プロローグ
以前投稿していたものの改訂版になっています。
大幅に設定が変わったところもありますが、初めて読む方も前回を知っている方も楽しんでいただければな、と思っています。
「ここまで、か」
自分を倒すために現れた追っ手の最後の一人にどうにか止めをさして、一人黒衣に身を包んだ男は大きく息を吐いた。
あたり一面には多くの人間が倒れていた――いや、死んでいた。
全て中心にたたずむ黒衣の男、ロアが命を奪った者の亡骸だった。
体には何十もの矢が突き刺さり、黒衣はズタズタで赤黒い血が体中から流れ出ている。
何時間もの間単身多数相手に戦い続けたのだ、無理も無いだろう。
何万にも及ぶ自分を倒すための討伐隊を辛うじて殲滅したものの、もはや数分と命はもたないだろう、とロアはその場にがくんと膝を落とした。
意外と痛みは感じない。それだけに生命力がなくなってしまっているのだろうか。
それとももはや痛みなど感じないような人間になってしまったのだろうか、と思ってしまう。
今回相手をした討伐隊は実に優秀だった。
特に指揮をしていた数名の騎士は本当に強かった。敵はいないといわれたロアですらまとめて相手をするのは無理があったのだ。
世界最強、といわれた騎士もこれだけの数相手にはどうにもならないということだろう。
やはり、どうあがいても全世界を相手に一人で戦うなど、無理な話だったのだ。
そう確信して、ロアはそのまま赤黒く染まった地面に倒れこんだ。
――自分が信じた道を行って、挙句がこの様だ。
自嘲気味に笑う顔にはもう力が籠もっていない。
後悔はしていない、だからこそ残念だ。
所属していた国の王を含む重役を皆殺しにし、そして自分を追ってくる相手も全て殺した。
そんなことの繰り返しの日々だった。
左手に持った黒い刀身の愛剣、タナトスはどれほどの血を浴びたか分からない。
辛いと思ったことは無かった。ただ苦しくはあった。
それも、全て自分の信じた道を貫くためだ。
だがその結果世界中を敵に回し、幾度も討伐隊と戦い、そして全て殺した。
いつしか世界中から“死神ロア”と呼ばれるようになりこの世界が始まって以来の災厄だといわれるほどの脅威になってしまった。
過去に何度も世界の脅威から国を守ってきた騎士の面影などどこにも無いだろう。
肺にたまった最後の息を大きく吐き出して、笑う。
ここで死んだとしても、何一つ思い残すことは無い。
両親は幼いころに失い、たった一人信じた女性も今はもうこの世にいない。
世界の脅威とされたロアが死んだとして誰も困ることなど無い。むしろ災厄は終わったのだ、と誰からも喜ばれるだろう。
それならこうして死ぬのも悪くないか、とむしろ清清しい気分にまでなってきた。
これならば最初から抵抗もせずに死んでしまえばよかったのかもしれない。それだけで自分が殺した人間の数ももっと少なかっただろうに。
分かっていても、そうしてしまえば自分の信じた道を貫けない。
何より、彼女に顔向けができない、とロアは思っていたのだ。
たった一人、自分が信じた女性に顔向けができない。
彼女は優しい女性だった。
孤立したロアにも声をかけてくれ、そしていつも畏怖された英雄であった自分を気遣ってくれていた。
そんな彼女は、既にいない。
自分が国を裏切る前に殺されてしまったからだ。
国は自分を恐れ、国が犯した全ての罪を自分に擦り付けてそして彼女を殺した。
そうして、ロアは王を殺した。
王だけではない、大臣も、騎士長も、国に勤めて自分を、彼女を敵とした全てのものを殺した。
それからロアの戦いは始まった。
誰よりも強大な力を持って周りから疎まれ畏怖されていた自分とかかわったから、自分を信じたから死んでしまった彼女に報いるための戦いだった。
体の限界が近づき、目すら開けなくなったロアの脳裏に浮かぶのはそんな彼女の笑顔だけだった。
もう、終わったんだ。
そう思い、意識を手放そうとした瞬間だった。
まぶたの向こうから強い光を感じた。
最初はこれが死ぬということ、だと思ったのだが不思議に光はだんだんと強くなっていく。
まぶたを閉じていてもまぶしいと思うほど光が強くなったとき、一瞬の浮遊感を感じた。
そして、薄れていたはずの意識はだんだんと現実へと回帰していく。
浮遊感を失い、ドッと音を立てて地面に落ちたような感覚を覚えた直後にロアの意識は完全に覚醒した。