第三話:異世界での出会い
短いですが、久しぶりの更新です。
目の前で双頭獣、キマイラ三頭があまりにもあっさりと殺される。
そんな滅多な事で見かけることの無いだろう光景を目の当たりにしてクラウンは驚きを隠せずにいた。
上級の騎士でもキマイラを瞬殺するなんてことはできないだろう。少なくとも騎士団長クラスの実力が必要のはず。
だというのに目の前の突然現れた青年はあまりにも華麗に、返り血ひとつ浴びずにあっさりとしとめてしまっていた。
黒い防具に、黒い剣。
そして使用したのは使い手がほとんどいないとされていた闇魔法。
助けてもらったと言う事実が無ければ間違いなく悪魔の使者だと思ってもおかしくは無い格好をしている。
ただ、ちらりと見えた顔は非常に整った顔立ちをしている。
青い瞳に、銀色の髪。
あまりこの国では見かけない組み合わせだが、一体どこの国の出身なのか。
不思議に思うことはたくさんある。
けれど、今のクラウンの思考ではそれらのことをまとめきれないでいた。
――――
あっさりとキマイラを葬り去ったロアはタナトスについた血を振り払い、そして騎士たちのほうへ振り返った。
最初は愕然としていた様子の騎士たちだったが、すぐに槍を納めた。
ただ、警戒を解く様子は無い。
警戒の先は、間違いなくロアである。
ある意味それは当然だと言えるし、ロアとしても何度も経験していることだ。
自分たちの手に負えないものを一瞬で殺してしまうような相手だ。化け物と何が違うだろうか。
ロアはかつて自分がドラゴンを無傷で仕留めた時の同僚の視線を思い出した。
冷め切った目線。まるで異型の魔物を相手するような態度。
あの時は苦悩したものだが、今となってはなんとも思えない。
……世界を敵に回しておいてこの程度の扱いを気にするのもどうかと思うが。
ひとまず剣を納めておく。敵意が無いことは示しておかなければならない。
何より、ロアは今はこの場のことを確認しなければならなかった。
「あの、非常に危ないところを助けていただき感謝しております」
剣を納めると一番後ろに控えていたクラウンという女性が前に出て来た。
周囲の騎士は慌てふためいて止めようとするが、一言
「エルメリアの王族として、命を助けていただいた方にお礼をしなければなりません」
と言うと騎士たちも我に返ったかのようにロアのほうを向く。
「……いえ、オレも転移させられた先で突然のことだったので。王族とは気づかず何も言わず申し訳ありません」
使う機会の無かった古代語での発言は思ったよりもたどたどしいものだ、とロアはうっすらと笑う。
それにしてもまさか本当に王族だったとは、とロアは驚きもしていた。
そして自分が異世界の人間である、ということは伏せておく。
ロアとしても確たる証拠が無いし、未だに推測の域を出無い。
「転移? 貴方はここへ転移させられてきたのですか?」
ロアが会話の中に自然に入れ込んだ「転移」という言葉にクラウンは反応する。
まだあどけなさの残る少女の顔からは本心からの驚きが見て取れる。
どう返答すべきか、ロアが迷っていると騎士達の後ろからもう一人の女性が前へと出てくる。
「クラウン様、まずは自分の名前を名乗るところからではないでしょうか。このお方は命の恩人でございます」
「本当ね、アリア。私としたことがすっかり忘れていたわ。私はクラウン=フォン=エルメリア。このエルメリア王国の第三王女です。そして、その女性が私の専属侍女のアリア。遅くなってしまい、申し訳ありません。もしよろしければ剣士様のお名前も聞かせていただけませんか?」
なるほど、自分の読みは大体あっていたようだ、とロアは自分の勘に感心する。
名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀、とロアも口を開く。
「ご丁寧にありがとうございます。オレはロア・ヴァムアスといいます。どうやら空間転移系の陣を踏んでしまったようでここがどこかも分からず困っていたのです。よろしければ詳しい話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ。エルメリアという名前に聞き覚えが無いのでしたらもしかすると別大陸から転移されたのでしょうか? ああ、そういえば空間転移の影響で記憶が曖昧になると聞いたことがありますから、深いことは聞かないほうがいいかもしれませんね」
「そう……ですね。ご配慮、感謝いたします」
普段使わない言語だったが、うまく会話が続いていること、そして深い事情を聞かれないことにロアは安心する。
侍女であるアリアからはロアに対する疑いの目線も注がれているが主人の配慮とあれば迂闊なことは言えない。
ただ、クラウンの耳元で忠告だけを発する。
「クラウン様、一旦は城に連れて帰るのがよろしいかと。今回の件の報告と恩人という名目でつれ帰り、ゴルベス様に真偽を確かめていただくべきでしょう」
侍女の提案にクラウンは納得しつつも、恩人に対して疑いの念を持つことに非礼を感じたが、概ね了解したように小さくうなずいた。
ロアも目の前で行われたやり取りに自分が疑われていることを再認識しつつ、何も言わなかった。
これ以上怪しまれるわけにはいかない。なんとか現状を把握したい。
「ロア様、転移されてお困りでしたら一度城のほうまで来られてはいかがでしょうか? 私の命の恩人です、父も歓迎されると思います。いかがでしょうか?」
王城、その言葉にロアは少し表情を歪めた。
元々王城に仕えていた騎士だが、そこで裏切られたのも事実。いい思い出のある場所ではない。
とは言うものの本心から感謝しているであろう王女、もとい少女の誘いを断る事は出来なかった。
そんな感情が未だに残っていたことに驚きつつ、ロアは承諾する。
「オレのような身分の知れない人物でもよろしいのでしたら、是非提案に乗らせていただきます。なんとしても現状を把握したいですし、そういった資料には困らなさそうだ」
言って、笑った。
久しぶりの他人からの好意に、ロアもつい顔を綻ばせてしまった。