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三話目 貴族だからと、庶民から去られることは。

 静かな夜。仄かに照らされる暗い空。

伯爵令嬢フィシア名義で購入された事務所には、沈黙が重く漂っていた。

 質問の後から、全く動かないフィシアに、ユーリは目に見えておろおろと狼狽えていた。

美少女に化けているから、少し可愛い。

「い、いや、理由は無理に言わなくてもいいし」

そのフォローに、フィシアは目を細めた。

別にユーリのせいじゃありませんよ、と心の中で呟く。

(私が、人との距離が測れないんです。だから、まだ…打ち明けるのが不安、なの)

 ユーリは、次にどんな言葉をかけようかと迷い、口を開いては閉じるを繰り返していた。

はあ、と大きく溜息を一つつくと、フィシアはわざとらしく肩をすくめた。

「しょーも無いですよ。ただの浪漫ですから」

 琥珀色の瞳は、真っ直ぐにユーリを映していたが、どこか揺れていた。

そして、ふいっとその視線はユーリの背後の窓の外に向けられた。

フィシアの目には、窓の外には今も忘れることがない十年前の景色が見えていた。

ーーー夏夜のベルレア。

この夜も、夜特有の美しさと寂しい雰囲気があった。

 空にぽっかりと浮かんだ満月が、スポットライトのように空を歩く人形のシルエットを照らしていた。

まだ幼いフィシアの、目は釘付けになっていた。

(ねぇ、グレイアっ。私、夢が見つかったよ!)

心の中で、一番の親友にそう言うフィシアに、人影は微笑みを浮かべて手を振った、ように見えた。

それが、いつもフィシアの頭にあった景色。

(それから、グレイアとは会えなかったんでしたっけ?ですが……良いのです)

そこまで考えると、フィシアは笑みを浮かべた。

(私が空を歩けてからで)

「ど、どうした?急に笑顔になって……」

突然のフィシアの表情の変わりように、ユーリは少し驚いたように尋ねた。

「いいえ。何でもありません。というか……」

首をふるふると振ったフィシアに、ユーリは「というか…何だ?」と尋ねる。

まるで、怖い主人の機嫌を窺う執事のようだ、とフィシアは思った。

「こんな肌寒い廊下に突っ立っていると、せっかくの布団の温もりが冷めるんですが?」

その文句に、ユーリは呆れたような安堵したかのような表情を浮かべた。

「明日、コーンスープ出してやるから。それじゃ、おやすみな」

「あ、私、コーンスープより、オニオンスープ派なので。あと、某菓子ではキノコ派です」

注文をつけてくる伯爵令嬢に、寝室に向かっていたユーリは笑った。

「オニオンスープな。あと、俺はたけのこ派だ」

「なぬ?敵対してますね。あと、オニオンスープよろしくです」

そう言うと、フィシアは寝室の扉を閉めたのだった。

布団に潜り、目を閉じるもののなかなか寝付けない。

やはり、辛い過去を思い出してしまったからだろうか。

欠伸は出るのに、睡魔はこない。

こういう時、天井の柄を、ぼーっと見つめていると、自然と睡魔が襲ってくる。寝る時の必殺技だ。

そして、フィシアは意識を手放した。


 古着屋で買った子供服に着替えた幼き頃のフィシアは、下町の坂を軽やかな足取りで降っていた。

何故、伯爵令嬢である彼女がここにいるのか。それは、友達に会うためである。

 いつもの待ち合わせ場所、パン屋ドール店に着くとフィシアは、懐中時計を開いた。

まだちょっとだけ、時間より早い。

 通り過ぎてゆく人波の中に、くすんだグレーに深い海のような色の瞳を探す。

「わっ。ここだよ。びっくりした?」

 その時、真後ろから聞こえてきた、聞き馴染んだまだ幼い高めの声にフィシアは、顔を輝かせ振り返った。

 グレーの髪に深海のように濃いブルーの瞳の少年。

探していた友達だ。

着ている赤い作業着には、絵の具が飛んでいる。

「グレイアっ!聞いて欲しいことがあるのっ。あのね、あのねっ」

 弾んだ声で、あのねを繰り返すフィシアを、どぅどぅと少年グレイアは宥める。

「わかった、わかった。ゆっくり話して」

グレイアの落ち着いた口調に、フィシアも落ち着きを取り戻しながらも話し出す。

「今日は、バレエやってきたのっ!チェロより、もっと楽しいかもしれないっ」

その言葉に、グレイアの表情が曇った。ように思えたが、ほんの一瞬のことだったので、フィシアも特に気には留めなかった。

「チェロは、つい最近一番楽しいかも、って喜んでたじゃないか。将来チェロ奏者になるって」

「それもそうだけど……っ。私はもっと、グレイアに楽しいことに触れて欲しいの!ほら、絵を描くだけじゃなくて、楽器も嗜んでみない?」

そんなフィシアの提案に、本格的にグレイアの表情に影が差した。

 小さな拳がわなわなと細かく揺れている。

「……僕は下町の人間なんだ。楽器なんて高くて買えるわけない。そうやって君はすぐ、いい加減にふらふらと…っ!この貴族が!」

 突然の出来事に、フィシアの頭は真っ白になり、殴られたかのように痛み始めた。

大きな声に、フィシアは小さく悲鳴を上げ、後ずさる。

 別にそんなつもりなかった、そう胸の中で呟くフィシアの頭をぐるぐると一つの単語が回る。

 ーーー貴族。

グレイアの罵声に通行人は、足を止めている。

視線がこちらに向けられている。

 涙の滲んだ顔で、呆れたようにフィシアに向けて放たれた一言。

「…いい加減、夢中になれる夢を見つけろよ」

 そして、くるりと背を向けると、吐き捨てるように言った。フィシアの胸を深く抉る言葉を。

「人の夢に口突っ込むのは、自分の夢見つけてからにしろ。このお貴族様。じゃあ、さようなら」

 フィシアは、思わず手を伸ばす。

しかし、掴み取ったのは空だけだった。

ぽろぽろと溢れ、頬を伝っていく生暖かい涙を、ごわごわした袖で拭う。

「あ〜ぁ。私って、馬鹿だなぁ」

 残されたフィシアがぽつりと漏らしたその言葉は、もう興味が失せた通行人の騒ぎ声によってかき消された。グレイアの頼もしかった背中と一緒に。


「はあっ…はあっ」

 気づいたら嫌な汗をかいていた。

昔の苦い思い出。悪夢を見てしまった。

「グレイア……」

頬をあの時のように流れた、生暖かい涙。

(やっぱり、急かしているのですか?)

頭の中で今は遠き友達に問いかける。

当然、答えはない。

その代わり耳に届くのは、カモメのさえずりと波の音。

頭がどこかぼーっとしている。

 その時、扉の外から呼び声が聞こえた。

「お嬢、起きてんのか? 朝飯、約束のオニオンスープだぞ」

扉の外から聞こえるユーリのぶっきらぼうな声。

 フィシアは、昨夜の夢で潤んでいた目を一瞬で拭い、いつもの“狂人”の顔を作った。

「はいはい。今行きます」

「はい、は一回!」

「細かいです」

軽く口論しつつ、パジャマを着替え、洗面所で顔を洗う。

いく分かスッキリした気がする。

 朝食に出された食パンとオニオンスープを平らげると、フィシアは、悪夢をすっかり忘れたかのような明るく、 はつらつとした声で宣言した。

「今日から、気体に触れる魔術の材料を手に入れるため、パンプキア村に行きます!」

「はぁああああああ!?」

絶叫するユーリ。でも、彼は“貴族”なんて色眼鏡でフィシアを見ない。

フィシアは、どこか満足げに笑みを浮かべた。

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