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17、赤い魔女の魔法

 真紅の魔女はこれからすることを思って、彼を見つめた。


 泣きはらした瞳は、最愛の人が消えていった水面を見据えている。

 その瞳は強い光をたたえており、彼がこの結末にかすかでも希望をもっていることがわかる。

 わずかな希望。今の彼には酷く大切なもの。でも、それこそが一番厄介だ。

 その執着を、私は十分すぎるほど知っている。そして、それは世界を歪める。


 だからこそ、ここで絶つ。


「魔女よ、俺を殺すのか 」

「まさか、神に愛された者を殺すなんて、そんな大それたことできないわ 」

 先ほどの魔法で魔力は五割ほど使ってしまった。そして、これからすることを考えれば消費量はギリギリ。攻撃を受けたら反撃は難しい。

 しかし、相手は攻撃などできないだろう。なぜならば、相手はほとんどの魔力を消費しているからだ。


「でも、殺したいとは思っているわ 」

 冷え冷えとした殺気。自分自身も制御するのが難しい。

 あぁ、未だに私は未熟者で困ってしまう。いつだって、魔法使いは冷静沈着が大切なのに。

 でも、目の前の男が許せない。自分がしたことがどれほど彼女にとって残酷か!!


「告白と見せかけた呪詛。魔法という呪い。彼女を縛る鎖としての約束。私は、それらを愛情だなんて言わない。 それは自分勝手な子どもの我儘。そして、世界への反逆 」

「違うよ。全ては、かなわない恋を叶えるために必要なものだ。俺たちが会うために必要なものだ 」


 再会なんて奇跡のようなことを実現させるために、この男はどこまでするのだろか。わからない。

 神に愛された、狂った男。いつもならば恐ろしさを感じるだろう。しかし、今の私にはそんなものはみえない。

 この男は、人として最低なことをした。だから、あるのは怒りのみ。


「精神操作系の魔法を、最愛の人にかけた奴が恋を語るな!! 」

 許せない。彼女が必死で隠した本音を、泣きながらの決意を、踏みにじるなんて。

 魔女の言葉を聞いても、王子たる彼は表情を変えない。それどころか、面白そうに笑った。

「操作などしていない。ただ、彼女がほんの少し素直になるようにしただけだ。お前にそそのかされた彼女の目を覚ましただけ 」

 悪びれもせず言い切る男に、さらに殺意が湧く。このすべての魔力をコイツを殺すことに使いたい。

 その衝動を必死に抑えるために、杖を握りしめる。


 コイツはもう魔力をほとんど残していない。告白のような呪詛、そして呪いのような魔法のせいで、ほぼ全ての魔力を使い切ってしまっているからだ。

 とくに、あの魔法は強力だった。世界の理をはじくためのブロックを彼女の記憶にかけた。

「彼女が忘れてしまわないように、約束が欲しかったからね 」

「その魔法センスだけは、素直に褒めてあげる。世界の理を無効化するなんて、ワールズにスカウトしたいくらいよ 」

「世界を憎んで嫌っていたらできたことだよ。お褒めの言葉をありがとう。そのまま君には帰ってもらいたい。その物騒な魔法を発動することなく、さ 」


 気がつけば庭には魔法陣がひしめいていた。

 それらすべては、真紅の魔女たる少女が発動したもの。

 目的は、ただ一つ。 彼の記憶を奪うため。


「彼女には忘れないように呪いをかけたのでしょう。でもね、アンタが忘れてしまえばそれで全てお終い。彼女には悪いけど、アンタみたいな危険な奴をのさばらせておくわけにはいかないの 」

「残酷だね、魔女。彼女にも酷いことをする」

「知っていて、それをしたお前が言うことじゃないわ 」


 彼女はきっと、苦しむだろう。かなわぬ恋に身を焦がされることだろう。

 男がかけたのは、精神操作と牢記の魔法。強制的に恋情を高めさせられて、そしてその状態で留められたのだ。

 薄れることも、忘れることもなく彼女はずっと会えない相手に恋い焦がれるなんて。

「性質が悪すぎる 」

「だって、俺の前からいなくなる選択をした彼女がいけないんだ。 少しは、俺の苦しみを知るべきだよ 」


 悲しそうに歪められた表情。そこには多少の罪悪感が見え隠れした。いつもの男だったら見られない表情。

 そう、この男は彼女に関してだけ人らしい表情をするのだ。氷のように冷たい碧い瞳は、彼女と居る時だけは柔らかくなる。


「ただ、一緒に生きたいだけなんだ 」

 彼女の傍に居る間だけ、ジークフリートは確かに「ただの人」として生きていた。泣いて、笑って、怒って、幸せそうに人として生きていた。


「…あんたが、ジークフリートじゃなきゃ良かったのにね 」

 男は選ばれた「特別な人」だ。だから、私はそれを認めることはできない。そう、問題は彼女ではなくて王子様の方。

 「特別な人」たる彼は、絶対に彼女と結ばれることはない。彼は、国を栄えさせるためにこの世界の姫と結ばれなければならないのだ。

 それが運命たる、天命の一つ。覆ることのない絶対の理。


「だから、俺は世界が憎いよ 」

 無表情で呟かれた言葉。破滅を予感するその気配に、魔女の少女は決断を下した。今、絶たなければ、後の厄災と成り果ている。

 意識を集中して、魔法の全てを発動させた。光が中庭を満たしていく。


 そうして、ジークフリートは静かにその瞳を閉じたのだった。



 これは、世界から忘れ去られた出来事の一つ。

 泡になった彼女の記録と記憶。



これにて一旦、過去編終了です。

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