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vol.94 華麗なる共演、あや&けんたろう

 一条零に促され、けんたろうはプライベートスタジオのソファに腰を下ろした。まだ顔を明かすわけにはいかない。


「一条さん、ごめんなさい。まだ、サングラスは外せないんです…」


 申し訳なさそうにそう告げると、一条零はふわりと微笑んだ。

 その表情は、先ほど街で見せた少女のような笑顔とはまた違う、穏やかで優しいものだった。


「いいんです。それは、あなたが守らなければならない大切なものなのでしょう?」


 彼女の言葉に、僕は少しだけ胸が楽になった。一条零は、僕の事情を深く理解しようとしてくれている。


「でも、こうして近くでお話しすると…もしかして、私よりずっとお若い…?」


 一条零が、真っ直ぐに僕の目を見て尋ねてくる。

 その探るような視線に、僕は少しだけ言葉を選んだ。


「詳しくは言えないんですけど、一条さんの方が、お姉さんかな…?」


 僕の言葉を聞いた途端、一条零は「えええ!」と、まるで年相応の女の子のように声を上げた。そのリアクションに、僕の方が驚いてしまう。


「お若いのは感じていたけど…こんなに若いなんて…!かわいい…♪」


 彼女の言葉に、僕は動揺を隠せない。こんな一条零は、見たことがない。いつもはクールで神秘的で、近寄りがたいオーラを纏っていた彼女が、まるで無邪気な少女のように笑い、僕を「かわいい」と評する。その意外な一面に、僕の心臓は高鳴った。


 それから僕たちは、時間を忘れて語り合った。一条零は、僕の曲に込められた想いや、音楽を通して何を伝えたいのかを熱心に尋ねてきた。彼女は、僕が言葉にする前に、僕の音楽の深い部分にある感情や、そのインスピレーションの源を正確に理解していた。


「あなたのメロディには、宇宙の広がりと、人の心の奥底にある孤独、そしてそれでも光を求める情熱が感じられます」


「特に『あなたは知らない』の歌詞…『少しだけでいい 伝えたい』。あの言葉には、秘められた大きな願いと、その裏にある切なさが込められているように感じました」


 彼女は、僕の曲の細部にまで言及し、その解釈は僕自身が意図したものを遥かに超え、さらに深く、広く、僕の音楽の可能性を示唆していた。作曲や作詞のプロセス、音楽に込めるメッセージ、そしてアーティストとしての葛藤や喜び…あらゆるテーマについて、僕たちは言葉を交わした。一条零は、僕の言葉の一つ一つに真剣に耳を傾け、時には鋭い質問を投げかけ、時には深く共感を示す。

 この小さなプライベートスタジオで、僕は、一条零というアーティストの、そして一人の人間としての、知られざる顔を垣間見た。そして、彼女もまた、謎に包まれた「けんたろう」の音楽の魂と、その奥に隠された素顔に、一歩深く踏み込んでいたのだ。


 一条零との音楽談義は、時間を忘れさせるほど濃密なものだった。僕の音楽に対する彼女の理解の深さには、ただただ驚かされるばかりだ。そんな会話の最中、一条零がふいに、いたずらっぽい視線を向けてきた。


「けんたろうさん…いえ、けんたろうくん、と呼ぼうっと。」


 その瞬間、僕の心臓はドキリと跳ねた。いつもは神聖なオーラを纏う彼女の、まるで少女のような無邪気な表情に、思わず動揺してしまう。彼女は、僕のサングラスの奥にある表情を読み取るかのように、さらに問いかけた。


「ねぇ、けんたろうくん。どうしてあなたは、あんなにも魂のこもった音楽を、生み出すことができるのですか?そして、どうして、その活動をここまで続けてきたのですか?」


 一条零の問いかけは、僕の心の最も深い部分に触れるものだった。僕は、正直に答えるべきか一瞬迷ったが、彼女の真剣な瞳に、ごまかしは通用しないと感じた。


「どうしても、追いかけたい人がいるんです…その人に追いつきたくて、もっと自分の音楽を届けたくて…」


 僕の言葉に、一条零は少しだけ顔を伏せ、考え込むように沈黙した。その表情には、どこか複雑な感情が滲んでいるように見えた。そして、ゆっくりと顔を上げた彼女の口から、僕が最も聞かれたくない言葉が飛び出した。


「…その方というのは、もしかして、Midnight Verdictの…けいとさん、ですか?」


 その瞬間、僕は全身が凍り付くような衝撃を受けた。どうして、一条零がそのことに…?動揺を隠しきれず、僕は完全に硬直し、口を開いたまま一条零を見つめることしかできなかった。

 そんな僕の反応を見て、一条零はふわりと微笑んだ。その表情は、僕のすべてを「知っている」とでも言うかのようだった。


「Midnight Verdictの音楽と、あなたの音楽には、どこか呼応するような響きがありました。」


「これで、すべて理解できました。あなたの音楽の根源にある情熱、そしてその魂の叫びの意味が。そして、あなたがこれまでサングラスの奥に隠してきたものが。」


 彼女は、僕の秘密を知ったことに一切の動揺を見せず、むしろ穏やかな口調で続けた。


「ご安心ください。お二人の関係は、誰にも言いません。あなたの音楽に、けいとさんの音楽に、そしてMidnight Verdictの活動に、私が余計な悪影響を及ぼすようなことは望みません。」


 その言葉に、僕は安堵と同時に、一条零という人間の持つ器の大きさに、ただただ圧倒された。


「それでも、あなたの作った曲を、私が歌える日が必ず来ると信じています。その日が来るまで、私もあなたの音楽を追いかけ続けますから…覚悟してくださいね。」


 一条零の言葉は、まるで音楽的なパートナーシップを求める強い願いのように響いた。そして、最後に彼女は、いたずらっぽく僕に視線を向けた。


「…けんたろうくんは、年上好きなのね。ふふ。私にも、チャンスあるかな?」


 その言葉に、僕はまたしても動揺する。冗談めかしているのはわかるが、あまりにもストレートで、まるで神聖な存在だったはずの彼女とのギャップに、僕は困惑するしかなかった。


「あの、一条さん…!どうしてあなたは、あんなに神聖な雰囲気なのに、今は全然違うんですか?」


 僕が思わず尋ねると、一条零は楽しそうにクスクスと笑った。


「ふふ。それはね、けんたろうくん。私は、あなたの音楽の前では、ただの『一条零』だからですよ。あなたの音楽は、私の心の鎧を、あっという間に剥がしてしまうんです。それに…」


 彼女はそこで言葉を区切り、僕のサングラスの奥を覗き込むように、真っ直ぐに視線を合わせた。


「…誰にも言えない秘密を共有できる相手といると、人は少しだけ、素顔を見せてしまうものなんですよ。」


 その言葉に、僕の顔はみるみる熱くなった。完全に一本取られてしまった感覚だ。僕は、ただただ困惑するしかなかった。

 会話を終え、僕は一条零とのプライベートスタジオを後にし、帰路についた。僕の頭の中は、一条零の言葉と、そのあまりに意外な素顔でいっぱいだった。けいとさんのこと、そして一条零のこと…僕の周りの状況は、ますます複雑に、そして鮮やかに色を変え始めている。僕の音楽が、僕の人生を、どこへ導いていくのか、今はまだ、誰にも予測できない。


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