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20、彼の断片

 月さえ見えぬ漆黒の夜。

 美しい悪魔は、そっと囁いた。


「おはよう、愚かな王子様 」


 美しい声だった。しかし、聞いたことのない声。

 そして、言われた意味や、この状況がわからない。



「お前は、だれだ? どこの国の者だ 」

「僕の国は、滅びたよ。愛しい人のために、僕が潰した 」

 心底、嬉しそうに語る少年は美しく、そしてどこか恐ろしかった。

「そんなことよりも、僕はお前に話があってきたんだよ 」


 辺りを見渡せば、そこは誰もよりつかない裏庭。噴水の音だけが辺りに響いている。

 確か自分は、王宮の寝室で寝ていた。何故?と考える間もなくすでに答えは出ている。

 月のない夜、あたりは暗く良く見えないはずなのに目の前の少年だけは嫌にはっきりと見えた。

 それこそが、目の前の少年がただの人でないことを物語っているのだ。


「お前の、望みは 」

「そうだね、君の望みを叶えてあげようと思ってさ 」


 興味深そうに噴水に手を入れて、少年は何かを呟く。

 一瞬だけ光を帯びた水は、生き物のように少年の周りで球になって漂っている。

「あぁ、1年経っても痕跡は消えないね。懐かしい、彼女の気配だ 」

 恍惚の表情で、水に触れる少年の顔には恋情以外のものは見えない。


「君にも、いたでしょ。最愛の人が 」

「…知らん。婚約者ならいるが、それを最愛というのかは分からん 」


 そもそも、王になる自分に愛などという感情など必要ないのだ。

 ただ国のためになることを持てる力でする。それだけだ。

 そこに最愛など必要ないのだ。


 そう、いらな、い。


「っく… 」

 ズキンと頭が割れるように痛んだ。

 1年前から頻繁に悩まされるようになった頭痛。最近、漸くおさまってきたというのに。

 不思議なことに、この庭や噴水を見ると、特に頭痛は酷くなる。

 だから、この1年はなるべくこの近くに来ないようにしていたのだ。


「やっぱり、君、素質あるんだね。常人だったら、気づかないはずなのに。それにばっかり反応してる 」

 面白そうに笑う少年は、水を噴水に戻し、頭を押さえる彼の元に近よった。


「最愛を知らない? 嘘言うんじゃないよ。お前は知っている。でも、それを奪われてしまった 」

「うばわれた、だと 」

 何を言うのか。自分は何一つ失ってなどいない。全て変わらず、ずっと暮らしてきたはずだ。

 そう言って、この少年は一体自分に何をするつもりなのか。


「お前は、俺に何をさせたい 」

「もう、僕にばっかり聞いてずるいんだから 」

 つまらなそうに言いながら、少年は空中にスペルを刻んでいく。

 失われたものを再生させ、元に戻すための、もっとも強力な呪文。


「お前も、術者の端くれならばわかるよね。このスペル。一切、体に害はないよ。だって、元あったものを戻すだけだもの。ま、お前程度では使えない上級だけど 」

 一切の狂いなく紡がれたそれを少年は、彼に差し出す。


「選ぶのはお前だ。でも、これを受け取ったならば、お前は僕に協力して最愛を奪い返すことになる。 そこには、必ずお前の意思が必要になるから 」

「さいあい… 」


 曖昧な言葉の羅列に戸惑ってしまう。

 王族は、誰にも惑わされず常に誇りを持ち…それで…それで。


 いつもの自分らしくない、と目をつむる。

 あぁ、でもいつもの自分など、どこにあるのだろう。

 空っぽで、何もない自分しかないじゃないか。


 王になるため。

 ただ、それだけのために日々をおくってきた。

 それ以外の目的なんて知らなかった。

 ただの自分なんて、この世界には必要ない、から。


『ジーク』


 誰かの呼ぶ声がした。

 懐かしくて、暖かくて、もっと聞いていたい。

 愛おしいと思う。この感情は、



「俺は、何を失ったのだ 」

 その質問に、初めて少年は驚いたような顔をした。

「いいね、やっぱりお前は素質があるよ。「天命」抜きにして、お前は持つべきものだよ 」


 ざわざわと庭の木々が揺れる音。水の流れる噴水の音。

 どうして、これらの音がこんなにも懐かしくて、優しいと思えてしまうのだろう。

 そして、決定的に何かが足りないのだ。


 暗闇の中、うっすらと見える噴水に近づいた。

 噴水のへりに座って、水の中を覗き込むと驚くほど落ち着くことが分かった。

 まるで、ここに座るためにこの場所に来たと思えるほど。


「お前の最愛を、取り戻せ 」

 覚悟を決めた顔で、彼は少年のもつスペルに、手を伸ばした。



 眩い光が辺りを包む。

 庭のいたるところからは光が溢れ、彼に集まっていく。

 それは、彼が失ってしまった記憶。

 この庭の隅々にまで記録された、彼と彼女の記録。



 光がおさまり、辺りはまた暗闇に戻った。

 瞳をひらき、ぼうっと辺りを見渡した彼は、すぐに我に返った。


 ここは、庭で、噴水の前で、夜で、

 だけど、もう、 いない。


「…そうか、俺は失ったのか。記憶と、彼女を、何もかも、を 」

 見えない月を憎むように空を睨んだ彼を見て、少年は微笑む。


「さぁ、王子様。取り戻そうよ、最愛を、さ 」


 決意を決めた王子は、改めて少年に問う。

「俺は、何をすればいい? 」

「いいね、その顔、懐かしい。彼女のために全てを捨てる覚悟をした時の僕と似てる。そうだね、まずは彼女を守るための強力な檻を。それから、――― 」







 少年が去り、再び一人になった彼は、酷く寂しそうに呟く。

「 マナに会いたい 」


 君を失ったこの時間を、早く取り戻したい。

 やっぱり君は、俺の傍に居なきゃダメだよ。


 そうじゃなきゃ、悲しいじゃないか。


 独りよがりな愛情であろうとも、君の幸せを壊すことになってしまおうとも

 俺は、君を諦められない。忘れることなんて、できない。


 叶わない恋だって、かまわないんだ。

 君に殺されるならば、本望なんだ。


 だって、俺を救ってくれたのは君。

 君を忘れて、幸せになんてなれるはずがない。


 たとえ破滅しかなくとも、君と生きる未来を俺は選ぶよ。

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