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過去の記憶  作者: 斎木 はな
1/1

私の記憶

私はそこにいた。

どうしてここにいるのか、どうやってここまで来たのか、覚えていない。


周りを見る。

地平線が見える。誰もいない。それどころか何もない。

しいて言えば、瓦礫や植物があるくらいだ。

上を見る。この場所にふさわしくないほど、その空は澄み切っていた。


私は何かを思い出そうと頭を働かせてみる。

しかし思い出せることはなかった。記憶がないのかと思うほど、何も思い出せなかった。

いくら目を閉じてもただ見えるのは白い世界。

上下左右、前も後ろも見るがただ、真っ白。

私は思い出すことをやめた。無意味だと気付いたからだ。

「現在」を過ぎたものは「過去」でしかない

「過去」に戻ることも変えることもできないのだ。

できるとすれば自身で「過去」を創ることぐらいか・・。――――イツワリの「過去」を。


(さて、どうしたものか)これからの事を考えてみる。顎に手を、頭を少し傾けてそれらしく。

誰も私を見る者などいないのに。

(しかたがない)私は歩くことにした。

あてはない。ただここにいても何もかわらないので歩くことにしたのだ。


しばらく歩く。ふと、視界にさっきまで見ていた光景と違うものが入ってきた。

それは地面に横たわっていた。

(何だ?)不思議と興味が湧く。

その“何か”の周りをぐるっと回ってみることにした。

正面に来た時それが何かわかった。


それは小さな“私”だった。


(どうして?)


小さな“私”の傍にはクマのぬいぐるみが転がっている。

(これは?私・・・の?)

ぬいぐるみを取ろうと近くへ寄ったその時、

「だめ!それはあーちゃんの!」

(生きてた)

「この子はね、賢いんだよ?」知ってる?という顔で小さい“私”は私を覗き込む。

(賢い?ぬいぐるみが?)

「だってね、私が迷ったらどこに行ったらいいのか教えてくれるんだよ!」

「すごいでしょ?」満面の笑顔で話は続く。

「さっきもね、私が疲れちゃったって言ったら寝たらいいんだよって教えてくれたんだ!」とクマのぬいぐるみを私に見せる。


私はジッとぬいぐるみを見る。

しかし、特に変わったところはない。至って普通のぬいぐるみだ。

(そういえば、小さい時こんな感じのぬいぐるみを持っていたような・・)

もう一度「過去」を思い出してみようと試みる。

が、何かが邪魔するかのように霧がかかっていてうまくいかない。


「・・・ちゃん!ねぇ、・・・いちゃん!お兄ちゃんでば!」

我に返る。下のほうから、小さい“私”が必至に私を呼んでいた。

「・・がね、お兄ちゃんは戻ったほうがいいってゆってるよ?こっちに戻りすぎだって」

(戻りすぎ?そんなに歩いていないはず。)振り返るが、見えるのは地平線のみ。

「だから、早く戻ったほうがいいよ」そう言って私を指差す。

いや、正確には私が歩いてきた道を。


そして私は小さな”私”に別れを告げ、少し歩く。まだ小さな”私”が見ているような気がしてそっと振り返る。

しかし、そこにはもう誰もなかった。

ただ、白いもやっとしたものが空中に浮かんでいるくらい。だがそれもすぐに消えていった。

(さっきまでそこにいたのにいつのまに?)隠れる場所なんてないのに・・


しばらくもと来た道を戻る。・・・多分だが。

とりあえず目印になるものがないのだ。ただただ地平線が見えるだけ。

空には雲ひとつなく、風もない。

はたしてこの植物たちはどのように成長しているのだろうか?

そんな疑問も浮かんでくるものの、私にとってはどうでもいい分類にすぐさま振り分けられた。



どれだけ歩いたのだろうか。

1時間?半日?それどころか数分しかたっていないのかもしれない。

(休憩するか。)

実際にはそれほど疲れていなかったのだが、どうにもこうにもずっと同じ風景しかない。

飽きてきた。

草の上に横になってみる。しばらく動かずじっとしていると眠気がじわじわと忍び寄ってきた。

思っていた以上に疲れていたようだ。目を閉じる。

―――――いつの間にか深い深い闇の中に落ちていった。



闇の中で遠くに小さな光が見える。針の穴ぐらいの光だ。

そこから声がする。聞いたことのあるような、懐かしい声だった。耳を澄ます。



「あーちゃん、いい子ね。だからママがいいって言うまでこの中でおとなしく待っているのよ?」

ママと名乗る女がそう言った。

「わかった!あーちゃんいい子だもん。この子と一緒に待ってるよ!」

「偉いわね。後でおやつをあげるからね。」そう言い終わると同時に扉が閉まる。

暗闇が広がる。そう広くはなくむしろ狭いこの空間でも闇というのはどうしてこう延々と続くのか。

扉の向こうから声が聞こえてくる。

「おい、いいのか?あんな所にいれておいて・・」

「大丈夫。あの子暗いとこ平気みたいだし、好きなぬいぐるみと一緒だもん。」

「平気ならいいけど。でも俺邪魔されんのはやだぜ?」

「私がいいって言うまで出てこないわよ。それより早く上へ行きましょお?」

「わかった、わかった。」

声と足音が遠ざかる。この部屋にはもう私しかいない。

しばらくするといつもと違うママの声と何かの物音。

大丈夫。いつものように少ししたらママがもういいよって言いに来てくれる。

大丈夫。大丈夫。大丈ぶ・・大じょう・・・ぶ・・・・・


気がついた時にはさっきまでいたはずの狭くて暗い場所じゃなかった。

薄暗い部屋にいた。ママの声も聞こえない。物音もしない。

探しに行こうと振り返る。

ママはそこにいた。見たことのない、パパとは違う男と一緒に。

「ママ?」

近寄ろうと一歩と踏み出した瞬間、足の裏に何かぬるっとしたものが触れた。

恐る恐る下を見る・・・                 ――――――――――血だ。

ゆっくりと目線を上げる。視界に二人の体が見えた。折り重なっているにも関わらずピクリともしない。

次の瞬間、自分でもびっくりするくらいのとても自分の声とは思えないような声で絶叫していた。




―――――――――――飛び起きる。

すぐに私は足を見る。・・・・赤く、ない。

夢だったのか。しかしそれはとても現実のように思えた。

(夢?にしてははっきりと感触があったような・・)

しばらく乱れた呼吸を整えるため深呼吸を繰り返す。だんだん落ち着いてきた。

その時、後ろから不意に声が聞こえた。

「大丈夫?すごい声が聞こえたから様子見に来たんだけど。」

そこにいたのは、大きな”私”だった。

「大丈夫か?」不安そうに私を覗き込む、大きな”私”。

返事をしようと声を出そうとしたが先ほどの夢がよほどショックだったのか、うなずくことしかできなかった。

「なら良かった。散歩していたら急に悲鳴が聞こえたんだ。びっくりしたよ。何かあったのか?」

首を横に振る。(ただ夢に驚いただけだ・・なんともない)

半ば自分に言い聞かせた言葉だがなんとなく伝わったようだ。

「それにしても、ここはどこだ?さっきまで公園を歩いていたと思ったんだが・・?」

まぁいいか、と大きな”私”は右手を差し出してきた。しっかりと掴み起こしてもらう。

(どれくらい寝ていたのだろう?というか今は何時だ?)

「さて、どうするかな。なあ、お前はどうするんだ?」

(私は・・どうしたいんだろう?何だかもうどうでもいいような気がしてきたけど)

そんな事を考えていると、大きな”私”は話し出した。

「なあ、とくに急いでないんなら俺の話・・聞いてくれないか?」



大きな”私”の話とはこんな内容だった。


俺さ、小さい時の記憶がないんだよ。まあ、あるんだろうけど覚えてないというか・・

何か感覚的には覚えているような気もしないんだけど、わからなくて。

で、ある時見つけたんだ。新聞の折り込みチラシ?っていうのかな。あんなのにこう書いてあったんだ。


【あなたの人生の記録である、”記憶”を残しませんか?モニター大募集!!】


ってさ。最初はうそくせーって思ったけど、だんだん気になってきて。

何日か悩んだ末に電話しちゃったんだよ、俺。

すっげードキドキしながら、でもそんな様子相手に悟られたくないから必死に声だけ取り繕ったりしてさ。

で、モニター登録はしたんだけどすぐにはできないらしくてまずはカウンセリングをするってことだった。

適応できる人とできない人がいるんだって。

まあもちろん俺はパスできたんだけど。

ただ・・その後が・・なかなか悲惨だったかな。急に泊まり込みで行うって話になったんだよ。

あっという間に連中に連れて行かれて。建物に軟禁状態。びっくりしたよね。

その時かな?「騙された!」と思ったのは。まぁ半々だったけど。

え?あぁ、半々っていうのは、記憶が戻って記録はできたんだけど実際はモニターなんていいものじゃなくて、

――――――――実験体だったんだよ。だから、半々。


そこまで大きな”私”はいっきに話終えると深呼吸した。

そして続きを話し出す。


そのあと、何カ月かそこにいて俺は記憶を残した。

どうやって?・・・いやそれが覚えてないんだよ。

不思議だよな、記憶を記録しに行ったのにその時の事覚えてないなんて。

まぁ連中が外にばれたらヤバイってんで消したのかもな。簡単だろ、連中なら。

で、もともとの目的だった小さい時の記憶なんだけど。

記録はできたんだってよ。ただ・・よほどの記憶だったのか連中、俺に見せてくれないんだよ。

おかしくねぇ?だって俺の記憶だぜ?なんで俺が見れないんだよ。

あっでも全く見れてないってわけじゃないんだ。ほんと数秒だけど連中の隙見て覗いてやったんだ。

そしたら小さい頃の俺が映っていてさ。ぬいぐるみを持っていたよ。クマの。

そしたら断片的にだけどちょっと思い出せたんだよな。

そういや昔やたら暗いとこに入れられてたなーって。なんでだったか忘れたけど。


大きな”私”は私を見た。そこには何故かなつかしむような雰囲気があった。

「お前もいつか気づくときがくるよ。」そう言って立ち上がる。

「悪かったな、俺の話なんか聞かせちまって。そろそろ行くわ。」

(どこに?っていうか何に気づくの?)見上げてみるが白いもやっとしたものが邪魔をする。

(霧?また?)周囲を見渡しもう一度見上げる。しかしそこにはもう大きな”私”はいなかった。

また、一人になった。


私は立ち上がった。ここからどうすればいいのかわからない。

とにかく、何もないのだ。散々歩きまわった結果、出会ったのはたった2人。

しかもどこから来て、どこへ行ったのかもわからない。


”絶望”


ふと、そんな言葉が出てきた。

ただもっとすごい絶望を感じたことがあるような気がする。

それがいつかはわからない。そんな気がするだけかもしれない。

私はもう一度寝ることにした。もしかしたら、次に目が覚めた時ここではない場所にいるかもしれない。

そんなことを考えながら、私は目を閉じた。








―――――――――――――――――  せんせい、進藤先生!」

進藤は振り返った。いつのまに来たのか後ろに林が立っていた。

「進藤先生、もうすぐ時間ですよ。また一日作業していたんですか?」

そう言いながら林はガラスの向こうにあるものを興味津津と覗く。

「ああ。数少ない成功例だしな。ちょっとやりたいこともあったし・・もうこんな時間か。」

「まったく、時間がいくつあっても足りないよ。」

「特に進藤先生の研究は奥が深いですしね。いつか私もご一緒できる日が来ればいいんですけど。」

「君はここで研究なんてしている場合じゃないだろう?ちゃんと上にいてくれないと。」

「わかってますよ。そうでないとこの研究が完成するなんてないでしょうしね。」

さぁ行きましょう、そう言って林が歩きだす。

進藤は機械の電源を切り、監視カメラの電源を入れ部屋の電気を消した。

ハタン、とドアが閉まったその部屋に残ったのはただただはてしない闇だった。

 

いかがでしたでしょうか?一応連載ということで続きの作品を書くつもりです。はたしてこの作品の最終はどうなるのか私もわかりませんが、納得できるものを書きたいと思います。また読んでいただけたら幸いです。

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