13、魔女と天命と私
突然、天から現れたのは少女は、見事に私たちの間に流れたなんともいえない空気を壊してくれた。
それにホッとしたような、残念なような気がするのはどうしてなのだろう。
そもそも、ジークは一体何を言おうとしたんだろう。
「まったく、油断も隙もないわね。私は、だめだって言ったはずよ。それは、誰のためにもならないって 」
「だまれ、魔女。俺は、お前がここに来ることを許可していない 」
冷たい声に驚いて隣を見れば、酷く冷めた目をしたジークがいる。
それは、私が知る彼とあまりにも違いすぎていてちょっと怖かった。
「んふふ、いいの? あんたのお姫様ビックリしているわよ。それに、この私にそんな口聞いていいと思ってんの? 」
人の悪い笑みを浮かべた少女は、ペラペラと喋りながら近づいてくる。
そして、さっと私の手を握ってにっこりとほほ笑んだ。
「初めまして人魚姫。ねぇ、あなたは、泡になりたい?それとも、王子様を殺してこの世界に留まりたい? 」
突然の言葉に私は何と答えたらいいのか分からない。
でも、王子様を殺してというフレーズに不穏な空気を感じて身を引こうとした。
その時、横に居たジークが私を抱きかかえるようにして少女から庇ってくれた。
「ふざけるな。マナに変なことを教えるな 」
「あら、あんた何にも言わずにいるつもりだったの? ねぇ、それって卑怯ってやつよ。彼女だって帰りたいと思っているかもしれないでしょう。それに、 」
面倒くさそうに顔を歪めた少女は、吐き捨てるように言った。
「あんた、王子様やめなきゃいけなくなるわよ 」
「え? 」
その言葉に反応をしめした私を見て、魔女の少女は人が悪い笑みを浮かべた。
「ほぉら、彼女の方がよほど賢いわ 」
くすくすと笑いだす少女は、私とジークの周りをくるくるとまわる。
そんな少女をジークは、冷めた表情で見ている。
それはさながら上に立つ者の視線。他者を視線で値踏みする視線。
私の知っているジークは、そんな風にして誰かを見る人じゃなかった。
たった3か月しか一緒に居なかった人に対して、こうじゃなかったなんて思うことはおかしいのかもしれない。
でも、何故か私はジークに対して、酷くがっかりしてしまった。
…なんでだろう。
こう着状態を続けていると、遠くからジークを探す声が聞こえてきた。
「ほら、王子様、呼ばれているわ。いいの?ここに人が着ちゃうわよ 」
可愛らしい女の子の声は、確実にこちらへ向かってきている。
少しの思案の後、苦々しい顔でジークは溜息をついた。
「…マナ、魔女に何を言われても気にしないで。こいつは魔女だから、魔女の言うことを信じてロクなことはないよ。 後で必ず戻ってくる。だから 」
冷たい表情が嘘みたいに、切なそうな泣き出しそうな顔でジークは私を見つめる。
「俺を、待っていてね 」
後ろを振り向きながら、仕方なさそうに庭から出ていくジーク。
ものすごい態度の違いに戸惑いつつ、私は目の前の少女に向き合う。
魔女と、ジークは言っていた。
魔法を使う人で、あまり信用してはいけない、ということだろうか。
警戒しているという表情をしている私に対して、魔女の少女はにっこりと綺麗に微笑んだ。
「安心して、貴方に危害を加えない。私は、ワールズという魔法管理機関の者なの。今回の事態に対しての担当魔法使いとでも、言えば良いのかしらね 」
あぁ、そうか私がこちらに呼ばれた魔法は禁術と言われる類のものだったのだっけ。
だとしたら、ジークは何か罰則を受けなければならないのだろうか。
「そんなに心配そうな顔しなくてもいいわ。大丈夫、王子様は特に罰せられることはない。それにしても、貴方も災難だったわね。突然、あんな馬鹿な理由で落とされるなんて… 」
心底呆れているという様子で喋る魔女は、ジークが私を呼び出した理由も知っているようだ。
ということは、ある程度の事情を知っているということだろうか。
「あの、あなたはどうして、ここに 」
「んー、あのおバカさんが泣きながら私に頼ってきたからよ 」
勝ち誇ったように言い切る魔女は、それはそれは嬉しそうだった。
確かに、さっきの感じ悪いジークが頭を下げるなんてなかなか面白いかもしれない。
「まぁ、王族といわれる者はみんなあんな感じだから、良いんだけど 」
「でも、普段のジーク…じゃなかった3年前のジークとは結構変わっていてびっくりしました 」
思ったことを言えば、魔女は驚いたような顔をした。
「えー、3年前、あいつに禁術教えた時もあんな感じだったわよ 」
諸悪の根源は、お前か!!とキッと睨めば、相手はえへへと苦笑い。
「んー、まぁ、貴方には素直になれるのかもねぇ。こっちの世界の人間相手だと、それらしくなっちゃうんでしょうけど 」
「それらしく? 」
それは、王族だという自意識のようなものだろうか。
自分を演じなければならないほど、ジークは追い詰められていたのだろうか。
「あー、多分、貴方が思っていることとちょっと、違うっていうか、あれはオートなのよねぇ 」
「オートって、自動になるって、ことですか? 」
私の疑問に対して、難しい顔をして魔女は考えている。
「違う世界の貴方に説明するべきことじゃないのはわかっている。でも、うん、きっと、あいつの様子を見る限りでは、話しておくべきなのよね。んー…でもなぁ、異世界干渉に引っかからないかなぁー… 」
ぶつぶつと呟いた魔女は、深い深いため息をついてから私をまっすぐに見据えた。
「あのね、運命って信じる? あらかじめ役割を決められたという、いわば、神に選ばれた人がいるっていったら、信じる? 」
酷く真面目な瞳で問いかける魔女は、どこか寂しげだった。
この世界にはね、神が定めた絶対の理があるの。
世界の守りであり、同時に呪いでもあるソレのせいで、貴方は泡になりかけた。
それらは容易に破ることはできない。
もし破られてしまっても、均衡力というものすごい力が働くんだけどね。
ただ、その均衡力を使ったら、その分の反動がこの世界に及ぶのよ。
たとえばそれは、大地震とか大干ばつとか、そういう良くないことね。
だから、できるだけそんなことが起きないように、均衡力の働く前に動くのが私たちワールズという機関なの。
私は、そこワールズの魔法使いで、エンドというの。あ、よろしくね。
それで、そのいくつか約束事の一つに、神が与える恩恵と義務っていうのがあるの。
神は、この世界を支える役割を定められた人に対して恩恵を与えるの。たとえばそれは、魔法の才能だったり、王たる資質だったり、と色々よ。上に立つ者にのみ与えられる才能、とでもいうのかしらね。
そして、あの馬鹿王子も恩恵を与えられた一人よ。
私たちは、神に与えられた役割のことを「天命」と呼んでいるわ。その天命にはね、恩恵とともに義務もついて回るの。
大抵、天命を与えられるのは世界を支えるべき者。特に王族に多いの。
…そう、だから、彼に与えられた義務とでもいうべき役割は一つ。
この国の王になること。
間違いなく、彼は歴史に名を残す王になるでしょうね。上に立つ者に必要な判断力、政治力、カリスマ性を若干18歳ですでに兼ね備えている。
そして、この世界での役割は絶対であり、誰も覆すことはできない。
王たる資質と国を守るための強大な魔力を持ちえたジークフリートは、間違いなく素晴らしい王になるわ。きっと、それ以外の道は、この世界にはない。
もしも、その道を外れるならば、彼は消されることになるでしょう。
私たちが、この世界が、彼を消しにかかるわ。
だって、彼はあまりにも恵まれすぎている。
そんな彼が外れた存在になるのならば、それはやはり異物であり、害でしかない。
「この世界の理として、そんな危険なものは消去しなければならない 」
悲しそうな瞳で、魔女は言い放った。
その瞬間に、きっと私の運命は決まった。
誰に言われるでもなく、私が決めたのだ。