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第11話 【一日千秋の喜び】


 南の四天王・リゼルカの玉座の間。

 リゼルカは前傾姿勢になり、口から白い息を吐き出していた。

 その正面には、拳を構えるル・セポネ。

 そして、箒を構えるカヅチ。三人が睨み合う。

 静寂が部屋を包む。だが、その静寂を破ったのはカヅチだった。

「……っ」カヅチが、ほんの少しだけ足を動かす。


 その瞬間!

「うわぁぁぁぁっ!!【懸氷千条(けんぴょうせんじょう)】!!」

 リゼルカが両手を広げた。バキバキバキバキッ!!

 天井から無数の氷柱が生まれる。

「うおっ!?」

 ズドドドドドドドドッ!!

 鋭い氷柱が、雨のようにカヅチへ降り注ぐ。

 カヅチが箒で捌くが捌き切れない。


「させるかぁぁぁッ!!」

 ル・セポネが地面を蹴った。

 ドンッ!!一瞬で宙へ飛び上がる。

「ふんっ!!」

 拳を振るう。ガキィンッ!!氷柱が砕ける。

「おりゃっ!!」回し蹴り。ガギィンッ!!

「そぉい!!」膝蹴り。バキィンッ!!

 降り注ぐ氷柱を、一つ残らず体術で叩き落としていく。砕けた氷の破片が、光を反射しながら床へ降り注ぐ中、その中心でセポネだけが涼しい顔をしていた。あれだけの氷柱を相手にして、息一つ乱れていない。

 カヅチは暴れ狂うセポネを呆然と見上げる。

「……拳と蹴りで全部砕いてる……」

 

 やがて最後の氷柱を砕いたル・セポネが、地面へ着地する。

「リゼルカよ……」ゆっくりと顔を上げる。ニヤリ。

「妾はもう準備運動を終えておるぞ……気が済むまで、本気で来い!!」


 ドンッ!!ル・セポネが踏み込む。

「は、速っ!」一瞬でリゼルカの懐へ。

「もらったぁぁぁ!!」拳を振り抜く。

 だが……!バキバキバキッ!!

 二人の間に分厚い氷の壁が出現した。


「ぬっ!?生意気じゃな!」

 ドゴォォォン!!ル・セポネの拳が氷壁を砕く。

 しかし、その向こうにリゼルカの姿はない。

「……逃げたか」

「今度は俺が!」

 その瞬間、カヅチが駆け出す。シュンッ!!高速でリゼルカへ接近する。


「………っ!」リゼルカが手を振る。

 バキッ!床から氷の壁。カヅチは横へ飛ぶ。

 さらに氷。右へ。また氷。左へ。

「くっ……!全然近づけない…」

 何度も距離を詰めようとするが、ことごとく氷に阻まれる。

「これじゃ……触れられない……!」

 カヅチは箒を握り直す。

「……触れなきゃ【一日千秋喜】を使えない。前回は……仲間がみんながいたから……今回は近づくことすらできない…」小さく呟いた。


 その時だった。

「カヅチ」

「……え?」

 いつの間にか、ル・セポネが隣に立っていた。

「大丈夫じゃ。妾がいる」


 カヅチが顔を上げる。

「……はい?」

「動きを止めれば良いのか?」

 カヅチは一瞬、目を丸くする。そして……

「はい。……お願いします」小さく頷いた。


「あはは!妾に任せろ!造作もない!!」

 ル・セポネの口元がニヤリと歪む。

 ドゴォォォン!!ル・セポネが地面を踏み砕いた。

「うおっ!?」

 地面が大きく揺れ、陥没する。

 そのまま猛烈な勢いでリゼルカへ突っ込んでいく。


「はぁぁぁぁぁッ!!」

 カヅチも続く。そのセポネ背中を見ながら……

(うあっ……また壊した)

 カヅチは少しだけ苦笑する。

(でも……この光景、なんか昔を思い出すなぁ)


◇◇◇


 まだカヅチが勇者だった頃。凍りついたこの城。

 その中央で、勇者パーティーとリゼルカが激突していた。


「【炎獄連弾】!!」賢者が炎の魔法を放つ。

「【爆裂火球】!!」魔法使いも続く。

 ドゴォォォン!!爆炎が氷を溶かす。

「今だ!!俺に任せろ!!」

 戦士がリゼルカへ突っ込む。


「くっ……!鬱陶しい!!」

 リゼルカが氷の魔法を放つ。バキバキバキッ!!

 リゼルカを掴む戦士の両腕が凍りついていく。

「ぐぅぅぅぅっ!!」

「絶対……離さんッ!!」

 凍りついた腕が悲鳴を上げる。それでも戦士は一歩も退かなかった。自分がここで食い止めなければ、仲間が作った好機を失う。その覚悟だけが、彼の身体を支えていた。

「カヅチ!!いけぇぇぇぇぇぇッ!!」

 戦士が叫ぶ。その声に応えるようにカヅチが走る。

 仲間たちが作った道を、一直線に。

「【一日千秋】」リゼルカへ手を伸ばす。

「………っ…うぁぁぁぁああぁぁっっ!」


 そして……戦いは終わった。

「やったな!!」

「ああ!」

「カヅチ、やったじゃん!」

 仲間たちが笑っている。カヅチも笑う。

「あはははっ!あとは魔王だけだなっ!!」

 みんなで笑い合う。あの時は…あの瞬間は……

 それが永遠に続くと思っていた。


◇◇◇


「、、おいっ!!」

「……え?」

 ル・セポネの声で現実に引き戻される。

「何ボケっとしておる!!早く能力を使えっ!」

 カヅチは目を瞬かせた。そして目の前を見る。

「……何でそうなるの?」

 そこには……リゼルカの首へ腕を回し、完全にチョークスリーパーを決めているル・セポネ。

「……っ、かっはっ!……」

 リゼルカは白目を剥き、全身をブルブルと痙攣させている。


「……あの…ギブアップも言わせないって……」

「何を言っておる!早くせいっ!」

 ル・セポネはさらに腕へ力を込める。

「こやつにギブアップと言う余裕すら妾は与えないぞ!」

「いや、それダメでしょ!!」

 玉座の間に、カヅチのツッコミが響いた。

 そしてカヅチは、リゼルカの前へゆっくりと歩み寄る。


「リゼルカさん……」

 リゼルカはル・セポネに拘束されたまま、カヅチを見つめていた。その瞳には、まだ恐怖が残っている。

 「大丈夫です。今度は……怖くないものを見せますから」

 カヅチは静かに手を伸ばす。そして……そっと、リゼルカへ触れた。

「【一日千秋喜】」その瞬間……。

「……あ」リゼルカの身体から力が抜けた。

 瞳が大きく開く。そして、その表情が少しずつ変わっていく。

「………あぁ……」

 まるで、長い長い眠りから目覚めたように。

 口元が、ゆっくりと緩んでいく。

「……嬉しい……」その瞳から、一筋の涙が零れた。


「こんなに……嬉しいこと……」

 リゼルカは恍惚とした表情で、空を見つめる。

 そこには、かつて失ったもの。仲間たちと笑った時間。何気ない会話。くだらないことで笑い合った日々。もう二度と戻らないと思っていた……幸せな記憶。

 失った時間が戻ってきたわけではない。それでも、確かに自分が笑っていたこと。誰かと一緒に幸せを感じていたこと。その記憶だけは、消えていなかった。

 その様子を見たセポネの顔が、パァッと明るくなる。


「おおっ……!昔のリゼルカの様じゃ!」

 思わず嬉しくなった。そして……ギュウッ!!

「ぐぇっ……!」

「リゼルカァァァァ!!」

 嬉しさによりル・セポネがさらに腕へ力を込めた。

「よかったのぉぉぉぉ!!」

「ちょっ……魔王様……!」

 リゼルカの身体がビクビクと震える。

 それでも、その顔には笑みが浮かんでいた。

「あ、ダメ、もう無理…死ぬ………ありがとう……」

 小さくそっと呟く。


 そして……ふっ。静かに目を閉じた。

「……リゼルカァァァァァァッ!!」

 その様子を見たル・セポネの絶叫が玉座の間に響き渡る。

「リゼルカ!おい!しっかりせい!!何でじゃ!目を開けい!!」

 慌てて身体を揺する。セポネは動かないリゼルカを見て

「うわぁぁぁぁ!リゼルカがまた死んでしまったぁぁぁぁ!!」

 カヅチは呆れた顔で、その光景を眺めていた。

 そして、ぽつりと呟く。

「……トドメ刺したの、あんただよ……」

「「…………」」

 玉座の間に、しばしの沈黙が落ちた。


 ル・セポネは、ゆっくりとカヅチを見る。

「……いや、違う」

「何がですか?」

「妾は悪くないと思う」

「いや、どう考えても今のは…」

「妾は悪くない!!」

「おいっ!子供かよ!!早く生き返らせてやれよ!」

「なにっ!妾に命令するなっ!言われなくてもやるつもりでしたぁ!はいっ!お前バカァァァ!」


 氷に覆われた玉座の間に、二人の声が響いた。

 だが、倒れたリゼルカの顔には、今までになかった穏やかな笑顔が浮かんでいた。



            続

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