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9、泡と私



 人は、一通り感情を爆発させると、ある程度は冷静になれるようだ。


 そもそも考えてみれば、こんな体験は滅多にできない。ラッキー。

 卒論もせず何もしなくていい時間を得たと思えば良いんだという結論に達した私は、結構疲れていた。

 それに、帰れる保証はどこにもないという現実を悲観的に考えても何も良いことは何もない。

 

 どうにかなるだろうと楽観的に考えることにした私は、とりあえずここの生活を楽しもうと決めた。

 気弱王子に全責任を押し付けて、私は優雅にお城生活を楽しもう。


 しかし、そういった私の考えは水から上がって、すぐに崩される。

「ねぇ、どうして私の体から泡がでてくるの…? 」

「え? 」


 ここは水の中でないはずなのにコポコポと泡が私から出てきている。

 それどころか、指先がうっすら透き通ってきているではないか。


「ちょ、ちょ、ちょ、これって一体どういうこと、なの 」

「もしかして…。だから、禁術なの、か 」

 一人ぶつぶつと呟きだす王子。私の手や気泡に触れて難し顔をしている。

 もしかして、とてもマズイことになっているのかしら?


「異世界干渉への制限、または均衡力の作用だとしたら、このままだと… 」

 さっと顔色を変えた王子様は、噴水に対して手をかざした。

 そこは、私に対して何らかの処置をするべきなんじゃ、という抗議を飲み込んで私は王子様のすることを見つめる。

 この状況で無意味なことをするとは思えない。


 少年独特の声変わりもしていない少し高め声で歌のようなものを発すると、ぐにゃりと空間が歪み辺りはまばゆい光につつまれた。

 光が消えると、噴水は特に変わった様子もなくさっきと同じように見えた。

「とりあえず、ここに入っていて 」

「…また戻るの?」

 不満そうな表情を隠そうとしない私に対して王子様は困ったよう言う。

「言いづらいんだけど、ここに入らないとあなたは消えてしまうかもしれないんだ 」

「消えるって? そのどういう… 」


 気まずそうに言葉を濁す王子様は、何かを決したかのように私を見て腕をつかんだ。

 引きずられる私はそのまま噴水の中へ押し込まれる。

 奥の方は深いけど、まだ浅いところもあるから膝くらいしか水はなく、その冷たい感覚は気持ちよかった。

 気が付くと、私から出ていた泡は消えている。

「良かった、時間経過はこちらのままで 」


 ホッとしたようにつぶやく王子様。まったく訳が分からない。

「ねぇ、私ここから出ちゃいけないの? 」

 恐る恐る聞けば、困ったように王子様はうなずいた。


 まさに、ふざけんな!の状況である。

 さっきまで、私の思い描いていた優雅なお城生活は早くも崩れ去り、金魚のような噴水生活をよぎなくされたのだ。


「この世界は、異世界からの干渉が制限されているんだ。とくに、異世界の住人は、この世界にとって異物であり害であるとみなされるみたいで… 」

「それで、その異物であり害である私は消えそうになった、と 」

 コクリと、うなずく王子様は心底申し訳なさそうに視線を地面に落とした。


 でも、そんな態度に騙されるわけにはいかない。

 なぜならば、こいつは自分の見栄のために私を呼び出したのだ。

 こいつのわがままのために私はこの不自由な生活を強いられることとなる。

 そんなの、ぜったいに、許せるはずない。


 …ないんだけど。

 はぁ、と溜息を一つ。私の溜息にビクつく王子様。

 悲しいほど自分に自信のない王子様。その王子様が必死で禁術とされている魔法を使った。

 そこには、きっと強い思いや私なんかが分からない苦悩があるのだろう。


 ただ流されるままに学校に行ってなんとなく卒論書いて就活している私と違って、この王子様には、背負うべき国や国民とかがある。

 それは、ただの一般庶民である私にはわからない重圧や、重い責任とかがあるはずだ。

 そう考えると、なんだか可哀そうに思えてきた。

 たった15歳の子どもが抱えるには、それらはあまりにも大きすぎるだろう。

 

「いい、絶対に元の世界に戻る方法を探してね。あと、一日三食は絶対に保障して 」

「へ…? 」


「このまま水に浸り続けて、私ふやけたりしない? 」

「えっと、この噴水は空間固定しているから、あなたの時間も流れなくて、その 」

「あぁ、わかった。とりあえず大丈夫なのね、よし 」


 この噴水で生活しなければならないのはとても不便であるが、それは少しずつこの王子を使って改善していけばいいだろう。

 必要なものは揃えさせよう。あ、あと一つ聞かなきゃ。


「ねぇ、あんたと連絡取りたいときはどうすればいいの。 電話とかある? 」

「デンワ…? 連絡は、声送りがあるから 」

 そう行って王子様は、私の耳に手をかざした。一瞬、耳がボゥっとしたけど、それだけ。

「で、こうやって手を組んで、俺のこと思い浮かべれば話ができる、はず 」

「こう? そんであんたを思って 」


『きこえる?』

『きこえるよ 』


「わ!! 」

 頭の中で響く声。この声は、目の前の王子様のもののはずなのに、王子様はしゃべっていない。

 これが声送りなのか。私、初めて魔法使ったんだ!!


「すごい! 」

「そうかな…でも、声送り使えてよかった。これでいつでも俺を呼んで 」

「わかった、なんかあったら呼ぶから。いつでも来てね 」

 うなずく王子様は、どこかホッとしたように微笑む。

 始めて見る笑顔に思わず見とれてしまった私はあわてて目をそらした。


「とりあえず、短い間だろうけどよろしくね、王子様 」

「あ、はい、よろしく 」


 握る手は冷たい水と違って暖かったから、私も思わず微笑んで答えた。



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