表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

2、美しい月の夜のこと



 美しい月の夜。私は、テラスに出て夜風にあたっていた。

 城での仕事も少しずつ慣れてきて、こんな時間に出歩く余裕もできたのだ。

 城仕えのものが住む寮のようなものは城の裏手にあり、テラスからは小さく城が見える。

 あの城にジークが居ると思うと、なんだか目が離せなくなってしまう。


「あいたいなぁ… 」

「だれに? 」

 優しげな声にびっくりしてテラスから身を乗り出せば、しーっと人差し指を口に当てたジークが立っていた。

「なん、で? 」

「会いたくなったから 」

 そう言ってひょいひょいと柱を伝ってテラスまで登ってきたジーク。

 いつもと違う質素な服を着ているところを見ると、お忍びで城を出たのだろう。

 幾ら質素な服を着ても、漂う気品とか存在感は消すことなどできない。何を着ても彼は、王子様なのだ。


「誰に会いに来たの?メイド長のサリー様?それと執事統括のオリバー様?どちらにしても、お二人はお城にお住みになっているはずだから…えっと他には 」


 キョトンとした顔のジーク。あれ?私なにか変なことを言ったかしら。

 だって、そうじゃなきゃ、なにかあっただろうか。私だけ知らされていない何か…。グルグルと考えていると、然笑いだすジーク。

「なんで、笑うの!? 」

「いや、相変わらずだなぁと思って。うん、 」

 言いながら、私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。お風呂上りで良かった。今ならば、癖毛の私の髪もさわり心地は良いはずだ。

「俺が会いたかったのはマナだよ。どう、仕事はなれた? 」

「あぁ、うん。こっちにきて半年経ったから、ちょっとだけど余裕もでてきたよ。こんな時間に出歩くくらいには、ね 」

 私に会いたかった、なんて。ちょっと照れてしまう。ジークはいつも、こっちが恥ずかしくなってしまう台詞をはく。その度に私はドキドキして、勘違いしそうになる。

「そうか、よかった」

 嬉しそうに微笑むジーク。私はその笑顔から目を逸らすことができなかった。本当に幸せそうに笑うその人を見ていると、私もなんだか幸せな気持ちになれるから。


 愛しいという気持ちは、この人を見ていて初めて知った気持ちだ。

 無性にこの人のためになることがしたくて、でもドキドキして上手くできない。落ち着かなくて、だけどいつもホワホワと温かい。

 なんか情緒不安定だけど、とても満たされてしまっている。


「ありがとうございます、王子様 」

「その呼び方、嫌だな。ちゃんと名前で、ジークって呼んで 」

 ムッとした顔をされも、そんな風に呼ぶのは久しぶりすぎてちょっと緊張してしまう。

 仕事中は、いつも王子様って呼び方で統一されていて、ジークなんて気楽に呼べたのはこの世界に来て最初の一週間くらいだ。

 本当は話す言葉も、こんなふうに気楽なものじゃいけないのだろう。

「う、なんか、慣れない、のですが… 」

「その丁寧な言葉も嫌い。さっきみたいに普通にして。仕事中は別に仕方ないけど、今は 」

 切なそうに月を見上げたジーク。1枚の絵画みたいな光景に私はホウっとため息をついてしまった。

 なんて、絵になるのだろうか。月に向けた碧い瞳が切なげで、月に嫉妬してしまいそうになる、なんて思っていたら

「俺と君、たった二人だけなのだから 」

 その瞳が突然こっちを向いてびっくりした。

 きゃあ、威力が強すぎます!!まともに見られない。

 あ、ちょ、近づいてこないでででででで。


「ねぇ、名前を呼んで 」

 そっと肩をつかまれて、耳元で囁かれれば、私はすぐに降参してしまう。大好きな彼の願いを聞けないはずがないのだ。

 私の一言で彼が喜ぶのならば幾らでも、言葉をつむごう。


「じ、じーく 」

「もう一回 」

「ジーク 」

「なぁに、マナ 」


 心底嬉しそうな声に、私は泣きそうになってしまった。こうやって、優しくされればされるほど、勘違いしてしまいそうになる自分が嫌だ。

 私と同じようにジークも私を好きなんじゃないかって。だけど、それは絶対にないこと。

 震える手でジークの胸を押して、必死に怒ったような顔をつくる。大丈夫、声は震えない。

「駄目だよ、こんなところ誰かに見られたら困るでしょう 」

「え、別に大丈夫だよ 」

 なんてことはないという風に言われれば、この程度の触れあいはジークにとっては大したことではないと思い知らされる。

 でも、私にとっては泣きそうなほど嬉しくて苦しいことだ。

「ぜっんぜん、大丈夫じゃないわ!!私が、色々と言われちゃうのだから。それに、その、セリナ様が勘違いしちゃったら、可哀想だよ… 」


 ジークには婚約中の相手が居る。宰相であるオルガ様の愛娘であるセリナ様。

 美しい白銀の髪に、ジークと同じ碧い瞳。二人が並ぶと御伽噺のワンシーンのようだった。

 私みたいに、平凡な顔に黒い髪と瞳じゃあ、やっぱりジークのとなりに並ぶのはおかしい。ちゃんと、お似合いの二人はいるのだ。

「あぁ、セリナは平気だよ。気にすることなんてない 」

 優しい声。頭をまた撫でられて、私は泣きそうだ。

 というか、泣いてしまっていた。


「どうしたの、マナ 」

 いきなり泣き出した私に焦るジーク。いけないと思いながらも私の涙はとまらない。

 ジークが「大丈夫」とか「平気」とか言うたびに、私の事なんてなんとも思ってないって言われるようで辛くなる。

 私なんて、初めからイレギュラーな存在で、彼を煩わすほどのものでない。そんなこと知っていた。

 でも、彼のくれる優しい時間は私を贅沢でわがままにさせてしまった。

 

 もっと、彼のそばにいたい。

 私だけの王子様になって欲しい。

 彼が、欲しい。


 嗚咽を漏らし、ジークの肩に額をこすりつけて泣く私。

 頭を撫でてくれる手は何処までも優しくて、涙は止まりそうもなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ