのですね、と。
そんなことはない。そういうつもりではない。必死に反論をするけれど脳内のセイラの視線が和らぐことはなかった。だってこれはどこまで行っても私の妄想であり罪悪感なのだ。この国からいなくなってしまった、いや追い出した妹にはもう二度と会えやしないからこの罪悪感も二度と癒やすことのできないものになった。
伯爵家の長女として生まれた私は、跡取りとして大事に大事に育てられてきた。それは真綿のように暖かくて穏やかな世界。苦しいことや恐ろしいものは遠ざけられ美しくて優しいものだけが私を囲んでいた。
私の世界が変わったのは、2歳の頃だった。妹が生まれたのだ。
そこからの話はとても簡単。つまるところ幼い私は両親もメイドもおもちゃも何もかもを盗られたくなくて、そのためにセイラを貶め自分は媚びを売った。そうして私の思惑にあっさりと乗った両親は私だけを可愛がってくれるようになった。
セイラの不幸が私の幸福だと本気で思っていた。
これがおかしいと言ってくれる人は誰もいなかったし、誰もが私を認め愛してくれた。だから私は気づくこともなく、セイラが苦境に落ちるたび確かな幸福を感じていたのだ。
この愚かな過ちに気がついたのは、あの日だった。
──セイラが国外追放になり、私の婚約者が正式に王太子殿下になった、あの日。
だって妹は、笑ったのだ。
きっと誰も気づいていない。みな妹を睨みつけるばかりで彼女の表情に気をやる人間なんて誰一人いなかったはず。
しかし私は見てしまった。舞台となった伯爵家の客間から颯爽とさる後ろ姿とその窓から見える外壁をさらりと乗り越えた妹を。そこに不幸の影なんて一切なかった。
妹は決して笑わない子だった。誰にでも平等に淡々と対応しそこになんの感情を見せない。社交用に口の端を歪めることはあったけれど今にして思えばあれは笑顔なんかではなかった。笑顔に見える顔をしていただけ。
そんなセイラを周りは気味悪がりだれも近づこうとしなかった。そこに私の意図がなかったとは言わない。
私はかねてより考えていたから。いずれセイラにはこの国を出て行ってもらうおうと。
そしてそのチャンスは与えられた。この上ない条件とともに。
すべては私の望む通りになった。
ただ一つ、妹が見せた顔以外は。
あの瞬間、私は理解したのだ。理解したことによりセイラは確かに私の血の繋がった妹だとわかった。あの子も私と同じ。そして私もあの子と同じだったんだ。
私が気づいてしまった事実、──それは彼女を囲んでいた鳥籠が消え去ったこと、それから自分が望んでいたものは永久の鳥籠だったことを。
ほんとうのしあわせとは、一体何を指すものだったのだろう。
愛するものに抱かれながら私は、そっと顔を蒼くした。
身内独特の共感覚を知り気づいた家族という事実。しかしそれはもう永遠に手に入らない虚像。過ちは取り返せないからこそ過ちであり、いくら罪悪に悩まされそうとも終わりはこない。そうして得た幸せとは一体なんだったのだろう──