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8、王子様と私

 それは、物語のハジマリ。

 記録された一番最初の出会い。


 世界から忘れられた記憶。




 大学4年の夏。

 就職先も決まり、学生最後の大イベントとして私は卒論に追われていた。

 雨上がりの夕方。水たまりを踏みながら、一週間後の発表について考えていた。


 浅そうな水たまりを覗き込めば、ゆらゆらと空が映っている。

 水の中の揺れる空へ踏み出す。

 そう、いつもどおりパチャンという音がして、それで私はまた次の一歩を踏み出すはずだった。

 それなのに、私は次の一歩を踏み出すこともできず、そのまま水たまりの中へ吸い込まれていった。



 体が落ちる感覚の次は、何かが体をつつんだ。息ができなくて、苦しくい。

 必死でもがいて伸ばした手は、その先で何かをつかんだ。

 これを逃してはいけない、と私はつかんだ何かを必死で握る。

 その何かも私の手を握ってくれたようで、どんどんと上へ明るい方へ引っぱられていくのがわかった。

 

 引き上げられて初めて、私は水の中をもがいてたのだと知った。

 やわらかい芝の感触。暖かい日差し。水の打つ音が聞こえる。

 私を引き上げてくれた誰かは、矢継ぎ早に声をかけてくる。


「だいじょうぶか 」「聞こえているか? 」「痛いところはないか 」

「どこからきたのか 」「ここがどこだかわかるか 」「あなたは、だれか 」


 そんな沢山しゃべられても答えようがない。

 それなのに耳障りな質問は続く。


 頭からはぽたぽたと水が滴っている。

 全身ずぶ濡れの状態で、服が張り付いて気持ちが悪い。

 なんだかよく分からないけど、最悪な状況にだんだんと怒りが込み上げてきた。

 ここのところ、卒論のせいで徹夜が続いていたのもあって、今の私は大変機嫌が悪かった。

 少なくとも、今の現状を理解しようとする思考も、このわけの分からない相手に答えるのも全てを投げ出してしまいたいと思うほど疲れていた。


「あー、もう、うるさい!! 私に聞く前に、あんたがしゃべれ!! 」

 視線で人を殺せるという勢いで睨んだ相手は、驚いたような顔をして黙った。

 よく見れば整った顔をしていた相手は、まさにおとぎ話に出てくる王子様のような外人の少年。


 「てか、その恰好はなに? 」

 そうして私は、見も知らぬ世界へと落ちたのだった。




 私を呼び出した彼は本当に王子様であり、ジークフリートと名乗った。

 実に王子らしい王子様は、金髪碧眼に整った容姿とまさに完璧。

 一つ言うならば、王子様らしい覇気というか生気が少々感じられないくらいだ。


「で? 私はどうしてこっちにきちゃったの? 世界を救うためとか、選ばれし勇者とか、竜神が選んだ巫女とか、または破滅に導く化身とか そういうのかしら 」

「…いや、その、そういうのではなくて…その 」

「もぅ、ちゃんと答えろ!! あんたには答える義務があるだろう。私を呼んだのはあんたなんでしょ? だったら、答えろこの顔だけ王子め!! 」

「 顔だけ…いや、そうなのかもしれないが… 」


 偶然の事故だった、らしい。

 彼が私を召喚したのも、別に意味なんてなかった。ただ私は無差別に選ばれただけ。

 でも、そんなのって許せるはずもない。

 だって、いきなり呼び出されて帰し方は知らないなんて無責任すぎるだろう。


「信じられない… 」

「すまない 」

 ショボンとして謝る姿は、可哀そうな小動物のようだ。

 なんとも、まぁ、覇気のない王子様。

 王子といえば俺様というのが王道。それなのにこの王子は全然違う。


 顔は整っているけど、それだけだ。

 近寄りがたい雰囲気というか、偉い人独特の気品みたいなものが感じられない。

 態度も、おどおどしてでかい図体の割に小さく感じてしまう。

 だめだ、全然だめだ。


「俺、王子っていわれているけど国を背負うとかよく分からなくて自信なくて…。魔法だけは他人よりもできるから、だからもっとも高度な、禁術っていわれてる魔法をしてみて、それで成功したら、そしたら何かが変わるかなって… 」

「そう、じゃあ、私はあんたの何かを変えるために、ここでずぶ濡れになっているのね… 」


 出会って早々、年端もいかない子どもを怒鳴りつけるなんて大人げないことをしたと後悔していた。

 でも、それはいらない後悔だった。

 まったく、全然、すがすがしいほど、いらなかった。


 むしろ、足らないくらいだろう。

 だって、どう考えたってこんなわけの分からない理由に同情する余地はない。

 怒らないで済ませることなんてできない。


 意 味 が 分 か ら な い 。


「ふざけんなーー!! 私を返せーーーー!! 」

 渾身の思いを込めて怒鳴る私に、びくっと体を震わす王子様。

 整った容姿だと、怯える姿も様になるのだなぁと、怒りながら心のどこかで納得していた私。


 それが、若干15歳の王子様と私の出会いだった。



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