22、傍にいて
人生って、何があるのか分からないことだらけだ、と私はつくづく思うのだ。
あの後、ジークがエンドさんに言ったことはビックリすることだった。
「俺を、ワールズに入れろ 」
当たり前の顔して、ジークは一体何を言っているんだろう。王子様から魔法使いにジョブチェンジ?それは、ちょっと無理すぎだよ、と思ったところで、さらに衝撃。
「あんたの属性、けっこうレアだから。仕方なくだけど、入れてあげてもいいわ 」
ちょっと、まって。そんなに簡単にできること、なの?
私が怪訝そうな顔をしていたからだろう、ジークが慌てたようにしゃべりだす。
「マナ、大丈夫だよ。今後の生活の全ては俺が面倒見てあげるから。マナはただ俺の傍に居ればいいから。俺だけを見て、俺のために… 」
「ストップ!!別にそんなこと彼女は気にしてないでしょう 」
エンドさん、まさにその通り!!さすがです!!
気を取り直して、私は恐る恐るエンドさんに質問する。
「えっと、そんなに簡単に魔法使いになれちゃうものなの? 」
「普通はなれないわね。才能と技術がなければワールズになんて入ることは赦されない…んだけど、残念なことにそこの愚か者にはどちらも備わってんのよ 」
王子様していたのに、魔法も完璧とかどんだけパーフェクトなわけ?意味が分からない。
私の中のジークのイメージは、意味もなく私をただ甘やかす泣き虫王子様だ。誰だ、こいつは一体誰だ!!
「マナのために、俺、けっこう頑張ったんだよ 」
嬉しそうにそう言われれば、もうそれ以上なにも追及することもできなかった。
できる人って、何させてもできるのね。
「それで、アンタの対価はなんだったの 」
「属性を1つ明け渡しただけだ 」
ジークの言葉に、目を丸くするエンドさん。対価って私の場合は元の世界での「存在」だった。じゃあ、「属性」ってなんだろう? 酷く驚いた表情でエンドさんの質問は続く。
「1つってあんた一体、何属性もってんの? 」
「彼の話だと3つ。「空間」「時間」「水」だそうだ。だから「空間」を檻の完成と同時に明け渡した。「空間」は1番使えるから渡したくなかったが、マナに比べれば大したものじゃない 」
ジークの言葉に頭を抱えるエンドさん。なんか、まずいことになったのだろうか。
そんなエンドさんを放って、ジークは私の方に向く。
「マナ、落ち着いたらすぐにでも契約しよう 」
「へ? 」
まるで決定事項だとでも言うかのように提案するジーク。目は限りなく本気の様子だ。ちょっと、近いですよ。
それにしても、契約ってなんだろう。こちらの世界でいう、結婚に近いものかな。
「そうだな…生涯契約で、聴覚と聴覚の共有とかが良いかな。そしたら、マナに近づく全てを排除できるよね。できれば、精神系のものも一つ欲しいんだけど、マナには今のままでいてほしいからなぁ…まぁ、感情の一部は前にかけたものが残っているからある程度の掌握ができるか… 」
何を言っているのかよく分からないけど、エンドさんの表情がどんどん険しいものになっていくことからあまり良いことではないみたいだ。
私としては、これからずっとジークと一緒に居られるというそれだけで、嬉しいのだけどなぁ。
「こんな気持ち悪い執着の塊で本当に良いの? 逃げるのならば、まだ間に合うわよ 」
そっと呟かれた言葉に苦笑いを返しつつ、私はジークに向き合う。
「ねぇ、ジーク。本当に、私でいいの? 」
私のその言葉に、ジークは酷く驚いた顔をして、そしてすごく不機嫌な顔になった。
「そう言って、俺が嫌だって言ったらマナはどうするの。 また、俺の元を離れていくの? 」
チクッと胸に痛い言葉。その言葉に対して、私は静かに首を横に振った。
隣ではエンドさんが舌打ちして、ジークを睨んでいるけど、まぁまぁ。
「ううん、私はジークに嫌われても疎まれても、貴方の傍を離れない。離れられないと思う。だから、諦めてねっていう確認だよ 」
願って、願い続けた奇跡なのだ。ジークに嫌われる程度で、諦められるわけない。悪いけど、私だってジークに対してかなりの執着もっているんだからね。
精一杯の笑みでジークを見つめれば、不安げに瞳が伏せられた。
「…マナこそ、俺でいいの…? 」
下唇を噛んで、何かに葛藤している様子のジーク。その次の言葉が聞きたくて、私はただ相槌を打つだけ。
「もう、王子でもない。…俺は、世界から忘れ去られた、何も持たない、ただのジークだ 」
「そうだね。…でもね、ジークは、私にとってたった一人の王子様だから、だから何も変わらないよ 」
私はこれから先、ずっとこうやって伝え続けるのだろう。
何回も何回も、喪失という恐怖に不安で泣きそうなジークの傍で伝え続ける。
「貴方は、ずっと、私の大好きな人 」
それが、今までの私の行いに対しての償いであり、これからの私の愛情の証なんだ。
「俺は、君から住む世界とその存在の全てを奪った。そんな男を王子様だなんて、君は… 」
ぎゅっと抱きしめられ、私の肩に伏せる様に頭を乗せたジーク。あぁ、泣いちゃった。
やっぱり、どんなに大きくなっても、偉そうになっても、結局ジークは、ジークのまま。
私の大好きな、弱虫で泣き虫で臆病な王子様だったね。
「どうかお願い、泡になっても傍にいて。俺の傍には、ずっとマナがいて欲しい 」
「うん、泡になっても傍にいる。私の傍には、ずっとジークがいなきゃだめ 」
そうして、私たちは、これから一生続く約束をそっとした。
神さま、この結末はどうだったでしょうか。
遠いどこかにいる誰かに向かって、静かにエンドは問う。
彼らは運命に抗い、この結末を勝ち得ました。
儚い人の夢。必死の抗い。全てを捨てて選んだ願い。
それは危ういほどに脆く美しいものだったことでしょう。
だから、貴方は赦した。
それは、きっと慈悲などはなく
長い退屈を紛らわせた「人」への褒美。
今までの貴方には在りえなかった選択肢。
怠慢という毒が、浸食しているのですね。
ならばこそ、と私は密やかに確信するのだ。
私という役割を、この存在を。
そうして、静かに彼女は微笑んだ。