1、決意をした彼女のこと
今度こそ、ちゃんと投稿できました。
ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした。
いつからか、王子様が欲しかった。
でも、特別に可愛いわけでも賢いわけでもなかった私は
ただ漠然と王子様を思うだけの才能しかなかった。
だから、もしも私がお姫様になれたとしたら
最後は選ばれず泡になった人魚姫だろうと思っていた。
そんな私が、異世界とやらに飛ばされてしまった。
この世界で「愛しい」と思える王子様を見つけてしまった。
だけど、その人はすでに誰かのものだと決まっていた。
なんて、あまりにも自分にお似合いすぎて笑ってしまった。
最後まで人魚姫でしかなかった私。
だったら、泡になるときは笑っていてやろう。
「マナ、最近元気ないね 」
そう言って控えめに探りを入れながら微笑む男はジークフリート。略してジーク。
ジークは金髪碧眼・容姿端麗とそろった、正真正銘のこの国の王子だ。そして、もうすぐ王様になる。
「貴方の戴冠式がもうすぐあるから疲れているんです。一応、私これでもお針子の一人なんですからね 」
そう、これは嘘じゃない。たいした取柄もない私ができることは、とても限られている。
この世界の文字がわからない私にできるのは簡単なことだけ。中でも裁縫は元の世界と同じやり方でできる、数すくない私の仕事だ。
針子とメイドの兼業をして、私はこの城での毎日をすごしている。それは、ジークだって知っていることだ。
「…そうか、なら良いのだけど 」
それでも、まだ疑わしげな瞳を向けるジーク。もしかして、私の計画がばれつつあるのだろうか。
だとしたら、困ったことになってしまう。どうしよう。
少し探りでもいれてみようか。
「どうしたの?何か悩みがあるならば、話くらい聞くわよ 」
「ありがとう、マナに心配してもらえて嬉しい 」
そう言ってジークは嬉しそうに笑うものだから、私の心拍数は一気に跳ね上がる。
恐ろしい。このままでは私は死んでしまう。
あぁ、でも、こんな死に方は幸せかもしれない。
「俺はそろそろ行くね。マナこそ、何かあったら教えて 」
まぶしい笑顔を振りまいて、執務室に帰っていった王子様。
罪作りな笑顔に殺されそうになりながら、あと何回それを見ることができるのだろうかと考えて胸が痛くなった。
週末の残業帰りの深夜。
道の途中にあった水溜りを踏んだのが全ての始まりだった。
ウォータースライダーのようなトンネルを抜けて落ちた世界はゼガール。唯一の神がすべる異世界。
その中でも一番大きく繁栄している国ラカの城の噴水に落ちた私は、最初にジークに出会った。
正確には、噴水の深みにはまっていたジークを助けたのだ。
城の噴水は細工が細かく、その隙間に足を挟んで溺れかけていたのがジークだった。
目の前にもがき苦しんでいる人が居たら助けない道理などない。私は、なんとかジークの足を引っ張って水面まであがった。
そして、そこから私の新しい生活が始まったのだ。
人目を気にしながら暗い廊下を抜けて、怪しさが漂う扉を開ければ、更に怪しげな機械が並んだ部屋にたどり着く。
背を向けたまま一心に机に向かう人物に声をかければ、とても嫌な顔をしながらこちらをむいた。
「おそい。時間はとても重要な要素だ。一秒でも遅れれば、」
「はいはい、上手くいかないんでしょ。分かっているわよ。仕方ないでしょ、王子様に声かけられたんだから 」
王子という言葉にビクッと反応を示した男は、仕方ないとでもいうかのように視線をそらした。
目の前の男は、宮廷魔道士長などというものについているが、実際はただの王子狂信者である。
濃紺の艶々ストレートが似合う優男であるように見えるが、気性は荒く王子以外の人間は全てゴミだと思っている唯我独尊野郎なのだ。
「それで、ノア様、どこまですすみましたか 」
「うるさい名前で呼ぶな。どこまで?バカか全て終わっているにきまっている 」
目の前に突きつけられた魔方陣は、先日見たときよりもより難解で複雑な形になっていた。これを完成というのならば、そうなのだろう。
「わー、すごいですね。一昨日までは、できるかどうかー…って自信なさそうだったのに。一番偉い魔道士の称号も伊達ではないのですね 」
そう言ってニッコリと微笑めば、机の横に立てかけられていた杖で殴られた。
酷い、幾ら嫌味を言ったからって暴力に訴えるなんて子どもすぎる。言葉には言葉で答えるのがルールだろう。
「お前は本当にイライラさせるやつだな。その減らず口を一度でも王子様に叩いてみろ。私がお前の極刑を申し出てやる 」
「できるがわけないでしょう。そんなこと言ったら、困ったような微笑で「俺、何か悪いことでもしたかな?」って王子様らしい台詞を吐かれて、私が悶え苦しむだけ 」
王子の困ったような笑みでも想像したのだろう。うっとりと遠くを見つめる気持ち悪い魔道士。それを放って置いて私は部屋の装置を点検する。
ここまで来るのに一年もかかった。
性悪でも最高の協力者を得て、最高の装置を揃えて、一番の好機を伺う。それらをこなすのは私にとって一種の義務のようなものになっていた。
そして、ある意味救いにもなっていた。
初めにこの世界の住人として接したのがジークであった。彼はとても優しく、いきなり落ちてきた私にも親身に接してくれた。
偉い人だとは思えないほど身近な存在として私のそばに居てくれた人。そんな人を好きにならないはずがなかった。
新しい世界、不安な毎日を送る中でジークだけが私にとって癒しであり救いであった。
元の世界で恋をしたし、恋人がいたこともあった。だけど、ジークに出会って、その恋は違っていたのだと気づいた。
相手のためならば自分も厭わない。そんな気持ちは、元の世界に居たときには感じなかったから。
彼の役に立ちたい。彼が笑っていられるならば何だってできる。だから、どうか傍に居させて。
そう思って、城での仕事を志願した。慣れない裁縫も、メイドとしての作法も頑張って覚えた。
どうしても、この世界の言葉だけは書くことも読むこともできなかった。それでも、読み書き以外のことはできるように精一杯の勉強をした。
そうして、何とかこの世界に慣れてきた一年目の終わり頃
ジークの結婚が正式なものになった。
「おい、本当に戻るのか 」
無表情で確認するかのように聞いてくるノア様。
当たり前だ、そうでなければこの一年、なんのために頑張ってきたというのだ。
力いっぱいで頷こうとして、ジークとの思い出がよぎっていった。
楽しかった、嬉しかった、幸せだった。
優しい人だけど、それだけじゃない。ちゃんと自分の意志をもつ強い人。
誰もが、彼の幸せを願ってやまない。神さまに愛された人。
でも私は、ここにいたら彼の幸せを願えなくなる。嫉妬とかの醜いドロドロの感情で、彼の幸せを願えなくなる。
優しい彼の傍にいる人間が、彼の幸せを願えないなんて。そんなの、たとえ自分自身であっても許せない。
25年生きてきて、初めての気持ちだった。こんなに誰かを思えるなんて知らなかった。
だから、この思いは大切に守りたい、と思う。
「戻らなくちゃ、いけないの 」
ここに留まって、いつか彼の幸せを願えなくなる前に、私は元の世界に戻る。
この恋が綺麗な思いのまま、王子様にさよならをしよう。
「そうか…わかった 」
どこか寂しげな表情のノア様。どうしたのだろう。もしかして、寂しいとか!?
「ノア様、私が居なくなって寂しいのですか? 」
「バカか、そんなわけないだろう。ただ、 」
ノア様が喋ろうとすると、いきなり扉が蹴破やれた。
突然の事に動けない私。武装した兵士に取り囲まれ、引きずられていく私。
え?
なんで、
どうして。
「マナ!!」とノア様の声が聞こえる。
焦ったような、怒ったような声。そんな声を初めて聞いたからもっと聞いてみたいな、なんて思った。
だけど、意識が遠のいていってすぐに聞こえなくなった。