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vol.95 零の願い

『STARLIGHT SYMPHONY』も、いよいよ終盤。

 鳴り止まぬ興奮の中、MCがステージに登場し、祭典の終幕を告げようとする。

「皆さん、楽しい時間はあっという間ですが、そろそろクライマックスです!

 最後に、一条零さんにお話を伺いましょう!」


 スポットライトが一条零を照らす。

 会場から万雷の拍手が湧き起こる中、MCがマイクを差し出した。

「一条さん、素晴らしい歌声でした!

 今日の祭典で、もしコラボしたいアーティストがいるとしたら、どなたでしょう?」


 誰もが、「特にいない」と答えることを予想していた。

 しかし、一条零の口から放たれた言葉は、会場の、そして配信を見守る全ての者の度肝を抜いた。


「…Synaptic Driveの、けんたろうさんです」


【セブ直山 生放送中】

 直山は飲んでいた水を盛大に噴き出した。

「ぶっ!?…おいおいおいおい!マジかよ!?

 今、なんて言った!?

 一条零がけんたろうを指名!?

 この場で嘘だろ!?

 あの孤高の歌姫が!

 誰とも群れない、誰にも興味を示さなかった一条零が、公の場で、けんたろうを指名したぞ!」


 その言葉が響き渡った瞬間、ドームは巨大なざわめきに包まれた。

「けんたろう!?」

「マジかよ!一条零がけんたろうを指名!?」


 これまで彼女は、けんたろうの音楽に深く共鳴しながらも、その距離を保ち続けてきた。

 彼の才能を、誰よりも理解し、静かにその進化を見守ってきた求道者。

 その彼女が、今、この場で、公然と彼を求めた。


 一条零は、普段の無表情からは想像もつかない、複雑な感情を宿した瞳で、静かに語り始める。

 その声は、どこか震えているようにも聞こえた。


「…私のための曲でなくても良いのです。

 せめて…彼の音で、歌わせてほしいのです…」


 それは、絶対的歌姫の命令ではない。

 一人の少女のような、純粋で、切ないまでの願いだった。

 会場は、一条零の初めて見せる人間的な感情の表れに、息をのんだ。

 ステージ袖で控えていたけんたろうは、その指名に驚きつつも、静かにキーボードの前へと進み出る。

 彼の指先は、すでに鍵盤の上で震えていた。


「…一条さん」

 張り詰める一瞬。


「メドレーで、よろしいですか?」


 けんたろうの言葉に、一条零の表情が一瞬で変わった。

 まるで凍てついた氷が溶け出すように、その顔に、少女のような満面の笑みが咲き誇る。


「…やったー!」


 凍結が初夏の陽に溶けるように、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまう零。

 その姿は、これまでの「零様」のイメージを完全に破壊するほど無邪気で、会場は再び大爆笑の渦に包まれた。

「零様がぴょんぴょんしてるwww」

「誰か!零様がバグったぞ!」

「ギャップで風邪ひくわ!」


 MCが呆然とする中、けんたろうの指先から、切なくも力強いシンセリフが流れ出した。Synaptic Driveの『あなたは知らない』。


 .


【僕は泣く あなたに会えなくて

 一筋の涙がこぼれる】


 一条零の歌声は、普段の完璧で無機質な響きとは違い、人間的な悲しみと熱を帯びていた。

 そして、彼女はけんたろうがかつて見せた、あの特徴的な振り付けを、自らの解釈で昇華させていく。

 大きく腕を広げ、空を仰ぎ、力強く手を握りしめる。

 それはまるで、けんたろうの魂に憑依されたかのようだった。


【あなたは知らない 僕が泣いているのを

 あなたを思う心 少しだけで良い伝えたい】


 最後のフレーズで、彼女は握りしめた拳を力強く振り下ろした。

 その瞬間、けんたろうのキーボードが咆哮を上げる。

 切ないメロディが、情熱的なユーロビートへとシームレスに転調し、会場は息をのんだ。

 曲は、一条零自身のヒット曲、『I KNOW』へと繋がったのだ!


【見えない線をたどって 辿り着いたこの場所 光と影の狭間で 微かに揺れる灯火】

【誰も知らない孤独 深く沈む情熱 胸の奥で息づく あなたの鼓動を…】

【 I KNOW ── その指先が描く旋律 I KNOW ── 言葉にならない魂の叫び】

【あなたが探してる真実 私が知っている この宇宙の果てまで 響き渡る声】


【セブ直山 生放送中】

 直山は立ち上がり、マイクに向かって絶叫していた。

 その目には涙が浮かんでいる。

「アンサーソングだ…!

『あなたは知らない』からの『I KNOW』…!

『知らない』って嘆く男の歌に、『私は知ってる』って女が答えてるんだよ!

 なんだこの完璧な構成は!

 即興か!?

 これが天才同士の会話なのか!?

 けんたろうの音に、零の魂が乗って、とんでもない化学反応が起きてる!

 もうどっちがどっちの曲かわかんねぇよ!

 二人の魂が一個になって、新しい音楽が生まれてるんだよ!」


 それは、あまりにも完璧なアンサーソングだった。

 けんたろうの「あなたは知らない」という悲痛な叫びに、一条零が「私は知っている」と力強く応える。

 彼女の歌声は、これまでのどのステージよりも情熱的に、人間的に響き渡り、けんたろうのキーボードと完全に溶け合って、会場全体を支配した。


 メドレーを歌い終えた一条零は、再び深々と一礼する。

 その表情には、達成感と、けんたろうの音楽への深い敬意が宿っていた。


 ---


「アンサーソングとかエモすぎだろ!一条零とけんたろう、これもう公式!」

「あの零様がぴょんぴょんして、感情的に歌うとか、今日来れて人生得した!」

「けんたろうの指先の魔法と、零様の魂の歌声…最強のコラボだった!」


 バックステージ。

 Synaptic Driveのユージは、呆然とモニターを見つめていた。

「…は?あいつ、マジかよ…あの一条零が、あんな顔すんのか…」

 彼は、親友の才能が、一条零という絶対者の仮面を剥がしたことに、驚きを隠せないでいた。


 Midnight Verdictのメンバーも、その場に立ち尽くしていた。

「…一条零が…あんなに…」

 あやは、目を丸くして呟く。

「けんたろうちゃん、とんでもない女を本気にさせちゃったね…」

 けいとの表情は、完全に硬直していた。

 自分の知らないところで、けんたろうと一条零の魂がこれほど深く共鳴している。

 その事実に、彼女は言いようのない焦りと、独占欲を刺激されていた。

「…私のけんたろうちゃんが…」

 けいとは、思わず唇を噛み締めた。

 ひなたは、あまりの衝撃に言葉を失っている。

「…え、え、これって、けんたろうちゃん、ガチで狙われてるんじゃ…?」


 そして、VIP席で全てを見ていた真壁は、満足げに腕を組み、静かに呟いた。

「…フッ。狙い通りだ。

 零のあの隠れた感情が、最高の化学反応を生み出した。

 あの子は、やはり特別な存在だ…」

 彼の表情には、この祭典が、彼自身のシナリオ通りに進んでいることを示すような、深い笑みが浮かんでいた。


「STARLIGHT SYMPHONY」は、一条零とけんたろうの魂の共鳴によって、まさしく「伝説」の夜となった。

 この衝撃は、今後の音楽業界に、そして彼らの関係性に、大きな波紋を広げることになるだろう。

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