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18、青い悪魔は微笑んだ

 扉が開く音がした。

 真っ暗な部屋を歩く音は、迷いなくベッドに向かう。そして、男は溜息をついた。


 それは安堵の表情だった。いつも硬い表情しか見せない男が見せた安堵の顔。普段の彼しか知らない者が見たらとても驚いただろう。

 もう少しだ。もう少しで、望む全てが手に入るのだ。憎い世界も神も、何もかもを出し抜いて、最愛を手に入れることができる。

 そのために自分は耐えてきた。寂しくて悲しくて泣きそうな夜も、彼女との再会だけを夢見て救われた。


 それは、酷く身勝手で自分本位な願い。だけど、彼の全てだった。


 前回と同じ選択を選んだ彼女を恨めしく思うが、もう関係ない。彼女は元の世界に戻ることはできない。

 彼女は泣くだろうか。でも、彼女が選べるのは自分だけだ。泣いても叫んでも、彼女は逃げられない。

 そして、この恋は叶えられるだろう。どんな形であろうとも。


「俺たちは、また会えたんだよ 」


 泣きそうな表情で彼が呟く。その声は迷子になった子どもが心細そうに親を呼ぶ声に似ている。

 そこへ、誰かが近づいてきた。この「檻」に干渉できるのは限られた者だけ。許可を与えているのは自分と彼女と、そしてもう一人。


「おめでとう、王子様。人魚姫との日々は幸せだった? 」

 コバルトブルーの髪。長めの前髪とから覗く瞳は漆黒。そこには、恐ろしいほど美しい容姿をした美少年が立っていた。

 うっすらと微笑んでいる表情は、天使のようにも見えるが陰影により悪魔にも見える。そして、その少年の本質はむしろ悪魔に近い。

 少年を振り返って、彼は同じようにうっすらと微笑んだ。


「あぁ、幸せだった。でも、今のままではダメだな 」

 一切の表情を失くして、無表情で呟かれた言葉は、あの日のように世界と神を心底憎んでいる。

 その表情を見て、少年はいっそう笑みを深くする。あぁ、良かったこれならば大丈夫だと心からの安堵。


「俺は、やっぱり彼女の全てが欲しい 」

「そうだね。僕も、それが正しいと思うよ 」

 少年は空中にスペルを書き込んでいく。迷いなく紡がれるそれは青白く光り部屋を照らす。

 そして、少年がスペルの全てを書き終えるとベッドに向かって光が集中し、寝ている人物に突き刺さる。

 瞬間、今までそこに居た、いや在った塊は跡形もなく消え去り、ベッドはもぬけの殻となる。

 その光景を、眉ひとつ動かさず2人は見ていた。


「檻に干渉するなんて、本当に忌々しい 」

「真紅の称号を持つ彼女を侮ってはいけないよ 」

 そう言って少年は、真紅の魔女の魔法の気配が残るベッドに触れて微笑んだ。

 心底嬉しそうに、恋情に染まった微笑み。それは、年相応の少年としての笑み。


「だって、僕の最愛の人なんだから 」

 うっとりと囁く少年の瞳は、恋に狂った彼と同じものだった。






 暗闇の中、慌ただしい雰囲気の城を抜けて走る影が3つ。宰相ノア、真紅の魔女エンド、そして異世界の少女マナ。

 エンドは長い裾をものともせず颯爽と走る。マナは運動不足がたたっているのか、息も切れ切れ。ノアは何かの魔法を使っているのか顔色一つ変えない。


「ノア様、ずるいー!! 抱っこ―!! 」

「黙れ。お前は馬鹿か 」

「馬鹿でいい。もう、限界… 」

 ガクッとひざを折るマナ。それを見てノアは舌打ちを一つ。そんな2人を見て、エンドはニヤニヤと笑っている。

「抱っこ、してあげればぁー 」

「…魔女、お前は黙っていろ 」

 忌々しいという表情で、ノアは何かを唱えた。すると、今までの疲労感がマナから消えた。何故だろう、今ならばすっごく走れる気がする。

「ノア様、よく分からないけど、ありがとう 」

 スタッと立ち上がるマナに、ノアは仏頂面で適当に返事をする。そのやり取りを見て、エンドはまた走り出す。連なる3つの影はある場所を目指していた。


「着いたわ 」

 城の大庭園の中央。美しい細工の施された噴水は、あの日と変わらずそこにあった。

 着いてすぐにエンドは杖を一振りした。すると、噴水の周辺は青白い膜に覆われる。それは、これから起こることに他からの干渉が入らないためのシールドの役割を果たす。

 空に月はなく、今日は新月。真っ暗闇の中、マナは一人驚いていた。まさか今日が6日目の夜だったとは。


「6日も経っていたなんて… 」

「檻の中の体感時間なんて当てにならないものよ 」

 空中にスペルを描きながら、エンドは慰めるように言う。そして、「あの馬鹿王子の策略にきまっているけど」とマナに聞こえない小声で呟いた。

 ノアは、難しい顔をして地面に魔法陣を書いている。ぶつぶつと神経質そうに魔法陣を描くその姿は、他者を一切拒絶している。


 これから魔法を使うのであろうエンドとノア。その2人の様子は全く違う。魔女のエンドと魔道士のノア。城にも魔道士は何人かいた。でも、魔女とは初めて聞く名前だ。

 どうして、魔女であるエンドは空中に文字を書くだけで魔法を発動できるのだろうか、とマナは疑問を持った。

「魔女って、なに? 」


 マナのその疑問はそのまま言葉となって発せられた。その言葉を聞いて微笑んだエンド。

「そうね。あなたには、ちゃんと話していなかったわね 」

 スペルを描く手を止めず、エンドはしゃべりだした。


 この世界には魔法があるの。それは、貴方もしっているわね。

 そして魔法を使う者には二種類ある。魔道士と魔法使い。そして、私は魔法使いの方に入るの。


 魔道は、アイテムと知識を使用することで魔法を使う。それはあなたも知っているでしょう。

 それに対して、魔法使いは魔力で魔法を使う。魔力とは天賦の才。だから、誰でも魔法使いになれるわけではないわ。それに魔力は適性のない人には毒にもなりえる厄介なもの。


 だから私たちは、ワールズという機関に所属して生きているの。普通に暮らしていたら、絶対に出会うことのない生き物。それが魔女や魔法使い。

 そして、魔女や魔法使いが現れる先には必ず、世界的な危機が迫っている。神が望まないことが起こっている。



「たとえば、今みたいな事態とか 」

 寂しげに笑うエンドは、年よりもずっと大人びて見えた。そんな横顔を見てマナもなんだか寂しい気持ちになる。

「本当ならば、魔女なんて知らずに暮らしていけたら一番だったんだけどね 」

 ちがう、そんなことない。否定の言葉を言おうとしたマナ。しかし、彼女よりも先に言葉を発した者が居た。 


「そうだよ。マナは魔女となんて、関わるべきじゃない 」


 突然聞こえてきた声に、マナもエンドも、そしてノアも動きを止めた。それを見て、声の主はあざ笑うかのように言葉を続ける。

「よく、俺の檻に干渉してきたものだ」

 暗闇の中、空中に描かれたスペルの光でうっすらと照らされた人影は2人。

 一人はこの国の王子にしてマナの思い人であるジーク。そして、もう一人はマナには見覚えのない人物だった。美少年という形容詞があてはなる少年。今のマナにとってその少年は初対面であった。


「人魚姫、元気だった? 」

 知らないはずの人物に突然声をかけられて、マナは酷く困惑する。誰?なぜ自分の事をそんなふうに呼ぶのか。

 困惑するマナの隣、真紅の魔女は表情を失くしてただその少年を見つめていた。考えることを放棄したかのように、ただ一心に見つめていた。

 そして、ようやく瞬きを一つしたかと思うと、生気を取り戻した瞳で杖を一振りした。その途端、空中のスペルは輝きを増す。

 しかし、それだけだった。


「発動しない…!? なんでっ!! 」

 悲痛な声で叫ぶ魔女を見て、少年はにぃっと邪悪な笑みを一つ。

「決まっているよ 」

 エンドの作り上げたシールドを物ともせず、少年は3人の近くへ歩み寄る。

 その表情は先ほどとは違う恍惚の表情。極上の笑み。


「もう、人魚姫は還ることができないんだ。だって、『存在』を僕に明け渡したから 」

 少年が素早く描いたスペルは、真っ直ぐにマナの元へと向かう。庇おうと走りだすエンドの手を少年は強く握って止めた。


「ファウスト!! 」

 エンドの悲鳴のような叫びと同時に、マナの体を光が包んだ。


 瞬間、ファウストと呼ばれた少年は笑った。

 彼にしては珍しい、優しい笑み。そして、祈るように呟かれた言葉。


「絆を返すよ、人魚姫 」




 そして、彼女の物語は、ようやく繋がりを取り戻す。




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