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14、美しい雫と私

 嵐のように現れて、去って行った魔女は私に色々なものを残していった。

 否応なく、つきつけていった。


 今日は限りなく満月に近い夜。

 ゆらゆらと水面に揺れる月を眺めがら私はこれからのことを考える。

 戻る方法はあるが、早急に決断しなくてはならない。


 2日後の満月。私は元の世界に戻ることができるらしい。

 この機会を逃せば次はまた1年後。でも、1年後のその日に私がちゃんと起きて意識ある状態である保証はない。

 ジークの時間停止の魔法はその場しのぎでしかなかったらしく、3か月の代償として3年を失うことになった。

 魔法には代償が伴う。だから、私が今この世界に居る間にも、私の中の何かが代価として少しずつ失われているらしい。

 たぶん、すごく眠かったのもそのせいなのだろう。


「帰るべきなのよね… 」

 それはわかっている。嫌というほど魔女に知らされた。

 あるべきでない存在の私がいたところで、世界にも私にも歪みが生じるのだ。

 そう、わかってはいるのだけど…。


 人の気配を感じて顔を上げれば、月の光を背負ってジークが立っていた。

 その表情は逆光でよく見えない。でも、きっと難しい顔をしているのだろう。

「そんなところにいないで、こっちにおいで 」

 おいでおいでと手招きをすれば、すぐにジークは噴水の塀のいつもの場所に座った。


「ビックリしたよねぇ。3年もプカプカ浮いてるだけの私なんて 」

「うん 」

「色々と頑張ったんでしょ? 魔女と連絡とるくらいだもん。大変だったでしょう 」

「…そんなことない 」

「ずいぶん、大きくなったんだねぇ 」

 しみじみとジークを見れば背もずいぶん伸びていて、もう少年っぽさはどこにもない。


 3年経ったからジークは18歳になった。この国で言えば、もう大人だ。

 そして、先ほどの会話でも感じたけど、彼は立派な王子様になったと思う。雰囲気も、独特の気品も身に着けたまさに王子様。

 神さまからもらった、王になるための資質をしっかり開花させている。


 私の知らない人なんだ。



「ジークなら、もう大丈夫だね 」

「違う…違うよ、マナ 」

 うつむく声は震えていて、泣き出しそうだった。

 それは、私の知っている気弱で泣き虫なジークそのもの。


「俺は何も変わっていない。今でも怖くて自信がなくてすぐに泣いてしまう 」

「でも、さっきはあんなに立派に魔女と渡り合っていたじゃない? 」

 私の言葉に、とても悲しそうな顔をするジーク。

「そうだね。王族は、誇り高く、誰に対しても怯んではいけない。それは、この世界が定めた王族というもの 」

 ポツリ、とジークの瞳から落ちた雫は、噴水に消えていく。


「だから、俺は王としてのジークになってしまった 」

 綺麗な蒼の瞳からは透明な雫が後から後から落ちてくる。私は必死で、その綺麗な雫を受け止めようと、ジークの頬に手を伸ばす。

 彼はその手を必死に握った。まるで迷子の子みたいに握った。


 その感触は、あの日のまま。

 初めて私を水の中から引き上げてくれた、あの手のまま。寂しくて、心細くて、気弱で優しいジークのままだった。


「この世界が俺に言うんだ、弱いジークはいらないって。この国の王として生きろと、そう言うんだ。だから、この世界の人間の前で、俺は泣けないんだ 」

 ジークは縋るように私の肩に顔をうずめる。それはまだほんの子供が、頼れる大人に縋るような仕草。

 そんなジークの頭を撫でながら、私も泣きそうな瞳を閉じる。


 穏やかな兄弟のような関係。

 だけど、それ以上の感情を私は持つようになるかもしれないとあの頃は思っていた。それはほんの小さな、取るに足らない疑念。

「マナだけだ。マナの前だけは泣くことを許される…ただのジークに戻れるんだ 」

「…うん 」


 そんな密やかな疑念は、今、確信になった。

 だって、もうすでに私の中で彼が愛おしくなり始めている。

 必死で縋りつくこの可哀そうな人を守りたいと思ってしまっている。


「だから、俺は、マナさえいれば、いいんだ 」

「…そっか 」


 違う世界の生き物は一緒になんて暮らせないのに、もう離れなくてはならないと決まっているのに。

 それなのに彼を愛し始めてしまったというその恐怖に、私は泣き出してしまいそうになっている。



 彼を助けたいなんて思ってはいけない。一緒に逃げようなんて、絶対に言ってはいけない。

 もしも言ったならば、彼はこの世界の理に殺されてしまうだろう。私が、彼を殺すことになる。

 でも、いつかの未来で私はきっと決断する。この可哀そうな人を助けたいと、大それたことを思ってしまう。

 だってそれくらいにジークはこの世界の全てに溺れて苦しんでいる。それはとても可哀そうなことだ。


 だけど、死ぬこと以上に最悪なことなんてない。

 だから胸が張り裂けそうでも、言わなくてはならない。



「でも、貴方は王になるべき人。そんな人の傍に、異物であり害でしかない私が居てはいけないと、思うの 」

 そっと、ジークの肩を押せば、簡単にぬくもりは離れていく。

 それが切なくて苦しくて悲しくて、でも必死で私は絞り出す。


「それに、私はこの世界の住人じゃない。 帰りたい、よ 」

 泣き出す私の視界はぼやけて良く見えない。

 だから、よかった、本当によかった。


 ジークの顔を見なくてすんだから。



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