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第1話 ラスダン清掃員、爆誕


 魔王城。その最奥にある大広間は、まるで嵐が通り過ぎた後のように荒れ果てていた。

 石造りの床には無数の亀裂が走り、壁には大きな爪痕が残っている。


 そして……その中央。

 一人の男が、血まみれの身体を引きずるようにして立っていた。

 立っている、というより、倒れることだけを拒んでいるような姿だった。


 足元は何度もふらつき、そのたびに身体が崩れかける。それでもカヅチは、奥にいる魔王から目を逸らさなかった。

 

 転生勇者、カヅチ。

 

 右腕は折れ、勇者の鎧はところどころ砕けている。

 息をするだけでも胸が痛い。だが、それ以上に痛かったのは……


「はぁ、はぁ、……みんな……」

 カヅチは、ゆっくりと周囲を見渡した。

 長い旅を共にしてきた仲間たち。

 剣士も、魔法使いも、賢者も、誰一人として立っている者はいなかった。

 死体だけが、静まり返った大広間に転がっている。


「くっ……」悔しさに歯を食いしばる。

 ここまで来た。何度も死にかけた。何度も諦めそうになった。

 それでも仲間たちと共に進み続け、ついに魔王のところまで辿り着いた。なのに……。


「……嘘だろ……こんなに遠いのかよ…」

 カヅチは震える足で、目の前に立つほぼ無傷の存在を見上げた。


 身長は二メートル近い。銀色の三つ編みツインテールの長髪。その頭から伸びる二本の角。

 そして、細身の美女を想像していた者なら思わず二度見するほど、鍛え抜かれた肉体。

 その肩には、彼女の体格に似合った巨大な斧が担がれていた。


 魔王。ル・セポネ。

 

 ただそこに立っているだけなのに、大広間そのものが彼女を中心に支配されているようだった。

 カヅチは、自分がこれまで倒してきたどんな魔物とも違う、その圧倒的な存在感を肌で感じていた。

 彼女はそんな恐ろしい姿とは裏腹に、穏やかな笑みを浮かべていた。


「ふふ……くやしそうじゃな…勇者よ!ただ死ぬのでは可哀想だから、ここまで来た褒美をやろう。何がいい?」

 ル・セポネはカヅチを見下ろす。その声は優しかった。

(ふふふ……可愛い顔をしおって♡どうせ妾に“殺せっ”と言うのだろ?お前たちは気高いからな。最後まで勇者としての誇りを……)

 

 ル・セポネは心の中で微笑む。

 カヅチは無言で魔王ル・セポネを見る。

 そんなカヅチを見てル・セポネが首を傾げる。

 そして次の瞬間、カヅチは勢いよく地面に額を叩きつけた。


「調子こいてすいませんでしたぁぁぁ!!」

 その瞬間、大広間に響いたのは勇者の最期の言葉ではなく、全力の命乞いだった。

「…………はぁ?」

「俺!生きたいです!!どうか、殺さないでください!!」

「……いや…プライド…勇者としてのプライドは?」

「ありませんっ!俺、何でもしますからっ!!」

 さらに額を床にぐりぐりと擦りつける。

「靴でも何でもどこでも舐めます!!二時間舐めさせられても文句言いません!!」


「…………」ル・セポネの笑顔が固まった。

 数秒。静寂。そして……


「……ぷっ、ぷ、ぷははははははっ!!」

 突然、ル・セポネが腹を抱えて笑い出した。

「命乞いだと!?お主、面白いな!」

「え?魔王が笑った?」

「ここまで来た勇者が、まさかそこまで潔く命乞いするとは思わなかったぞ!」

「いや、だって、俺、死にたくないんで……」


 格好悪くてもいい。笑われてもいい。

 仲間たちのように戦って死ぬことが、正しいとは限らない。少なくともカヅチは、今この瞬間、生きることを諦めたくなかった。


「ふふ……お主、なんか気に入った。殺すのが勿体無い気がする…。よし、お主は今日からこの城の掃除係じゃな」

 ル・セポネは巨大な斧を肩に担ぎ直した。


「……はい?」

「この城は広いのだ。あいつら魔物どもは汚すばかりで、掃除をせん」

「そ……掃除?ですか?」

「そう。廊下も部屋も食堂も、ダンジョンもだ!妾はこう見えて綺麗好きなのだ!」

 ル・セポネはニッと笑った。

「何でもするって言ったよな!お主ならできるだろ?」

「はいっ!もちろんです!!俺は!塵一つ許しませんっ!」

 返事だけは早かった。


「あぁ、それと……能力も付けてやるか」

 ル・セポネが片手を掲げる。黒い魔力が渦を巻き、カヅチの身体へ流れ込んでいく。


「妾の力を少し分けてやる」

「えっ……魔王の力…?」

「お主が望むものを何でも箒に作り替える力だ。素材でも武器でも防具にでも好きに使え。面白いのが出来たらまた、“妾に挑戦”してもいいぞ!」


 カヅチの目が輝いた。勇者として再び戦える。

 そんな期待が一瞬だけ胸をよぎった。だが……。


「……じゃあ…… これを使いやすい箒に変えます」

 カヅチは鼻血を拭きながら、床に転がっていた自分の聖剣を拾い上げ笑った。

 かつて世界を救うために握った剣。

 それを今度は、誰かを倒すためではなく、何かを綺麗にするために使う。

「……お主…もう戦う気ゼロかよ…」

 ル・セポネは、初めて勇者の将来について不安を覚えた。


◇◇◇

 

 そして三ヶ月後。魔王城の一室➖➖


「ふぁぁぁ…… あれから三ヶ月かぁ……」

 カヅチは一人、箒を手にしながら大きな欠伸をした。窓から差し込む朝日。

 その部屋の磨き上げられた床は、鏡のように輝いている。

 カヅチは箒を肩に担いだ。最初はただの箒だった。

 だが、魔王から与えられた力を使い、柄を伸ばし、穂先を改良し、魔力を通し、今ではすっかり愛用の一本になっている。


「しっかし、魔王城って広すぎだろ……まだ行った事無いとこ多すぎ!」

「おう!新入り兄ちゃん!」

「ん?」

 振り返ると、そこには大きな豚の魔獣がいた。

 魔獣はカヅチの尻をポンと叩く。

「いつも綺麗にしてくれて、ありがとうな!」

「ああ……どういたしまして!」

 カヅチは軽く手を上げて会釈した。


 そして、ふと床を見る。ほんの少しだけ、埃が残っている。ほんの一粒。

 普通なら、見なかったことにしても誰も気づかない程度の埃だった。

「……許せんなぁ…」

 カヅチは箒を握り直し大きく伸びをする。

「んんんっ!よっしゃあ!今日も綺麗にするかぁ!!」


 元勇者カヅチ。魔王を倒すことには失敗した。

 だが……魔王城の清掃には、今日も一切の妥協をしない。

 こうして、世界最強の清掃員を目指す男の生活が始まった。



            続

読んで頂きありがとうございます。思いつきで書き始めたので更新不定期です。気になったら読んでください٩( 'ω' )و

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