12、見知らぬ彼と私
ずいぶん眠っていたような気がする。
水の中、体への負担もなかったけど、なんか感覚的に違う。
一番最初に目についたのは、庭の風景。
緑が茂っていた木々は、赤く色づき始めている。
一晩でこんなにも様変わりしてしまう者なのか、と驚いて庭を見ていると「マナ!! 」と名前を呼ばれた。
知らない声。これは、大人の男性の声。
ジークとは違う、声変わりを果たした男性の声。
声がした方を向けば、金髪の男の人が走ってくる。
だれだろう?
ここには誰も来ないはずなのに。
どうして、ジーク以外の人が、いるの。
怖くなって、急いで水の中に逃げ込もうとした。
でも、すんでのところで腕を掴まれて逃げることができなかった。
もしも、このまま噴水の外に引きずり出されたら、私は泡になって消えてしまう。
それはそれだけは避けたい。なんとか腕を振り払おうとして相手をにらむ、と。
「ふぇ? 」
睨んだ相手はよく知った顔だった。
多少成長はしているけど、とても見覚えのある顔だった。
だって、それは、
「マナ、起きたんだね… 」
くしゃっと歪めた泣き顔は、見間違うはずもなくよく知る王子様。
「ジーク…? 」
「うん、そうだよ。俺だよ 」
「なんでぇ? 」
間抜けな顔をしている私にかまわず、ジークは私の腕やおでこを触って何やら調べている。
「よかった、正常に機能しているね。なんでって、そうだよねマナはあの日のままだもんね 」
涙をぬぐいながら、彼は嬉しそうに微笑んだ。
私は眠っていたらしい。
それも三日とかじゃなくて約三年ほど。ちょっとあまりにも酷すぎるだろう。うん、私もそう思う。
あの日の翌日、ジークが噴水に行くといつもどおり私は噴水で水に浮かびながら眠っていたそうだ。
でも、声をかけても起きる気配はない。次の日も、そのまた次の日も、私は眠りつづけたらしい。
その時の不安を、目に涙を溜めながら彼は切々と語ってくれた。
その姿があまりにも可哀そうで、あぁ、彼は本当にジークなんだなぁとしみじみ思った。
「どうして、こんなことになっちゃたんだろう… 」
「…それは、 」
言いづらそうに言葉を濁したジーク。何か心当たりがあるって顔だ。
私にはわからない魔法についてのことだろうか。
あぁそうか。
異世界での私の立場は、イレギュラー・有害・在ってはならないモノ。ならば、こんな事態は十分考えられることだった。
楽ちんな生活に浸って、私は考えることを放棄した。元の生活に戻る努力をしなかった。だから、こんな事態がおきてしまったんだ。
「ジーク、私、帰らなきゃいけなんだね 」
確信をこめて呟いた。
きっと同意してくれると顔を上げると、とても傷ついた顔をしているジークの姿。
え、なんで?
「あ、ああ、そうだ、ね。こんなことが起きたから 」
落胆した様子の王子様に私は戸惑ってしまう。
「そうだよ、これ以上ジークに迷惑かけるもの悪いし 」
「そんなことない!! 」
ぎゅっと握られた手は、痛いくらいの力で私の手を包む。
私の知っているジークの手は、こんなに大きくなかった。こんなに硬くなかった。
そう思うと不思議な気持ちになった。
私の知っている彼は15歳のまだほんの少年ともいえるジーク。
でも、目の前の18歳の彼は背も伸びて声も低くなって知らない大人の男の人のようだ。なんだかとてもドキドキするのだけど…。
「俺は…この世界に、マナが 」
うつむいて呟くジーク。表情はどこか思いつめてものを感じる。
必死に言葉を探す様子を見て、私はとても恐ろしい予感がした。
何が、といえないが背筋がゾクゾクして、胸がつぶれるように痛い。
だめ、だめだ。
これ以上、彼の言葉を聞いていけない。
聞いたら、わたしは、
「すとーっぷ!! 馬鹿王子ー!! 」
空から黒い物体が降りてきて、見事にジークの後頭部をひっぱたいた。
軽やかに着地を果たしたそれは、黒づくめの少女。
その少女は、美しい容姿に真紅の瞳を不愉快そうに歪めて叫んだ。
「見つけた!!あんた、もう、本当にいい加減にしなさいよねっ 」
ビシッと指差すその姿に気おされて、私も思わず背筋をぴしっと伸ばす。
隣でチッっと舌打ちが聞こえたような気がしたけど、気のせいだよね。