3、覚悟をきめた彼女のこと
泣きながら目を覚ました。
天井にはシャンデリアが煌々と輝いており、天井には美しい細工が施されている。
明らかにいつもの私の部屋ではない。起き上がれば、手触りの良いシーツが私を包んでいた。
ここは、どこだろう。見たこともない部屋。誰もいない。
突然、兵士たちに囲まれて、それから意識がなくなってしまったんだっけ。
部屋を見渡せば、金装飾をされた高価そうなソファにテーブル、ドレッサーが並んでおり一番奥には小さな扉があった。
急いでベッドを降りて、扉へ走りドアノブに手をかける。しかし、どんなにドアノブを回しても虚しい音が響くだけで扉は開いてくれなかった。
一体、何が起こったのかわからない。部屋から出れないということは、私は監禁されているということなのだろうか。
いまいち現実感がないから困ってしまうが、私はこれからどうなるのか。
混乱しすぎて、頭は正常に回らないままよろよろと、近くのソファに座った。
なにか、と思ってポケットを探ると紙切れが一枚。これは、たしかノア様から貰った魔法陣だ。
その確かな感触に、元の世界に帰るのだという現実をつきつけられた気がして思わずため息がもれた。
嬉しいという気持ちはもちろんある。
だけど、私は本当にこの世界から消えてしまいたいのか。もうジークに会うことがなくなってもよいのだろうか。
そうやって考え出すと、どんどんと後悔のような何かが私の胸を占めだす。
このままジークと二度と会えないなんて、そんなの、
「いやだ、あいたい、よ 」
「だれに? 」
いきなり声がして振り向くと、ジークが後ろに立っていた。
何も言えず驚いている私を見てにっこりと笑い、となりに座るジーク。
どうして、ここにいるのだろう。
「びっくりしているね。だけど、君をここに入れるように指示を出したのは俺だから当たり前だと思うよ 」
そう言ってジークは手に持っていたティーセットをテーブルにおいて紅茶を入れだす。
なんだ、どういう意味だろう。それは、もしかして。
「知っていた、の 」
「うん。あのさ、ノアは俺の部下だよ。俺が知らないことなんてすると思う。あるわけがないよね 」
困ったように笑いながら、紅茶を二人分入れるジーク。
表情もしゃべり方も変わらないはずなのに、ピリピリした何かが突き刺さってくるような雰囲気はいつもと違って、冷たさを感じる。
「はい 」と、ニッコリと笑いながら紅茶を差し出すジーク。
恐る恐る受け取りながら、いつもと違う雰囲気に私はすっかり狼狽えている。
きっと、怒っているんだ。
今まで怒らせたことなんてなかったから、どうしたらいいのかわからないけど、ここは素直に謝るのが一番なのだろう。
そぉっと顔を上げれば、絶対零度の笑顔が私を見つめていた。
「その…だ、黙っていてごめんなさい 」
「うん」
ふぅ、とため息をついたジークは、真剣な表情になる。
「勝手に異世界への扉を開くのはいけないことだ。失敗したら死んでしまうくらい危険なんだ。だから、そんな危ないことはやめてほしい 」
そんなことは知っている。一番にノア様から一晩中説明と説教されて嫌というほど思い知っている。
でも、ここで諦めたらもう道がない。ポケットの魔法陣をそっと触って私は覚悟をきめる。
「でも、私、もどりたいの 」
「どうして? 」
どうして、なんて言われてもなんて答えたら良いものか。
あなたが好きだからですよ、なんて言えるはずがない。
ごくり、と唾を飲んで私はジークとしっかりと見据える。
「やっぱり、この世界は私がすむ世界ではないと思う。読み書きもできない私なんて居ても居なくても変わらない 」
「そんなことない。俺は、マナが居ないと寂しい 」
優しい言葉に悲しげな顔。そんなジークを見て、泣きそうになりながらも、駄目だと心を強く持つ。
こうやって彼の優しい態度に喜びすがって居残ったとしても、この世界に居る限り私はジークとセリナ様が寄り添う光景を見続けなくてはならない。
そんな未来で、私はこの人を恨まないとはいえない。逆恨みだとしても、強い思いは時に凶器にすらなりえる。
もしかしたら、ジークを憎んでしまう日が来るかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。ジークを憎んでしまうくらいならば、消えてしまった方がいい。
「ありがとう、嬉しい。私も、ジークと会えなくなるのは寂しいし、悲しいと思う。だけど、やっぱり私は戻りたい。 」
じっと、ジークの瞳を見つめる。私の覚悟をしっかりと分かってもらうために、私がどれだけ本気かって知ってもらうために。
「生まれた場所に帰って、家族とか友だちに会いたいの。 ジークなら、わかってくれるよね 」
必死に縋るように言う私はずるいと思う。
この言い方ならば、優しいこの人は是としか言いようがない。
しばらく考えるようにして黙っていたジークは、ポツリとつぶやく。
「その会いたい人の中に、愛しいと思う人も含まれているの? 」
「え? 」
唐突な質問に言葉を失ってしまった。
私にとっての本当に愛しい人は、この世界にいるたった一人。
その人以外に愛しいと思う人なんていない。
「…ちがうよ。それは、ちがう 」
「本当に? 」
だって、私の好きな人は、目の前にいる王子様だけ。
伝えられなくとも、それだけは揺るぎないことだ。
「うん、本当だよ 」
「そっか、わかった。…じゃあ、行くね 」
立ち上がって、ドアへと向かっていくジーク。急いで私も後を追う。
戻るために色々と準備もあるから、そろそろこの部屋から出してもらいたい。
ジークがドアノブを回せば、ドアは簡単に開いた。
さっきはびくともしなかった扉がすんなりと開くのを見て、なんだか不思議な気持ちになってしまった。
「あ、そうそう 」
開きかけの扉を背に隠して、ジークは私の方を向く。
「マナは、魔法に関する法律違反で一週間くらい謹慎だから 」
「え? 」
さらっと大事なことを言い放ったジーク。
謹慎?一週間?それって、結構困るんだけど。
「それって、どうにかならないの? 一週間は、ちょっと困るな。そんなに長い間仕事を離れるのも悪いし… 」
異世界への召喚は、6日後の新月。真っ暗闇の中で行われる。
7日も拘束されてしまっては、私の計画はまた一年も延びることになる。
「うーん…、難しいけど、そうだな、5日くらいにならできる、かも 」
「え!?本当に!!すごい、ジークお願い、5日にして!! 」
犬のようにキャンキャンと飛び跳ねる私。
そんな私の頭を撫でながらよしよしってする光景は、犬と飼い主のようだろう。
「いいけど、俺のお願いも、聞いてくれる? 」
「できる範囲ならば、がんばります!! 」
「よかった。じゃあ、5日後にお願いするね。それまでの間、毎日顔だすから 」
そう言って、扉から出て行くジーク。
その背中を見送りながら、最後の時間を思って少しだけ切なくなった。